「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

甘え下手、頼り下手なわたしを卒業できたキッカケ。〜自分らしく生きる、自分を大切に生きる第7日目。

こちらは前回の記事の続きです!

※前回の記事↓

santasantasan.hatenablog.com

夜中の更新にも関わらず目を通してくださった方がいたようで本当に有難うございます。ブックマークに「続き楽しみです!」と書いていただいて嬉しい半面、大した続きはないのですよ?(保身)


・アッサリ方向転換を決めた後のわたしの難題

さて、男の経営者のガチな生き様に触れ、

「男の土俵で成功する(自分らしく幸せに生きる)のはわたしにはムリっぽい。」

とアッサリ方向転換を決意したわたくしサンタサンタ。

となると、男性に甘える、頼る、できないことはできないと素直に言う、などが新しい生き方には必要なのだろうなと頭では感じたものの、しかし今まで肩肘張って一人でがんばるほうに猪突猛進だったオンナ(=わたし)がそう簡単に生き方をクルッと変えるのはとてもむずかしいことでした。

なんというかそれって、なんかズルい生き方のような気がして。弱さを見せてる気がして。そしてそれは負けてる気がして!!←このあたりがもうダメ

しかしそんなわたしに、オンナという大前提の上で自分を大切に生きることはずるさでも弱さでもないんだと思わせてくれるキッカケとなった一つの言葉があるのです。今日はそのお話です。


・ケガをして助けを得た人は、同時に助けた人に与えている。

その言葉は、とても単純だったのです。

わたしが男の土俵を降りると勝手にココロで決意して、相当がんばらないと出来ないことを捨てて自分を大切に生きていこうとしたら、出来ないことが多すぎて自分にショックというか引いてたというか絶望してた時期があって。(ここは今もまだ若干課題ですが)

そのときに、エージェント先の社長さんが全然わたしがそこで悩んでるとは知らず、あるときこう言ってくれたんです。

「弱いままでいいんですよ。それが与えることになるんだから。」

と。へっ?て感じでした。

その後、たとえ話でこんなお話をしてくれたんですね。


たとえばここが道路で、サンタサンタくんが転んでケガをしたとする。

そうしたら、Aくん(=わたしの仕事仲間)が駆け寄って、「大丈夫?」と助ける。

それはサンタサンタくんがAくんに助けられたとも言えるけれど、同時に、

サンタサンタくんは転んだことによって、Aくんの優しいココロと行動を引き出したとも言える。

だから、一見弱さに見えることがあっても、それは同時に必ず誰かの役に立ててる強さになってるんだよ。


…的な。(曖昧…)

この話、皆さんはどう捉えられますでしょうか??

・何かできることがないと、誰かの役に立っていないと価値が無いと思っていたわたしに見えた希望の光。

わたしはですね、この話を聞いた時に、綺麗事とかに聞こえなくて、素直に響いたんです。本当そうよね、って。

本当そうなのに今までのわたしは、自分で勝手に、助ける側の人間でないと与えてない、価値がないって思い込んでいたんだなあと。勝手に、助ける側の人間になりたいって思っていたんだなあと、感じたんです。

それで思ったこと。

「ああ、それならわたしはこの、転ぶ人側で生きてこそ、活きる人間になろう」

って。

もちろん、そっちの方が楽チンだからいいやって話じゃなくて、ずっとずっとA君側に行こうとがんばってきた後に、Aくん側では大したチカラにはなれない自分の本質に気づいて絶望したあとの、一筋の希望の光のように大げさでなく思えたんです。

 仕事で結果を出したりカウンセリングの技術をつけて、何者かになろうと必死だったわたし。

本当はそんなものがなくても、いわゆる「ありのままの自分」を認めたくて好きになりたくて、辛かったわたし。

でもそんな自分らしさなんて、他人に対しての価値や与えられることにはならないよねっていうところで大きな壁を感じていたわたし。

そんなわたしだったので、男の土俵を降りたらがんばることをやめたら価値が無さすぎるって、本当に悲しかったんです。

なのでこのたとえが、涙がでるくらい心底ホッとしたんです。自分を大切に生きることを許された感じがしたんです。

ああ、それでいいんだ〜って。

弱さもある、ありのままの自分が、人に与えられることを考えればいいんだ〜って。

そこに一所懸命になればいいんだ〜って。

それはズルくもなんともなく、得意不得意の役割分担なんだって。


・ただのオンナとして、弱さのある自分で男性の役に立つことを探し、実践する日々。そしてその中で変化していった現実。

このお話を聞いてからというもの単純なわたしは、

「むしろ上手に甘える、頼るをして、相手の素晴らしさを引き出すのはオンナのすごくステキな役割じゃない!!」

と誇らしく思えるようになり、これは弱さどころか立派な人間力(オンナ力?)を磨くことだ!!みたいに一人勝手に意気込み始めました。

そこからちょっとずつの勇気を振り絞って行動を変えていきました。

社長や周りの男性やもちろん旦那さんに、ぎこちなくお世話になりつつ、何かしてもらったら感謝の言葉を述べることにしてみました。

とっても喜ぶことにしてみました。

すごいと思うことは素直に伝えてみることにしてみました。

期待されることでも、自分が踏ん張らないとできないことは、「できない」とめっさドキドキしながら言ってみることにしました。(それで怒られたらそこから考え直せばいいんだと。)

するとどうしたことでしょうか。

周りの男性陣が、さらにカッコよく頼もしくなっていっている(ように見えた)のです。

クライアントさんで言えば、どんどんお仕事の成果を上げられるのです。(男性社会でがんばって働く女性クライアントさんも含め!)

そしてわたしのことを、わたしが無理して一人でがんばって働いていたときよりも、大切にして、尊重して、助けてくれるようになった(ように感じた)のです。

このあたりはいろいろなエピソードがあるのでまた別途記事に綴っていきたいなと思うのですが、そんな状況を目の当たりにしてわたしにも変化が起きてきました。


・余裕ができて生まれる心からの感謝と好循環へ

今までのわたしは、人に頼るのや甘えるのがヘタなぶん、自分一人でがんばっていたので常に余裕がないわけなんです。

しかし、その背負ってたものの半分くらいを下ろすことに専念した結果、ココロにも余裕ができるわけなんですね。

すると、本当に心から、有難いって思えるようになるわけなんです。

こんな弱い自分を大切にしてくれてありがとう。助けてくれてありがとう。みたいな。

一人でがんばってたときは、勝手にがんばってるのに「なんでわたしばっかり…!」みたいに思ってて、ともすれば男性陣をジャッジしていたのに…。

そして、本当に素直に自分の弱さを認めてるので(まだまだその途上ではありますが)、わたしができないことをやってのける男性陣(働く女性も含め)が、本当にすごい!!かっこいい!!とこちらも心から思うわけなんです。

そしてそれは口にせずともやはり伝わるわけで、それはつまり、ますます助けて応援してもらえる好循環に入ることに気づきました。

ちなみにこれ、恐らく計算とかでウソで「すごい!」とか「カッコいい!」とか言うのは簡単なのでしょうが、そんなのは伝わるし、自分が全然幸せじゃないと思うのでここは大事なことだと思います。テクニック論ではないのかなと。

そして自分で自分の弱さも含めた自分らしさを本当に認めていないと、そしてそれが人の役に立つと心から実感していく体験が積み重ならないと、素直に甘える事もお世話になることもできないと気付きました。

ここらへんはまた別の記事で別エピソードとともに書いてみたいですが、まだまだ、わたし自身課題でもあります。しかしもっともっと、今はそこに踏み込みたいと思う日々です。

そしてそのことによって、自分自身も周りのがんばる男性(女性)も生かされ合うようになったらどんなに素敵なことだろうと、その環をもっと広げていきたいと、ワクワクしながら一人チャレンジしているのが「ただのオンナ」なのです^^

もし甘えベタ、頼りベタで悩んでいる女性がいたら、頑張りすぎて疲れている方、女性としての自分を大切にできないという方がいたら、何かこの記事が一つの視点の変化くらいになったらとささやかながら願います。


それでは今日も長文に目を通していただき本当に有難うございます。

いつもお読みいただき感謝を込めて!^^

※わたしもただのオンナを始めよう〜!という方はこちら^0^!

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