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この記事は2015年末に、
3年以上同棲中の彼氏との結婚が決まらず、
両親との関係もなんだかわだかまりがあり、
仕事も転職を繰り返しても上手くいかなかいなど
いろんなところで悩みを抱えていたブログ筆者(わたし)が、
「ただのこの自分を信じて生きたい」という想いのもと、
大事にしてきたこと、実践していたことの一つをご紹介しています。
この記事で書いてあるようなことををはじめ、
「自分を生きるということ(そしてそのことで、自分も周りも無理なく自然にしあわせになっていくこと)」とは、こういうことではないかな?
ということをコツコツと続けていった結果、
・半年後には結婚が決まり、
・自分が無理なく、心から楽しいと思える仕事が見つかり、
・両親やきょうだいと本当の意味で安心して心が通じ合えるようになり、
・旦那さんとなった彼の仕事(自営業)が軌道にのって、
そして、2017年には
・大好きな場所で心から満足のいく結婚式が挙げられ、
・その後、なぜだか1000万円弱のお金が流れ込んで、
・都会を離れた伊豆という地域で両親の家をリフォームして、
自然に囲まれた広い一軒家でゆったりと、大好きな旦那さんとともに
生活することができるようになり
現在は一児(女の子)の母として暮らしています。
それらの現実の変化もわたしにとってはとても大きなものでしたが、
一番の変化は、わたし自身が心穏やかに、
毎日ほっこりとした気持ちで
「しあわせだなあ」と思えるようになったことです。
このブログで書いている、わたしがやってきたひとつひとつはとても小さなことですが、
続けていったら、
自分のことを自然に大切に、
自分らしくただ在ればいいんだな。大丈夫なんだな。と
思えるようになっていくのはわたしが実証済みです^^
前置き長くなりましたが、この記事やこのブログがどなたかのお役に立てますことを願っています◎
では、どうぞ御覧ください^^
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・自分の心に正直に生きることが難しいと感じられるわけ
私たちは産まれた瞬間から
親に始まって、
幼稚園に入れば幼稚園の先生、
学校に入れば学生生活で、そして社会人になれば組織の中で、
「これは良いこと。」
「これは悪いこと。」
「◯◯という立場ではこうあるべきである。」
「ふつう〜〜だろう」
などなど、
本当に様々な常識や社会通念を受け取って生きています。
そんな中でふと、
「常識ではこうだというけど、私は本当はこうしたい」
そんな想いが芽生えたとしても、
それが「社会の一般的なそれ」と比較して少数派であれば
必ず誰しも不安に思うものです。
私も同じように自分の心に正直に生きることに難しさを感じながらも、
それでもある時から、
「自分を信じて、自分に正直に生きることは、
本当に人の迷惑になるのか?
生きていくことができなくなるのか?
不幸になるのか?
バチが当たるのか?
これを、本気で自分の人生で試してみよう。」
って、思うようになったのです。
・自分に正直に生きる方法
そこからは、一つ一つのことを自分の心に正直に生きることをやっていきました。
それは何も、最初から大きな難しい何かにチャレンジしたのではなくて、
わたしの場合は、毎日の中でしている様々な選択を、
どんな些細なことでもいいから、
「自分に正直に」選択してみるところから、始めました。
例えば、お昼に食べたいものを、体や健康のためだとか、金額等々で決めてしまうのではなく、自分が食べたいものに正直になる、ということだったり
疲れているなら、休日は例え自堕落に感じたとしても一日寝て生活してみるなど、
そんな小さなことから自分の心に正直に生きることを始めたように思います。
そうしてみて気がついたことは、いままで、
どれだけ誰かや社会の目や常識を気にして、
自分の心に正直でない選択をして生きてきたのか。ということに気が付いていきました。
「これまでのわたしはこんなにも
他人や社会から見て”こうあるべき”とか、
”こうしたほうがよい”っていう基準で、
人生の選択をしてきて、少しも自分を大切に生きてはいなかったんだな」
と。
そして無意識でいると、あまりに何から何までそうした選択の仕方が染み付いていて
例えどんな小さなことでも
「自分を信じて」「自分に正直に」選択することが
ものすごく難しく感じたり、抵抗感や恐怖が伴いました。
それでも、自分の心に正直に生きる方法として大切なことは”こわいままでもやる”ということ。
怖いなと心が難しいと感じるたびに
それでもどんどん、自分に正直な選択を一つ一つ積み重ねていきました。
するとだんだん、自分に正直であることに慣れていったんです。
そしてそれに慣れて、それがスタンダードになっていくと徐々に、
「いろんなことを、これが常識だとか当たり前だと信じて決めつけて
それに沿って選択してきたけど、本当にそうなのだろうか??
もしかしたら、違うんじゃないのだろうか??」
という想いが芽生えていくようになりました。
・自分に正直に生きた結果、仕事で起きたこと
たとえば仕事に関して言えば、以前の私は、
例えば生理中の身体がしんどい時に、少しでも仕事を別の人にお願いする、というようなことは
女性であるということを仕事の現場に持ち込んでいるようで、いけないことのように思っていたんですね。
当時のわたしは男性に張り合うかのように仕事をガツガツと頑張っていたような、そんな働き方をしていたんです。
でもそんな仕事の仕方が原因となって、心身ともに支障をきたすようになっていったとき、
「男性にだって負けたくない」という気持ちは本当は自分の正直な気持ちではなくて
「男性に負けないくらい仕事をしないと必要とされない(愛されない)」という恐れの気持ちからだった、と気がつきました。
そしてそのことに気がついた時、
自分のほんとうにほんとうの正直な気持ちは?と自分に問うた時、
出てきたのは
「女性であることに蓋をしたくない」
「生理を含む、女性の身体の自然なバイオリズムを無視したり否定してまで
男性と同じようにコンスタントにがんばり続けることを当たり前とすることは、
しんどいな、そんなの嫌だな」
「もうこんな仕事の仕方はやめたい」
そんな気持ちでした。
なのでそれからのわたしは、その自分の気持ちに正直であろう、と決めて、
「今の仕事量ではきつい」ということを上司に正直に伝え
そして徐々に手持ちの仕事の量を減らしていきました。
そのことを、わがままだと捉えた方も、もしかしたらいたかもしれません。
それでも、自分の弱さと正直な気持ちを大切にすると、まず自分の心に余裕ができて
仕事を引き継いでくださった方や、今まで張り合っていた男性社員さんたちに、素直な感謝の気持ちが湧いて、それを言葉にして伝えることで、むしろ以前よりも受け入れてくださり仲が深まっていった方が増えていったのです。
・自分に正直に生きた結果、仕事で起きたこと②番外編
そんなふうに、今まで頑張って働いてきた職場で少しずつ、自分の気持ちに正直に生きていった結果、
今までの自分の正直な気持ち(と思い込んでいたもの)というのは実は、私の場合は
「誰かから認められたい」ために選んでいることがほとんどだったということに
徐々に気がついて行きました。
そしてその頃から、
「自分に正直な気持ちで生きることは本当にいけないのかな??」
という気持ちがより一層増して
「そのわたしの正直な気持ちというのは、
今のわたしがいる世界では非常識かもしれないけど、
そうじゃない世界もあるんじゃないかな??」
というような感覚に徐々になっていき、
お金のことや、女性性ということを見つめてみたくなって、
昼間のお仕事とダブルワークで銀座でホステスのアルバイトを始めたりもしました。
・自分に正直に生きている人の特徴
そしてそんな世界では、綺麗な女性たちがたくさんいて、ある意味でそんな業界の先輩たちは「自分にとても正直に生きている」のだということに気がつきました。
それは例えば、売り上げや何かのためになら、人にどう見られるかや手段を厭わなくて、
人がどう評価するか?どう見るか?ということよりも、今目の前の自分の人生だけに全集中なのですよね。
それが良い悪いかは別にして、そんなふうに
「わたしが今まで常識と思っていた世界」とそこは真逆なほど異なっていて
いかに自分が自分の育ってきた、小さな世界の価値観に縛られていたのか、と気付かされることが山ほどありました。
そしてその世界での仕事でも、本当に不思議なご縁や奇跡のようなことをたくさん経験していくことになり、その結果
自分自身が、世間一般の「こうあるべき(常識)」を自分の人生に採用するのをやめて、自分の気持ちに正直に生きると覚悟を決めたら、そのときに、
その覚悟によって、そんな自分でも許される温かな世界が創造されていくんだ、という確信が持てていきました。
結果として、ものすごくベストタイミングでホステスのお仕事も辞めることもでき、
その後、一般社会に戻っても、
なぜか男性や社長さんに守られることが増えて、
存在するだけで、自分の心に正直に生きるだけで喜んでいただけることが徐々に増えていきました。
世間で言う「ちゃんと」「真面目に」に沿うことに必死になっていた頃は
どんなにがんばっても、批判されたりやる気がないと叱責されることが多々あったのに、、、、です。
・自分に正直に生きた結果、恋愛で起きたこと。
そして”自分に正直に生きる”ということは、恋愛面でもとても素敵な変化を与えてくれました。
その頃、私は現在の旦那さんとまだ彼氏彼女の関係で同棲をしていたのですが
仕事で独立する夢を持っていた彼に対して、将来的なことを考えると、
「彼がフリーランスになると、生計が不安定になるかもしれないから、
パートナーである女性(=私)は会社員を辞めるべきでない。
固定給をもらってきて支えるべき」
というような世間の価値観を勝手に信じて採用していたのですが、
このことに関しても、自分の正直な気持ちを問うていったとき
「わたしは会社員が合わないから、仕事を辞めてのんびりしたい」
という気持ちが出てきて。
そして結局、お互いの収入のアテも何もないまま
むしろ私の方が先に、会社員の仕事を辞めてしまったんですね。
そうしたら、そのことをきっかけに、彼の仕事への覚悟と
わたしを守ろうという強さも強まったのか(?)
その後、いろいろな人に支えられながら、
わたしたちの間ではお金が当たり前に回っていくようになっていき
今では結婚し、一児の娘にも恵まれながら、お互いのやりたいことを尊重し合う生き方を続けることができています。
”女性とは、彼女とは、妻とは、こうあるべき。”
そんな常識も一つ一つ疑って、
自分の正直な気持ちを確認して、
両親に甘えたいと思ったら甘えたり、
家事もやりたいときにやるようにしたり、
「ただ自分に正直で在ろう」としていきました。
その結果、現実は、悪くなるどころか、
彼もわたしを大事にしてくれて、
彼の家族もこんな私のことを可愛がってくれて、
家事も仕事もがんばらなくちゃと一所懸命無理をしていたときよりも、
なぜかすべてが円満になっていきました。
・自分に正直に生きることと、わがままの違い
そんなふうに自分の心に正直に生きていった私は、一見、破天荒でわがままに見えてしまうこともあるのかもしれません。
でも、わがままというのは、他者に何かを求めること。
「自分のために、もっとこうして欲しい」
「もっともっと、あれをしてよ。これをちょうだいよ。」
これが、いわゆるわがままだと思うのです。
けれど自分の心に正直に生きるということは
「私は、こうしたい」。
これだけです。
その時に、上述した私の仕事の例のように
そのことに関わりのある他者がいれば、その人に協力や助けをお願いする必要も出てくるかもしれません。
けれどその時に、それを引き受けてくれるかは相手次第。
無理強いするものでも、わがままになって求めるものでもなく
もし断られたり協力を得られることがなかったとしても、その時は
潔く、自分だけでできることを考え実行するのみです。
そんな人を、人は「わがまま」とみなしたりはしません。
もし、あなたがただ自分に正直であるだけで「わがままだ」と言う人がいればそれは
その人が自分に正直に生きたいのにそれができなくて、
あなたにひがみや嫉妬をしているだけ、なんですよね。
なので、自分に正直に生きることは、わがままというような”してはいけないこと”などでは決してない。
そのことは、ぜひ覚えておいて欲しいなと思います。
・自分に正直生きる人に訪れる本当の幸せ
最初に書きましたが、
「自分を信じて、自分に正直に生きる。
それで結果、
本当に人の迷惑になるのか?
生きていくことができなくなるのか?
不幸になるのか?
バチが当たるのか?」
これを本気で自分の人生で試してみたら、
・迷惑どころか必要とされ愛されるようになっていった。
・生きてくことができないどころか豊かになっていった。
・バチが当たるどころかどんどん幸せになっていった。
そういうことしか、起こらなくなっていきました。
そしてそれをセッションなどを行う新しいお仕事を通じて同じ女性の方たちに伝えていったとき、
そのお客さんたちからも、同じような変化の実感や、感想がどんどん増えていったことで、
「自分に正直に」生きることは自分のことも、関わる人たちのことも幸せにするということを確信していきました。
「努力して」
「真面目にコツコツ」
「自分のことよりも人のために、社会のために」
世間では、そういう生き方が良しとされて、幸せになるとされいると思います。
でも、それは本当にそうでしょうか??
そういう【まっとうな】生き方を積み重ねて生きてきて、
わたしは、幸せを感じなかったですし、
わたしだけどころか、
周りさえ幸せに、笑顔に、できなかったのですよね。
だから、自分に正直に、生きようと思い、そうしたら現実が
答えはすべて自分の中にあることを教えてくれました。
最初は慣れないから、恐怖を感じることも
自分がわがままに感じることも何度もあって
でもそんな自分すらも受け止めて
自分に正直に生きようと貫いたら絶対に、
それが自分の自信になっていって、幸せをも生み出すものだと信じています。
自分を信じて自分に正直に生きて、あなただからこその素晴らしい人生を謳歌する女性が増えていくことをこれからも心より応援しています。
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