「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

甘え下手、頼り下手なわたしの視点を180度変えてくれた”ある言葉”の話。

こちらは前回の記事の続きです!

※前回の記事↓

santasantasan.hatenablog.com


・アッサリ方向転換を決めた後のわたしの難題

さて、男の経営者のガチな生き様に触れ、

「男の土俵で成功する(自分らしく幸せに生きる)のはわたしにはムリっぽい。」

とアッサリ方向転換を決意したわたし。

しかし今まで肩肘張って一人でがんばるほうに猪突猛進だったオンナ(=わたし)が

男性に甘える、頼る、できないことはできないと素直に言う、などを実践するのは

とてもむずかしいことでした。

 

それって、

なんかズルい生き方のような気がする。

弱さを見せるのは、負けている気がする…!!←このあたりがもうダメ

 

しかしそんなわたしに、

女性である自分を大切に生きることは

ずるさでも弱さでもないんだと気付かせてくれるキッカケとなった言葉があるのです。


・ケガをして助けを得た人は、同時に助けた人に与えている。

その言葉はとても単純なものだったんですね。

わたしが男の土俵を降りると決意して、

がんばらないと出来ないことを捨てて自分を大切に生きていこうとしたら、

出来ないことが多すぎて自分への絶望がまだまだ大き過ぎた頃、

ある方が、あるときこう言ってくれたんです。

「弱いままでいいんですよ。

それが与えることになるんだから。」

と。

 

その後、たとえ話でこんなお話をしてくれたんですね。

たとえばここが道路で、あなたが転んでケガをしたとする。

そうしたら、Aくん(=わたしの仕事仲間)が駆け寄って、「大丈夫?」と助ける。

それはあなたがAくんに助けられたとも言えるけれど、同時に、

あなたは転んだことによって、Aくんの優しいココロと行動を引き出したとも言える。

だから、一見弱さに見えることがあっても、それは同時に必ず誰かの役に立ててる強さになってるんだよ。

 

と。

この話、皆さんはどう捉えられますでしょうか??

・何かできることがないと、誰かの役に立っていないと価値が無いと思っていたわたしに見えた希望の光。

わたしはですね、この話を聞いた時に、

綺麗事とかに聞こえなくて、素直に響いたんです。

本当そうよね、って。

 

本当そうなのに今までのわたしは、

自分で勝手に、助ける側の人間でないと与えてない、

価値がないって思い込んでいたんだなあと。

勝手に、助ける側の人間になりたいって思っていたんだなあと、感じたんです。

 

しかしその話を聞いて、

「ああ、それならわたしはこの、

転ぶ人側で生きてこそ、活きる人間になろう」

って、初めて素直にそう思えたんです。

 

もちろん、そっちの方が楽だからって話じゃなく、

ずっとずっとA君側に行こうとがんばってきた後に、

Aくん側にはなれない自分の弱さもろさに気づいて絶望したからこそ、

そう思えたんですね。

 

 仕事で結果を出したりカウンセリングの技術をつけて、

何者かになろうと必死だったかつてのわたし。

 

本当はそんなものがなくても、

いわゆる「ありのままの自分」を認め好きになりたくて、

辛かったわたし。

 

そんなわたしだったので、

男の土俵を降りたらがんばることをやめたら価値が無さすぎるって、

本当に悲しかった。

 

なのでこのたとえが、涙がでるくらい心底ホッとしたんです。

自分を大切に生きることを許された感じがしたんです。

ああ、それでいいんだ〜って。

弱さもある、ありのままの自分が、

人に与えられることを考えればいいんだ〜って。

そこに一所懸命になればいいんだ〜って。

 

それはズルくもなんともなく、

ただの得意不得意の役割分担なんだ〜って。

 

それこそほんとの、男女平等なんだ〜〜〜って。

 

一気に、視点が180度変わったんですね。

 

f:id:santasantasan:20170712100920j:plain

 

・ただのオンナとして、弱さのある自分で男性の役に立つことを探し、実践する日々。そしてその中で変化していった現実。

このお話を聞いてからのわたしは、

「むしろ上手に甘える、頼るをして、相手の素晴らしさを引き出すのはオンナのすごくステキな役割じゃない!!」

と誇らしく思えるようになり、

弱さどころか立派な人間力(オンナ力?)だ!!と自信を持てるようになってきたんですね。

 

そこからちょっとずつの勇気で行動を変えていきました。

 

社長や周りの男性や彼に、

ぎこちなくお世話になりつつ、

何かしてもらったら感謝の言葉を述べることにしてみました。

 

とっても喜ぶことにしてみました。

 

すごいと思うことは素直に伝えてみることにしてみました。

 

期待されることでも、自分が踏ん張らないとできないことは、

「できない」とめっさドキドキしながら言ってみることにしました。

(それで怒られたらそこから考え直せばいいんだと。)

 

するとどうしたことでしょうか。

 

周りの男性陣が、どんどんカッコよく頼もしくなっていっていったのです。

 

そしてわたしのことを、

わたしが無理して一人でがんばって働いていたときよりも、大切にして、尊重して、助けてくれるようになったのです。

 

このあたりはいろいろなエピソードがあるので

また別途記事に綴っていきたいなと思うのですが、

そんな状況を目の当たりにしてわたしにも変化が起きてきました。


・余裕ができて生まれる心からの感謝と好循環へ

今までのわたしは、人に頼るのや甘えるのがヘタなぶん、

自分一人でがんばっていたので常に余裕がないわけなんです。

しかし、その背負ってたものを下ろすことに専念した結果、

ココロに余裕ができるわけなんですね。

 

すると、本当に心から、有難いって思えるようになるわけなんです。

 

こんな弱い自分を大切にしてくれてありがとう。

助けてくれてありがとう。と。

 

一人でがんばってたときは、

自分が勝手にがんばってるのに

「なんでわたしばっかり…!」みたいに思ってて、

ともすれば男性陣をジャッジしていたわたしが、です。

 

今はわたしが、本当に素直に自分の弱さを認めてるので

(まだまだその途上ではありますが)、

わたしができないことをやってのける男性陣(働く女性も含め)が、本当にすごい!!かっこいい!!と心から思えるわけなんです。

 

そしてそれは口にせずともやはり伝わるわけで、

それはつまり、ますます助けて応援してもらえる好循環に入ることに気づきました。

 

ちなみにこれ、計算とかでウソで「すごい!」とか「カッコいい!」とか言うのは簡単なのでしょうが、そんなのは伝わるし、

自分が全然幸せじゃないと思うので、

テクニック論ではないのだと思っています。

 

そして自分で自分の弱さも含めた自分らしさを本当に認めていないと

そしてそれが人の役に立つと心から実感していく体験が積み重ならないと、

素直に甘える事もお世話になることもできないと気付きました。

 

もっともっと、今はそこに踏み込みたいと思う日々です。

 

そしてそのことによって、自分自身も周りのがんばる男性(女性)も生かされ合うようになったらどんなに素敵なことだろうと、その環をもっと広げていきたいと、

ワクワクしながら一人チャレンジしているのがわたしなのです^^

 

もし甘えベタ、頼りベタで悩んでいるという方や、

頑張りすぎて疲れている方、

女性としての自分を大切にできないという方がいたら、

何かこの記事が一つの視点の変化くらいになったらとささやかながら願います。


それでは今日も長文に目を通していただき本当に有難うございます。

いつもお読みいただき感謝を込めて!^^

※わたしもただのオンナで生き始めたい!という方は

いつでも会いに来てくださいませ!

お待ちしています☆

santasantasan.hatenablog.com