「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

親の期待に応えない生き方をしているのに、最高の親孝行に自然になってしまう生き方。

先日は伊豆に帰省して、しばしゆったりして戻ってきました^^

旦那さんも大好きですが、父も、母も、やはり大大大好き。

この両親のもとに生まれてこれて、本当に幸せ、と今は思っています。


でも、そんなわたしも数年前までは、

「自分はどうして生まれてきてしまったんだろう?」とずーっと思っていたし、

両親の問題ばかりが見えていたわたしでした。

 

それなのに

親の期待に応えなくちゃ、

親に良い子と思われるようにならなくちゃ、と

ずっとそう思って自分の人生を生きていなかった。

親に認めてもらえそうな、期待されそうな、

喜ばれそうな生き方をいつも頭の片隅で考えていて、

それが選択基準だった。

 

それがわたしの生き方のスタンダードでありデフォルトだったので、

その上で今の自分を思うと、

人ってやっぱりいくらでも変われるものです。

 

そんなわけで今日は、わたし自身が実現してきた

「親の期待に応えない生き方」をしているのに、

結果、「最高の親孝行へ」と勝手につながってしまう生き方について

書いてみますね。

 


そして面白いことに、

娘(=女性)が自分の人生を真剣に生きて、

そのためになら親の期待にも応えない、

「親の描く理想の自分」を捨てて、親を、親の期待を心の中で捨てて、

それでも自分を生きると決めて突き進むんでいると、

しばらくぶりに再会してあらビックリ、

親、特に母親が、大きく変化していることがあるのだとわかりました。

今回も改めて確信しました。

「自分を生きるって、最大の親孝行だし、先祖孝行だ。」と。


でも、どこかで逆のイメージを持っていて、

そのことで自分自身の幸せに踏み込めない方も

いらっしゃるのではないでしょうか?

たとえば

「自分を生きようとすると、親の望む自分を壊すことになる」

「親の期待を裏切る」

「親不孝。。。」

みたいな。。。。><


親を取るか?自分を取るか?みたいになっていて、

そうして優しい方であればあるほど、

自分の望みや幸せよりも、親の期待や望みを取ってしまう。

 

そうしてどんどん、自分の声を、望みを、失ってしまう。

なぜなら、それを持って、そこに進んだら、親不孝だから。

それなら、最初から持たない方がいい。

見ないほうがいい。


そういう想いを持たれている方も少なくないのではないでしょうか。

でも、それは真逆なんですよ!という本日のお話であります。(前置き長いわ〜。)


たとえばですね、わたしの母親。

もう本当に小さい頃から

「真面目!!」が服着て歩いてるくらいの人だったそうで、

とても優しくて、でもそのぶん、とっても、

「こうあるべき」が強い人だったんです。

 

今でこそ大好きだし、笑いのネタみたいになってますが

小さい頃のわたしは相当にそんな母親の

「こうあるべき(こう育ってほしい)」

みたいな、呪縛ともいえるような期待に

縛られて生きてきたように思います。


もちろん、親は悪気がないこと、子の幸せを願ってのことがほとんどだし、

もしくはそうでなく見える方でも、

その親自身もコントロールしきれない「何か」に翻弄されて、

子に辛く当たるしかできなかったりするだけなのですが。

(このあたりはそういう悩みのある方がいれば、お会いした時に直接お話ししています!)


それでこれはわたしにかぎらず、

性のこと、パートナーシップ観、社会との関わり方、お金のこと…

 

そういうもの全て、自分でも気づかないくらい事細かに

母親の考え方(生き方)の影響をわたしたちは受けています。

たとえば、女性らしさを楽しむことに罪悪感がある方は

母親がそういうことを嫌ってたりとか。

逆に「社会でバリバリ活躍しないと!!」なんて想いが強くある人は、

母親が専業主婦でイヤだった(もしくは本人が楽しそうでなかった)とか。

小さなものから大きなものまで、本当にいろいろなものがあると思います。


しかし本当は、

そういう母からの

「こうあるべき=こう育ってほしい」という期待を

ぶっ壊していくというのが、

わたしたち娘側の本当の仕事(親孝行)なのだ、ということを伝えたいんです。


なぜそれが親孝行になるの??というのは過去記事でも書いたきがするので

それを探して読んでいただくか、直接会いに来て聞いていただくとして、

そのぶっ壊しを地道にやっていくとどうなっていくかっていうと、冒頭の通り、

母親も同時に変わっていくことがあるんです。

しかも、直接母親に会って無くても。

「わたし今、こういうことしてるんだよ」とか話をしてなくても、

エネルギーとして、一番早く伝わるのだと思います。

(もちろん、変わることが全てではないと思います^^そこを指標にすると自分が苦しいですから!)

 

わたし(=娘)が自分を生きる方向にグングン進むと、必ず同時期に、

母親も、自分を生きざるを得ない「何か」が起きて

グングンとそちらの方向に引っ張られていくんだなと。

なんせ、その母親のお腹の中で、

母親の何がしかの一部を分け与えられて

10ヶ月近く生きていたわたしたちですから。

こうしてこの世に誕生して、別々の人間として生きているようであったとしても、

深く深く繋がっている、ということなのですよね。

それはたとえ、自分の心のなかでは許せない存在であったり、

この親でなければ…と思うような相手であったとしても。

親に、何かをしてほしかった(もしくは、してほしくなかった)、

という想いを心のなかにくすぶったまま、

持ち続けている人も少なく無いと思うのですが、それを抱えながらもその

「親にしてほしかったことを、

自分が自分にしてあげるんだ」

という気概で「自分を生きる」に真剣になっていると、

今度は娘が親を引き上げることができるようになるのだと思うのです。

 

そうしてその引き上げは、親の、

親自身さえ気づいていなかった望みとも一致していて

かつ、自分にとっても「都合の良い展開」にしかならないのではないかと。

たとえば気づいたら、母親が一番の、

「自分を生きる」の応援者(賛同者)になってくれていたりとか、

一番話のわかる、世代を越えた友人みたいになれたりとか。

もしくは、なかなか親が変わってくれないことで自分が学ぶこともあるはず。


そしてそんな展開というのは、

「親の期待に応える」

「親の想定内の人生を歩む」(=その想定をブチ破ることはしない)」

を選択し続けている人生においては

ゼッタイに得られない展開だと思うんですね。

なぜなら、親の期待というレールを自らはずれようとしないから。

そんな限りでは、進む人生も、親のそれと一緒です。

時代背景は変わるけれども、

母親が捨ててきた、諦めてどこかで何かに蓋をしてきた生き方を、

自分も重ねていくだけの中に大きな化学変化は起こらないんです。

 

だからこそ、親の、親自身も気づいていない深い欲求は、

「わたしを越えて。」だということ。


わたしがかぶせてしまったその生き方を、

わたしが越えられなかったその在り方を、

どうかどうか越えて行って下さい。

そうしてあなたの人生を、つかみ取って下さい。

そうしてわたしも、目覚めさせて下さい。

わたし一人では打ち破る勇気の持てなかった「わたし」を。


そういう母親の魂のメッセージを、

現実の「今」自分の目に映る母親がどうであれ

勝手に「本当はそう言っているんだ!!」と捉えて受け取って、

そこに進んだそのときから必ず、

母親の全く気づかないところで、母親の中の「本当の自分」も動き出し、

いつしか最適なタイミングで、その想いにちゃんと、応えてくれます。

それは、肉体の命がすでに無くなっている人であっても、です^^

わたしの場合は母がですね、

二年間、祖父と祖母の介護に徹して母が本当につらかったとき、わたし、

やっぱり親の期待を考えると

自分のことよりも今は、母に何かしてあげなきゃ、と思っていました。

わたしの目に映る、「その時の母」も、

それを望んでいるように思いました。

でも、「自分を大切に生きる」と決めたわたしはなるべく、

そこに踏み込まないことを選択し続けました。

 

電話で何度も泣いている母の話は聞くけれど、

そのとき一緒に泣くこともあったけど、

でも電話を切ったら気持ちを切り替える。

心配をすることで、わたしが旦那さんの前で笑わなかったり、暗い顔をしない。

母が遠くでこんなに大変なのに、いいのかな?と思っても、

楽しめるときは大いに楽しむ。笑いたい時は大声で笑う。

それを、抑えない。

わたしはわたしの、やるべきこと(やりたいこと)をする。

母の苦しさを、わたしの苦しさにしない。

母の人生に寄り添うことを、
自分の人生を生きる逃げ口にしない。

母に天から与えられているギフトを、
何かのメッセージを、
勝手な想いで受け取るジャマをしない。


そのことで、いろんな家族間での誤解もあったりしました。
冷たいんじゃない??と自分でも何度も思いました。

でも母が、

「あなたがそうしてくれて本当に良かった。

この介護は、お祖父ちゃんは、わたしに大切なことを教えてくれているんだね。

あなたの想いがわかったよ」

そう言ってくれた翌日に、本当に急に、祖父は静かに天国に旅立ちました。


命をかけて娘(=わたしの母)にメッセージを送り続けていた祖父なりの

「やっと気づいたか!オッケー!!!ではもう行くよ!!」

という合図だったのだろうなあ〜と思います^^

親ってスゴイ。本当にそう思います。


そんな母は今、「自分を生きる」っていうことにめっちゃ夢中になっています。

話がシンクロし過ぎて、この人、わたしじゃん!!と何度も思いました(笑)

昔はあんなに「こうあるべき」を求めて、わたしに親として期待をかけていた母が今では

「(自分を生きる、を進む)あなたがいるからお母さん助かるわ〜〜

お母さんもがんばる。」

だそうです^^


人はいくつになっても変われる。

そして娘が変われば、母も変わる。

そしてそれは、最大の親孝行&先祖孝行^^

たくさんの人が、そのことを知って

自分の人生に、幸せに、貪欲に突き進んでいけますよーに!!


それでは今日もわたくしごとが多くなってしまいましたが、

お読みいただき感謝を込めて^^


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