「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

「今しかない」とは「永遠に在る」ということ。【娘6ヶ月。ハーフバースデーを迎えて◎】

昨日で娘が6ヶ月になりました^^

1歳までちょうど半分の月日が経ったということで、ハーフバースデーとも言うようです。

 

出産をして娘といることがスタートしてからというもの、本当に多くの人から、

 

「本当に(子育ての期間・大きくなるまでの期間は)あっという間よー!!」

 

と言われるようになりました。

 

でも、今、実際に自分が娘を産んでから半年という時間軸を経て、そうしてみて今思うことは、

 

「あっという間」とも感じないし、

「まだまだ(これしか経ってない)」とも感じない。

 

なんとゆうか、

 

「時間(経た期間)」に関しては、

特に何も思うところが一切ない。

 

 

なぜかというと、「わたし」はずっと「ここ」から動いていなくて、「ここ」にずっといて、

時間軸っていう背景だけが半年分、わたしの後ろを勝手に動いていっただけだから。

 

わたしはずっと「今」「ここ」にいただけ。「今」しか、ずっと、わたしにはなかった。

 

わたしの中ではそこから何も動いていない(変わっていない、今にしかいない)ので、

 

だから、「早かった」も「まだまだ」も何もない。

 

そこにおいて、感じられることがないのはそのためなんだなあ。

 

そんなことを感じていたら、子供が生まれると俗に言う

 

「大変なのは今だけだから(=大変だけど、今だけだからがんばろう!)」

 

これもちょっと変なんだな?と気がついた。

 

この「今しかない」と、真理の「今しかない」、

言葉はおんなじでも、意味が真逆なんだな、と。

 

俗に言われるところの「今しかない」は相対の意味での「今」。

「今」は「有る」けれど、それはいつか無くなる、ということ。

有限。

 

真理の「今しかない(今にしかいない)」は、絶対の「今」。

「今のみ」が永遠無限に「在る」。

無くなることが無い。

つまり、ずっとずっと、在るしかないから大丈夫なんだ、ということ。

 

大丈夫なんだ、ということ。

 

そしてわたしは今この瞬間も含めてこの半年間、娘を見ているとき、あるいは抱っこしているとき、おっぱいをあげているとき、お風呂に入れているとき、

 

愛おしいなあ。

幸せだなあ。

 

そんな気持ちが勝手に自分から溢れていて、それはいったいどこからこんなに際限なく溢れるんだろう??ってくらいダダ漏れに漏れ続けていて、

溢れて漏れて、終わりがなくて、だからしまいにはその至福感に、自分が包まれて飲み込まれて、自分が無くなってしまうような感覚。

 

脳で思考している普段の自分が”完全に持って行かれる”。

 

でもそれ、本当は無くなっちゃうんじゃなくて、

 

それが一番「在る」ということだった。

 

一番、本当の自分で在る、ということだった。

 

 

この「どこから溢れてくるんだろう」の「どこから」は「本当の自分から」だった。

 

本当の自分=源=真我。

 

こっちが本当。こっちが真実。こっちが本体。

 

 ☆この記事もどうぞ^^

santasantasan.hatenablog.com

 

santasantasan.hatenablog.com

 

安心して、今だけを感じたらいい。

そうして本当の自分にすべて飲まれても、

「わたし」が無くなるように感じても、「わたし」は無くならない。

むしろよりいっそう、「本来のわたし」で在れるんだ。

 

娘がこの世に生まれて、その存在を通して教えてくれたこと^^

 

 

ハーフバースデー、特に何か特別なことをしたわけではいんだけれど、

夫のジョーさんが写真をたくさん撮ってくれました^^

 

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娘的に最近流行っているらしい表情。(下唇ぶーって出す。笑)

 

 これからも、ずーっと今ここだけを感じて生きていく^^

生まれてきてくれて、大切なことを教えてくれて、ありがとう♡