「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【感じられることすべて幸せである、という真理】何があっても幸せでしかないという事実。

先週の月曜日に3ヶ月半に渡る娘のギブス治療が終わり、装具での治療がスタートしました! 

それに伴い、週一の新幹線通院も、特に何も問題なければ次回は3ヶ月後まで受診の予定は無しでOKとなりました^^

 

これがものすごい開放感だった!笑

 

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スケボーのような装具をつけての治療がスタートしました^^♡通院頻度が大幅に減ったので、近所の子育てひろばに遊びに行ってみたりとまったりのんびり伊豆ライフを再び家族で満喫しております♡

 

たった週に一回といえども、初めての出産、はじめての子育てが始まってすべてが初めてづくしの中で、1ヶ月検診後から4ヶ月に入った先週まで毎週一度も休むことなくの通院は、やっぱり心身ともに疲れがたまってたようです。

 

通院がスタートしたのは1月からだったから、毎週めっちゃ寒かったし!!!

しかも往復4時間超えだし!!

雨の日も風の日もめちゃめちゃ寒い日もインフル大流行の時期も一度も休むことなく!笑

まだとっても小さい娘を連れて、毎週通院してたことは、やっぱりめっちゃがんばったことでした!

 

けど、それを無事に終えることができて今思うことは、このことを通じて経験したことすべて、

ものすごく豊かで幸せな経験でした。

 

病気や病院に通っていたことが特別に幸せで豊かなことだ、と言いたいのではなく、そのどれもが妊娠期からはじまり今も現在進行形で続いている「娘を授かった」という幸せで豊かな経験の中の一部として、そう思うのです。

娘を授かった、ということをまるっとまるごと「幸せで豊かな経験」として捉えていたら、その中で起こる波のどれかだけが「幸せ」で、どれかは「幸せじゃない」じゃない。

 

苦しい気持ちも、疲れも、不安も、悲しみも、、、

 

感じられることぜーんぶが

その幸せの経験の中に内包されている幸せな経験(感情)の一部。

 

自分でも不思議だけれど、やっぱりそうとしか思えない。

 

「娘が病気になってよかった。治療があってよかった」とももちろん思わないけれど、

「病気がなければよかった。治療がなければよかった」とも、やはりどうしても思えない。

 

どっちであってもいい。

どっちであっても、幸せであるという事実に違いはない。

差し支えもない。

 

「感じられることはすべて幸せ」は、やっぱり本当なんだなあ。

 

そしてそれは仮に「娘を授からなかったとしても」、

「生きていることそれ自体」にそこを置き換えたら、人生の中で経験する感情もすべて幸せ、としてどっしりとした安心感の中で生きていくことができるんだ。

ただ、ものすごくそう思います◎

 

まったりのんびり過ごしており、ブログもすっかりご無沙汰してましたが、また少しずつ更新していけたらいいな、と思います^^

今日はここまで◎