「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

自分を大切にする(生きる)、の本当の意。〜自分を生きる37日目。

最近の記事で、「自分を大切に生きる」から「自分を生きる」に
表現を変えるようになりました。

自分を大切に生きる=自分を生きる なのは間違いないのですが
なんとなく、言葉の与える印象が違うなあと思ったのです。
今日はそのことを書きたいと思います!

・「自分を大切にする」は自分を甘やかすところから。けれど、それだけではない

「自分を大切にする」活動は過去記事でもイメージしていただけると思うのですが、
具体的にはこんなところかと思います!

☆今いる環境から浮いたとしても、
「自分がどうしたいか?」で物事や行動を選択する
(たとえば、地味な集団で生きてきたけど
本当はオシャレがしたい!と思っているなら、
集団から浮いても自分の本心から好きと思える格好を選んでいく、など。)

☆周りや社会が期待すること、評価することでも、
自分が「本当はやりたくない(在りたくない)!」なら
その想いにそって物事や行動を選択する
(たとえば、仕事が順調でドンドン良い話が舞い込んできても、
本当は結婚したい!と思っているならそれらを一旦セーブして
周りをがっかりさせてでも婚活に励む、など。)

☆たとえ今までの自分では良しとできなかったことであっても、
自分に今必要と感じるのであれば、それに沿って物事や行動を選択する
(たとえば超激務の職場で皆が過酷な中、
正当な理由なしに休みを取るのはいけない!!(申し訳ない!!)と思っても、
自分にとって必要ならばなんとしてでも休みを取る、など。)

などなど…。

自分を大切にできてないと感じてる人は主に、
社会や人に遠慮しているか、
自分に自信がないか、
自分に厳しすぎるか、
自分を嫌いか、
(もしくはそれのいずれもか)
ではないかと思うので、
そういう意味ではどれも基準は、
「自分に正直に生きる」
「自分の本音で生きる」
ですが、なかなかそうは言っても難しいので最初のステップは
「自分を甘やかしてみる」
ではないかと思うのです。

でもそれは最初のステップなだけであって、
それだけやっていてもたぶん、
自分の気持ちが一時的に楽になったりしても
生涯を通して晴れやかにのびのびそのままの自分で生きれるようになるのはまた
別の部分が必要ではないかと思います。


・自分を大切にする、の本当の意

それらを続けていると確かに、
周りや世間体を気にしてガマンして抑えていた自分が解放されるので
すごく大切な過程なのです。

だからそのことで一旦、人や社会の在り方などを
「本当は嫌だ!!(自分にとっては、おかしいと思う!!とかも。)」
と思うことを許したり、言えるようになることも、
すごく大事だと思うのです。

なぜってそういう自分を
「(そう思っては)いけない」
と思ってフタをしてたから“自分”も一緒に封印されてしまってたので、
自分を取り戻すためにまずはフタを空ける。
そうすると、嫌な感情も出てきて当然なので^^

なので一過程として全く問題ないのですが、
それがその後、問題となってしまうとしたら
ただそのまま
「自分を甘やかす(正直に在る、本音で生きる)だけ
を拡大し続けてしまうパターンです。

そうではなくて、自分を甘やかすをきっかけとして
自分の本音を知って、
自分独自の生態(笑)を知って、
自分が何を良しとして何を良しとできないのか知って、
そうしていく中で

「どう考えてもダメだろう、と思える自分が出てきても、
ちゃんと目をそらさない。」
そして、
「そういう自分も全て、認める。受け入れる。」

ここだと思うのです、自分を大切にする、の真髄は。
そして、見落とされがちなところは。


・本当の「自分を大切に生きる」最強説。

見たくない、
どう考えても今の世間的にはダメらしい自分
(その基準も人それぞれだと思うのですが)とか、
有り得ないくらい実は嫌なやつであった自分とか、
そういうのもちゃんと一つも目をそらさないで見て、
認めて受け入れて抱えて生きていくのが自分を大切にするということ。
それを受け入れるところからでないと、
同じ「変わりたい」でも前に進めないのです。

最終的には良いも悪いもないのですが、
それは続けていると自分が実は一番ツライと思うのです。

なぜなら自分を生きたくて始めたはずの「自分を大切にする」
自分の嫌な(と今の時点では思えてしまう)ところはすっかり置いてけぼりにして
そこを置いてけぼりにするから自分が一番つらい。
つらいからそれを紛らわすために、よりいっそう自分を甘やかすことだけをする。

そうすると表面的には意固地なワガママなだけの人になってしまって、
その本来の「自分」の、
嫌なところもひっくるめた素晴らしさが表に現れないまま、
結局なんのための「自分を大切にする」だったんだろう、
ってなってしまいます><

なのでそうではなくて、
どんな自分も全て明らかにして、
その全てを(誰がなんと言おうとも)愛し始めるられるようになったら最強
ということなのです。
なぜなら、自分をそのまま認められると
自分が楽になっていくし、
自分のそのままを認めた上で自分を磨いていくことは
自分のダメなところばかりを見つけてそれを無くすために自分を磨くことよりずっと楽しいし、
そうすると他人や社会のことも気にならなくなってくるし、
※正確には、何が好きで何が嫌いかはハッキリしてくるのだけれど、
自分に夢中になるのでそれらの批判にエネルギーを向けなくなるということです。
いつも外を批判している人は、
怖くて見たくなくて自分に真正面から向かえない「何か」があるから
外にそのエネルギーを向けているんですよね。

そうして行くと、
ただそのままの自分を100で受け入れて生きているだけなのに、
それがなかなか出来ない人が多いから、
認めてくれる人が増えてくる。(賛同してくれるかは別として…)
そうしていくうちにより、自分は自分で生きていいんだ、って自信がついてくる
(素の自分を生きるのが自分のスタンダードにもなってくる。)

そうしていくうちに自分の本来の、
自分にしか無い魅力や良さが自分でも見えてくる
(そうして、それを良いと言ってくれる人が増えていく)
とても嬉しいし、楽しい。
ますます自分を知りたいと思う。
なぜなら仮にダメな自分に出逢っても、
それが後々には必ず財産になることが経験則でわかってくるから。


こうだから、「自分を大切にする=自分を生きる」であり、
それは最強なのです^^


ただ、「自分を大切にする」という言葉だけだと、
なんだか甘く優しい響きで(笑)、
今回の本当の意のところが抜けちゃう感じがするのかな、と思い
今回改めて記事にしてみました。

最強の「自分を大切にする=自分を生きる」生き方に進む方は
自分を甘やかすだけでなくって、
大嫌いだったり、情けない自分、つまり「全ての自分」も受け入れてってこそ、
「自分を(大切に)生きる」
になのだということを、
頭の片隅に置いて進むヒントにしていっていただけたら嬉しいです^^

 

それでは今日も長くなってしまいましたがお読みいただき感謝を込めて!
今日も素晴らしい一日をお過ごしください^^

サンタサンタ。