「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

もしかしたら、ただのオンナのままで、思い切り幸せになれてしまうのかもしれない。「もしかしたら」へのちょっとずつのチャレンジ。

今日、ある「もしかして」が私の中に湧きました。

「あれ?もしかして…生理中だけど、生理痛ってもういらないんじゃない?」と。

事の発端は、今回から布ナプキンを使用し始めたことで、布ナプキンについた経血を洗っていた時のこと。

意外にも、ほぼ水だけで「サラ〜っと」、経血が落ちてしまったのです。そしてとても、血液量が少ない。あれ?これって布ナプキンを「使い続けていたら」起きる現象じゃなかったっけ??

改めて気付いた、ストレスフルだった以前の私と今の違い。

それで、思い出したことがあります。
以前、バリバリに働いていた時の私はといえば、血液量も多く、期間も長く、そして女性の方ならわかると思うのですがレバー状の血液の塊のようなものが紙ナプキンについていて、それが当たり前でした。もちろん、生理痛もとっても重い。

でも今回ハタと気づきました。仕事を辞めてから随分、経血の量も減ったし、レバー状のヤツを見てないな…と。恐らく、仕事を辞めて自分に素直に正直に生きることで「◯◯せねばならない」の思考を元に動くことが減って、ストレスが大きく減っていることによるのではないかと思います。

恐らく紙ナプキンを使い続けていたら、そこまでまともに自分の経血を見ることもないので(すぐポイッとゴミ箱に捨ててしまうので)この変化にも気づかなかったかもしれません。ですが今回、実際に洗い流す作業をしてみて、その変化に気づきました。

布ナプキンを使ってみて気づいたこと。月経時=超重い生理痛は、ただの私の思い込み?

そこで再び、「あれ?」となったのです。
これだけ月経に変化があったのなら、子宮への負担はかなり減っているはず。
なのに生理痛は、相変わらずつらく、重い(と感じている)。
これってもしかして、私の、ただの思いこみなんじゃないか?と。

これまで「生理が来る=超重い生理痛がセット」っていう図式が十数年頭に染み込んでいて、その思い込みだけで、必要以上の痛みを自分で作っているんじゃないのか??と。その痛み、いる?私に今も、必要?ううん、いらないや!
“生理の時はひどい生理痛っていう図式”、私の人生の設定に、もういらない!!

と、決めたんですね。

そうしたら、それまでズーンと重かったお腹から腰の痛みが、スーッと和らぎました。その後、今日は痛みなく過ごせています。

もし自分の人生が、全部自分の設定通りに動いているとしたら?

これ、嘘みたいな話ですが^^;でも「ただのオンナ」の原点もまさにここなんです。そもそも、自分の人生の当たり前過ぎる前提さえ、実は全部思い込み(自分の無意識の設定)で作られてるんじゃないか?っていう一瞬の「もしかしたら」。
その設定は、世の中の常識や、育った環境が、初期設定になっているのかもしれませんね。

この「もしかしたら」は、くたびれ果てた私の中に生まれたものでした。
私、ご紹介した通りきょうだい児で、アダルトチルドレンで、欠陥まみれだったから、だから幸せになろうと思って仕事とか、ココロの勉強とか、がんばって積み重ねてきたわけです。がんばれば幸せになれると思ってて、でもちっとも幸せ感や自己肯定感が増さなくて。結局、努力にクタクタに疲れ果てて、ある時あきらめて浮かんだ「もしかしたら、ただのオンナのままで(ままの方が)幸せになれるのかもしれない」

そこから、「もしかしたら」と一瞬感じることに、ちょっとずつのチャレンジをしていいくようになりました。

もしかしたら、自分に嘘ついてまわりに合わせて働くよりも、自分を大事にしてたほうがお金も入ってくるのかもしれない」
もしかしたら、学ぶのを止めたほうが、幸せを感じられるのかもしれない」
もしかしたら、社会適合者を目指すよりも、デコボコの欠陥まみれのままの方が、私が輝けるのかもしれない」

もしかしたら、自分の感じた正解だけに従っていれば、全部上手くいっちゃうのかもしれない」

…そんな「もしかしたら」へのちょっとずつのチャレンジです。

大事なのは正しいかどうかじゃなく、自分から湧き出た想いにフタをしないこと。そしてやってみること!

そして私の中で大事にしているのは、それが正しいかどうかよりも、その想いにフタをしないで、実際どうなのかやってみたらいい、っていうことです。
ダメならそれでいいんです。間違ってたら、ちょっと(というか結構)恥ずかしいけど、でもたぶんそれを気にしているのは私だけだし^^;

ただ、やってみないで「そんなわけない」って最初から否定したくないなっていう感じなんです。でも、過去のパターンとか常識とかで、「◯◯で当たり前」って思い込んでいるから、その「もしかしたら」さえ思えないで通り過ぎることもたくさんあって。今日はまさに目からウロコの出来事でした。だって、今までの私にとっては、「生理痛のない生理」は過去のパターンではありえないので。
それでまた明日、「やっぱりイタイ〜!!」ってなったら、一瞬「なんだあ、ただの思いこみだったのか」って恥ずかしいですけど、そうしたらその場合はそうだったんだって、それだけですむことですもんね^^

まだまだいっぱい、妄想みたいな「もしかしたら」が私にはあるんですね。それの一つ一つを、ちゃんと素直に受け止めてみたいんです。ワクワクしてみたいんですね。旦那さんのお仕事も、「もしかしたら」大ブレイクするんじゃないか、とか^^人生長いので、すぐに結果が出ないことにこそ、良い「もしかしたら」を持ち続けていたいです。そしてその心持ちが、実際の現実も動かしていく気がします。

生理痛の話から人生の話にまで話が及んでしまいましたが(笑)、そんなますます変人ぶりを貫こうとしているサンタサンタでした。
今日もお読みいただき感謝を込めて!^^