「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

「やりたいと思ったことでも、いつも続かない自分はダメだな…」そんな悩みが消えた理由☆

昨日のこの記事の最後に

santasantasan.hatenablog.com

 

そして引き続きMさんとのやり取りで、

「自分でやりたいと思って行動したのに、続かない。自分のやりたいこと=どうせ上手くいかない、続かない、という気持ちがある」という話になり、

これも、「わたしも。。。」と悩んでいる方もいるかな??と思ったので、次の記事に書いてみますね◎

 

についてです◎

 

この気持ち、「わかる!」と思いました。

なぜならわたしもかつて、

ほんとーーーに、何事も続かない人だったからです。笑

 

わたしの人生=続かないことのオンパレードといっても過言ではないほどにその歴史は長く、

・小学校あたりの習い事にはじまり(ピアノ)、

・高校時代の部活のマネージャー、

・大学時代のサークルの幹事、

・ゼミ、

仕事も新卒で入社した最初の一社(6年勤務)を除いては、

・その後転職した2社も、

・フルコミで働いてた心のセミナーを運営する会社での営業職も、

・なんなら副業としていっときこっそりやっていた銀座のクラブでのホステスのアルバイトも、

 

ぜーーーんぶ、

半年も持たなかったことばかり!!です^^;

なんなら3ヶ月とかで音を上げたものも多々。。。

 

そういうこともあって、「わたしは本当にダメな人間なんだ…」とずっと思っていました。

そもそも小学校の習い事以外はすべて、それなりに自分の意志で決めて、自分で選んだこと。じゃなきゃ誰が選んだって言うんでしょうか。笑

なのにそれすら続かないなんて、いったいどういうことだ!と、自分でも自分の継続力のなさに、何かをやめると決めるたびに、自己嫌悪に陥っていた気がします。

 

それはMさんが言っていたのと同じように「続かない=上手くいかない」という発想になっていき、

結果、徐々に自分が「やりたいな」と感じたことに対して素直に手を伸ばすことができなくなっていきました。

「だってわたしはどうせ続かないしな(なら、意味がないしな)と。

 

でも、今、そういう気持ちは無いんですね。

 

自分を「続かないからダメな人間」とも、「上手くいかない」とも、思わなくなりました。

 

やりたいな、と思ったことに対して「だってどうせ続かないし」という理由で手を伸ばすことに億劫になることも、なくなりました。

 

気が向いたことはなんでもやってみたらいい!と、軽やかになりました。

 

それがなぜか??については、もしかしたら

「ブログや(今のこの)仕事が続けられるようになったからでしょ?」と思う人もいるかもしれません。

 

「続けられない人間」だったのが「続けられること(このブログ・この仕事)が持てる人間になったから」でしょ??と。

 

でもそれは違うんです。

確かに今のブログも、この仕事も続いてます。

けど、順番が逆なんですよね。

 

わたしが疑ったのは、

 

「そもそも、続けられないことの何がいけないのか??」

ココ、です。

 

開き直りで言っているのではなくて、

「ぶっちゃけ、”続かない”のはなんでいけないんだっけ??(=なんで、いけないと思ってるんだっけ??)」と、自分に対して素朴な疑問を投げかけてみたんです。

 

そしたら、それ、完全に

「世間ではそう言われているから」っていうだけだった。

 

つまり、わたしにとって何か問題があるわけじゃなかった。

世の中的に、世間一般論的に、常識的に、

「続かないのはダメな証拠」とか「社会人失格」「軽率・軽薄」みたいなものの見方があると(自分が勝手に)思っていて、

それをわたしが勝手に、自分の人生に採用していただけだったと気づいたんです。

 

で、もっと掘り下げてみたら、

続かない、とは??

 

 

これはMさんに、コミュニティの中で直接お返事したところでもあるのですが(Mさんは離婚を経験されているということで、結婚に対しても「続かなかった」と思っていた)

わたし自身、「続かない」というところだけにフォーカスしていたときには、それ以外をすべて「無い」としていたことに気が付きました。

 

つまり、

 

「継続しない(続かない)」

=「意味がない」

=「無い」

ということにしてしまっているのは自分だった

 

と、気が付いたんです。


仕事も、結婚も、「やめた(離婚した)」というところを「結果」としてだけ見ていると、もしかしたらこういう発想になってしまうかもしれない。

 

けど、実際は

 

「この仕事をしたという経験(財産)がある」

「結婚して、結婚生活を送ったという経験(財産)がある」

 

なんですよね!

 

そこに、ひとつの終わり(てゆうか区切り)があった。というだけで、その経験がゼロやマイナスなわけではないんですよね。

(そう扱っているのは自分という!)


で、やめたことさえも、「結果」ではなくて、「今の人生への通過点」として見たら、何も「中途半端」じゃないんですよね。

 

というか、実際にそうなんです。

そもそもの、「わたし」の人生は、ずっとずっと続いているのだから。

 

以下、Mさんに実際にしたお返事の抜粋です◎

わたしもとにかく飽きっぽくて、自分で決めたことも全然続かないので、毎回講座の内容もコミュニティの方針もすぐに変わるじゃないですか。笑

以前はそういう自分がすごく嫌だったんです。

「ちゃんとしてないな」「わたしはいつも続かなくて駄目だな」っていう。

 

だけど、それも結局世間のいうところの「ちゃんとしてる」の基準だなあと思ったんですね。

「一度決めたことは続けなきゃいけない」という。

でもそれ法律とかで決まってるわけじゃないから自分で自由に決められると思ったんです。

 

だから、続かなくてもいいじゃん!ということにしたんです。

 

わたしの人生はどうせ続いているんだから、続いていないなんてことひとつもない。

わたしの中にちゃんと経験として残って「ずーっと続いている」ということを認めたんです。

そっちを見ることにした。

 

講座の内容変わっても、コミュニティの進め方が変わっても、その都度変えたことが私の中では経験になって次にちゃんとつながっている。

つなげようとしている。(←この姿勢は大事!)

だから他人から見て「続かなかった」と見えることでも別にいい、と。

 

それは、失敗だったと思えることであってもです。

誰かが見て失敗だったとしても、たとえ自分も失敗だと思っても、「今」のわたしがそれを次の糧にしていたらそれは「続いている」。

 

上手くいく、というのも、どの時点で??ということになるんですよね。

 

波がある中で高い低いはずっと続いていて、その波の高いところを上手くいっている、ということにしているだけじゃないかと。

あるいは続いていることが「上手くいく」なのか??

 

わたしの「上手くいく」の設定はたぶん、

「今」の自分がいつでも何からでも糧にしていること。

糧につなげようとしていること。

 

これだけ、と今はしている気がします^^

 

仕事も結婚も恋愛も、全部、ちゃんと、今のMさんの糧になっているはずですよ!

なっているのに、自覚してないだけだったら、自覚することに注力してみてほしい☆

勉強会でお話した、「すべての経験を飲み込んで、いつでも1のわたし」なんです。

そしたら「失敗」も「上手くいかない」もなくなります^^☆

少なくともわたしの中ではそういうことになってます!笑

 

(引用ここまで◎)

 

 

やめたこと(=世間一般でいうところの「続かなかったこと」)さえも、

「結果」ではなくて、「今の人生への通過点」として見たら、

何も「中途半端」じゃない。

 

「意味のなかったこと」ではない。

 

「上手くいかなかったこと」ではない◎

 

このことに、気が付きました。(というか、自分でそう決めた◎)

 

そしたら、表面的な「やっていること(選択したこと)」の継続如何は、

何も問題ではないことがわかったんです。

 

続けていても、何も受け取れないで、ただ「(表面上)続けているだけ」の人もいる。

人から見て、コロコロとやることが変わっても、その人の中では、すべて次につなげていて、学びにしていて、「やめて」いるわけではない、という人もいる◎

 

それは、自分にしかわからない◎

 

だから、自分だけがわかっていればいい、(自分だけに嘘をつかなければいい)と思いました◎

 

そしたら、誰の評価も採用せず、ただ自分がしたいことをしたいときにやっていけばいいだけだと思いました◎

 

そしたら、選択も軽やかになって、気づけば「外から見た継続」も叶っていた◎

なぜって、いつでもやめても変えてもいいと思ってるから気負いがないので、気づけばなんか続けられていた。笑

 

そしてわたしは、「今生のわたしの人生の終わり」が「終わり」だとも思ってません。

わたしの肉体がいつか消えて無くなっても、魂は巡り巡って、また生まれてまた死んで、いつまででも「続いている」と思っている◎

常に経験を糧にして、ずーっとずーっと「続いていく」しかない◎

だから「意味の無いこと」も「上手くいかないという状態」も、無いと今は思っています^^

もし意味のないことがあるのだとしたら、それは、自分に嘘をついて、誰かの目を気にして、誰かに自分の人生を投げ出して無責任に生きているときだと。

 

…こんなふうに、わたしの中の「続かない」問題は認識が変わって、

結果、気づけば今は自分のことを「続かない人」とは思わなくなりました。笑

 

だからみなさん、やってみたいことがあったら、なんでもとりあえずやってみればいいのにな、と思っています^^

 

娘見てるといつも思います!

「やりたいこと(そのとき夢中になっていること・気になっていること・娘的ブーム←笑)」なんて日々コロコロと変わるけど、

ものを触ってみたい、つかんでみたい、口に入れてみたい、声を出してみたい、叫んでみたい、寝返りうってみたい、起き上がってみたい←今ココ。笑

ちゃんと「彼女の人生(生)の繁栄(豊かさ・彩り)」にぜーんぶ、糧にしていますよ!

それらすべてを経験しているからこそ、「成長」になっていっているんですもん^^

 

それだけ、「心惹かれること」が娘の目の前には溢れていること。

それが素晴らしいこと!

 

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近所の子育て広場にて、アンパンマンと戯れる^^
おもちゃにも人にも少し月齢の上のお兄ちゃんお姉ちゃんにも、興味いっぱい!!

 

 

皆さんも同じだと思う^^

興味の大小にかかわらず、少しでも心惹かれることがある。

そのことが、本当に素晴らしいことだと思いませんか☆

 

「その結果(意味)」なんて、死ぬまでわからない◎

いや、死んでその先の先の先まで、わからない◎

 

そこに、周りの目や、お金や、損得を気にして、手を伸ばさないなんて、もったいない!!

 

自分の心惹かれることに、素直に手を伸ばしていく自分で在ろう♪