「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

ちゃんとしないから「ちゃんと成る」。私が女性性について書く理由②

昨日の記事の続きです!

※昨日の記事↓

santasantasan.hatenablog.com

 

社会人失格の烙印を押された気がした絶望感

 私が会社員を辞めたのは、実は最初は旦那さんのためではありませんでした。

今となってはどう考えても、絶対自分には合わないのに、旦那さんのためにとお給与の高さだけで霞が関なんて似合わない職場を選んでしまった結果、半年ごとに部下を退職に追い込むという妙歴を持つモンスター上司の元で働くことになってしまい、最終的に病んでしまったんです。
それまでは仕事が好きで、スイスイこなせていたことが出来なくなってくる。頭がまわらない。考えてることが上手く伝えられない。
(ってなんかそんな広告が時々ブログに出ています 笑。でもまさにあの状態です)

 それまでは、なんでも任される、一人でがんばって抱え込み過ぎる性格ではあったものの(そもそもの問題はここなのですが、その時は問題って思ってなかった)、仕事が楽し過ぎたので身体壊してもがんばっていて。それが、そんな気持ちにも全くなれない

最終的にもう気持ちがすっかり追いつかなくなって、ついにギブアップを出したんです。

退職後は、私が稼いでこなくちゃダメなのに、って思ってるのに寝込んで旦那さんを心配させている。そんな自分を過去の自分と比較して、超責めまくっていました。

 

堕ち切って気づいたこと。私の想いもやってたことも、実はとっても逆効果?

もうとことんまで堕ちて(気持ちがね)、そしたらふと浮かんだんです。

「今まで私は、全部逆をやってたんじゃないか」と。 

つまりこんな感じです。

旦那さん(以下、オトコ)を頼りにできないで、独りでがんばろうとする

→私ががんばろうとするから、オトコも甘えていいのかな、って思うの当たり前

→オトコ、いつまでも本領発揮できず、頼りないまま

→やっぱりそうだー!(←落胆・責める心)やっぱり私ががんばらないと。

→オトコ、信頼されてない感満載。私、オトコに対してどこかで責める心満載。それが変形して、見下す心に。

 

…オトコのためと言っていて、私が力むことでオトコの力を削いでいたんんじゃないか。
だったらその「逆の逆」をやればいいんじゃないか?
そう思いました。

「私の中の常識」という選択肢を捨て、プーの世界へ突入。

それでですね、人間、いくら堕ちても時間が経てば、ある程度気持ちも回復してくるもので。以前の職場でお世話になっていた方からうちに来たら?などのお話もいただき、そうすると以前のように、また会社員に戻ろうかとも考えました。短くバイトなどもしてみました。
もしかしたら、逆をやったほうがいいかもしれない、って気づきつつありながらも、お金ないって現実が、旦那さんに迷惑かけてるかもって罪悪感が、迷いも不安もとっても大きくしてくれました^^;

でも、なんかやっぱり違う、って肚の底から感じたんです。

まだ、ここは上手く表現できないもどかしさがあるのですが直感的に、
私が私であること、オンナであることに正直になっただけ、結果的に(そう、結果的に、なんです)旦那さんの可能性が広がるんじゃないか、と思ったんです。

それには、すごく自分に過集中する必要があると思いました。今までの私はあまりにも「皆がこうだから」「これが当たり前だから」「こうするしかないから」みたいな枠や常識や価値観が強くなりすぎて、私が私であるっていうことがどういうことなのかさえ、よくわからなくなり過ぎてて、自分の本音がつかめなくなっていたので。

それで、「オンナでも、今の時代は結婚するまでは社会に出て働くこと」「稼ぐこと」という私の中にあった常識をまず捨ててみるに至りました。

 

見えた可能性。オンナは「ちゃんとやる」んじゃなくて、「ちゃんと成る」んだよ

そうして旦那さんのためでも誰のためでもなく自分のために一個一個、「自分」に後から付け足されたモノたちを捨てていくことに注力していたら、今までになかった流れが起きてくるようになり、不思議とある仮説が立ちました。

「オンナはちゃんとやるんじゃなくて、ちゃんと”成る”」と

女性はとっても優秀な人が多いし、たとえば仕事や家庭など、色々なものを両立できる力を持っていると思います。これは本当にすごいことで、そういう方を私は一切否定しません。(というか、尊敬します。)
でもそれをなぜか「ちゃんとできて当たり前」という風潮に勝手に感じてしまって、勝手にプレッシャーを感じてしまって、いつしか自分も「みんなやってるんだから、ちゃんとやらなくちゃ」になっていました。

だけどここに来て気付いたのは、「ちゃんと」やろう、「ちゃんと」しようとするとある程度のところまでしか出来たことが、
そのレールから脱線して、自分に正直に、自分を信じて1つ1つのことを選択していくと、
自然とちゃんと「成って」いる。
しかもそれは、自分だけじゃなくて、旦那さんの仕事や(私がプーになったら急激に好調になってきました。)、家族や、縁ある周りの人たちにまで及ぶ「成る」で。
「ちゃんとやろう」としていた時よりも、影響は大きく、自分や周りにとっても心地よく、より「ちゃんと」していて、より周りに感謝できて。

なので私はこの道を追求していきたいし、それは女性の性にあるすごい財産と能力じゃないか?と思っていて、それでこうしてブログを書きたいと思ったのでした。

 

私が私を生きるたいだけから始まったそんなこのブログを、これから一人でも目に留めてくださる方がいればとてもうれしいです。

今日はとても長くなってしまいましたが、お読みいただき感謝を込めて^^