「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

「あなたのためを思って」の言葉になびかない勇気。〜自分を生きる31日目〜34日目。

よもや、「自分を生きる」のカウントが
34日目で合っているのかちょっと自信のないサンタサンタです!

自分に集中するまとまった時間が欲しく、
ブログを数日間ご無沙汰してしまいました><
この間のことはまた別に記事でいつか書きたいなと思うのですが、
話が全然変わって、今日はちょっと辛辣な記事です。

ますますマイペースを生きるわたしに最近、
「早く子ども作ればいいのに」
「世の中はこういう風なものでね」
「これこれこうしないと成功しないんだよ(わたしは成功など目指してないとずっと言っているのですが)
などを始めとした、余計なお世話を畳み掛けてくる方が出てきました。
出てきたというか、今までずっとお付き合いのある方なのですが、
(ブログの皆さんでも親でもない人なのですが)
なんか急にそんなことばっかり言うようになったという。


で、気付きました。
その言葉の背景には、
その人がわたしのことを大事に思ってくれていて、
わたしを「その人の思う“良かれ”の方向(自分の生きてきた道)」
コントロールすることを望むものの、
わたし自身がそれについていく気がさらさらないので
(なぜならわたしの人生はわたしのものでしか無いからです)、
「なんだよ(どうしてオレの言うことを聞かないんだよ)」
と淋しく思わせてしまって、
結果としてそんな言葉を吐かせてしまったのだなあと思いました。

そしてそのことでいくつか、学んだことがあります。

淋しい思いをさせてしまったのは、それは申し訳ないと思いつつも、
親でさえ、夫(妻)でさえ、
誰かが誰かをコントロールすることは出来ないっていう、
とんでも当たり前なことが、
愛情が強くなりすぎると
人は簡単に見えなくなってしまうことがあって。
(そしてそれは「あなたのことを思って」などの言葉で
良いことにすり替えられがちだから、かえってややこしい)

それでも人類みな兄弟なわけなので、
価値観が違っても、お互いの違いを尊重できれば、
大切に想い合うことを続けることができるはずです。
実際わたしも、その人を大事に思う気持ちも、尊敬する気持ちも、
感謝の気持ちも、何も変わらない。
ただ、自分の生きる道のそれとは重ならないと知って、
同調してついていくことはしなくなっただけです。

あなた、わたし好き。わたし、あなた好き。
問題ある?ないよね?
よかったよかった^0^とわたしは思うし、
いつかわたしの道が出来てきたときに恩返しもしたいし、
また交わるときがあって、
でもそれはきっと今じゃない。(と、わたしの直感が言っている。)

でも、相手はそうは思わない。
大事に思ってるなら、尊敬してるなら、感謝してるなら、
自分の意見に賛成(賛同)してほしい、とか、
それを行動で示してほしい、とか、
そうしてそれは、自分の思うように自分の思う相手をコントロールしたい、ということでもあり、
それは結局は、
欲しい、欲しい、欲しい!!!
なのです。
自分以外の他人を強く求めるっていうその性質は人間の素敵なところであり、
同時に怖いところでもある。


で、ふつうだったら、
大人になればそれが消化できるようになると思うではないですか。
でも現実はなかなかそうではなくて、
そこに正論や社会のなんちゃらを上乗せすることで、
自分の「欲しい」を隠してコントロールしようとするのが上手になっているだけの人が少なくないとわたしは感じるのです。
(実際には全然隠せていなくて、丸見えですよ、と思いますが。)

わたしは親も旦那さんもほとんどそういうのがないので
(旦那さんにおいてはいつも書いていることですが皆無なので)
そういうものを見せられると本当にビックリします。
そして、悲しくなります。
どうして「ただ大好きです」だけじゃいられないんだろうかと。
(わたしにそうでい続けることを、許してくれないんだろうかと。)


ちょっと話逸れますが、前に何かの話をしていた時にふと、
旦那さんがサラーっと言ったことに、
「自分を無条件に肯定して賞賛してついてきてもらえるのって、
銀座のキレーなお姉さんとのエッチにこぎつけるよりもハードル高いよね」
というような言葉がありまして、超マトを得ている!!と激しく同感しました。

社長と呼ばれるような人たちだって、
利害関係があるから(=お給与もらってるから)、
人がイエスと言ってついてきてくれる。
そしてその組織の一歩外を出たら、
利害関係無く無条件に認めて肯定(チヤホヤ)してもらうために
夜の世界ではけっこうなお金を払ってその対価を得ているわけで。
むしろお金さえ払えないような人間はその権利を得られないということを知っているのですよね。

社長さんと言われる方だってそうなんですよ。
それくらい、無条件で人についてき続けてもらえること、
人を自分の思い通りにすることは難しい。
(そういう人はほんとに“有り難”い。)
お金や立場をちらつかせて頭を駆使してキレーなお姉さん(をだまくらかして)
一回エッチする方がよっぽどハードル低い(とわたしは思う)。

そのことを忘れて「自分(※役職や地位でなく。)」に人がついてきて「当たり前だ」
と勘違いし始める人は、結構少なくないのだと思います。
残念なことですが。

そしてここまで辛辣なことをツラツラ書き述べて何が言いたかったかというと、
そういうごまかしや嘘に巻き込まれないでください、ということでした。

他人に、社会に良い顔をして自分を殺して生きてきた方は
他人や社会に対して都合の良い自分を演じてきたとも言えると思います。

以前の記事でも書いたことがあるのですが、
そこで自分を生き始めたとき、
自分が人を否定したり攻撃しなければ、
素の自分で生きても人は離れていくことはないです。

※参考までに、その以前の記事です↓ 

santasantasan.hatenablog.com

 

しかし、自分が自分を大切にして、自分に正直に生き始めた時に、
こちらは(気持ちの上で)離れようと思っていないのにも関わらず勝手に
「言うことを聞かなくなった=離れようとしている、自分を認めてくれていない」
と捉えて、何か正論のようなものや「あなたのことを思って」という言葉を振りかざして
あなたを自分の側に置いておこう、コントロールしたいとする人が
出てくることは悲しいけれどあるのだと思います。

そこに、気持ちをぶらされないでください。
優しさでまた、自分よりも他人を一番にしようとしないでください。
諦めてまた、他人の良しとする人生のレールに戻ろうとしないでください。

そんなのは勿体無さ過ぎるのです。
だから反論をしようともせず
(してもいいのですが結局は相手が根本が感情ベースの行動なため、
理論で解決できないと思うので…)
相手に合わせようともせず、
ただ淡々と、
自分の思う道を進んでほしいと思うのです。
あなたの人生の責任はあなたしか取れないのだから。

そして願わくば、その人生を進んだ先に、
今度はあなたが、自分のそれとは違う道で自分を生きようとする誰かに
無条件で
「それいいじゃん〜やったらいいじゃん〜!!」
と背中を押してあげられる大人になってほしいと(個人的には)思います。
そのときには絶対、
自分の生きた道を肯定したいがために
嫉妬や不安やさみしさで誰かの可能性を閉じてしまう人間には
なっていないと思うから。


以上、これは他人様に語りかけているようで
わたくしサンタサンタ自身に言い聞かせたことでありました!

久しぶりな記事なのに辛辣な内容となってしまいましたが、
しかしそんな今日もお読みいただき感謝を込めて!
明日も素晴らしい一日をお過ごしください^^