「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【母乳orミルク?】「こうしとけば正解(大丈夫でしょ)」を探さない♡ただのオンナ的子育て論♡

昨日は初の助産師訪問の日でした☆

「助産師訪問」って、皆さんご存知ですか?

わたしは自分が妊娠・出産するまで何も知らず!

 

産院で出産後、退院して自宅で育児を始めてからは

いわゆる「1ヶ月検診」で病院を訪れるまでは一人(各家庭)で育児をがんばる!ということだと思ってたのですが、

今は多くの産院で、退院後1〜2週間以内に「助産師訪問」という

お母さんと赤ちゃんのためのフォローアップ体制が整っているみたいです。

 

わたしが出産した我が伊東市の市民病院も同様に、

退院時に訪問の日時を決め、昨日、入院中にたくさんお世話になっていた助産師さんが我が家を訪れてくれました!

 

「こんにちは〜!」と、我が家の玄関に来てくれたその時点で

すでに気持ちがすっごくホッとした〜!

 

出産して、入院していた期間はたった一週間のことでしたが、

初めての出産、子育てのはじまりに、しかもうちの子は最初保育器入ってたり点滴うってたりでいろいろスムーズではなかったので、

病院の助産師さんたちの存在や言葉がけ、励ましに、

心身とともにどれだけ支えられていたかわからないくらいなのです。

そういえば自宅に戻ってきた初日も、娘がわけのわからないギャン泣きが止まらなかったとき、ちょうど病院に忘れ物したことで助産師さんが仕事後自宅まで届けにきてくれて、そのときも顔見ただけですっごいホッとして気持ちが緩んだなあ。。。笑

 

 

その日も、娘の顔を見て開口一番

「すっごく大きくなりましたね〜!!肌ツヤもいいし、良いですね〜〜!!」って

まず娘のこと(すなわち育ててるわたしたちのこと)

良いところを見つけて褒めてくださって。

 

初めての子育てで右も左もわからなくて奮闘してるなか、

そんな言葉がけだけですごく勇気づけられる&救われるママってきっとたくさんいますよね。

 

ダメなところを見つけて直そう正そう埋めようとか、そっちではなく、

良いところを見つけて伝え、その中でも気づけていない部分があれば、

サポートしたい。

 

改めて、そういう助産師産たちの姿勢が本当に有り難いなあと。

 

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おばあちゃん(ジョーさんお母さん)が送ってくれた商売繁盛の熊手とともに☆
来年も、仕事はもちろん育児もめいっぱい楽しみたい!

 

 

そして娘をすっぽんぽんにして体重測定。

退院時から体重は増えてきているものの

(実際目に見えて顔が丸くなってきたし(笑)、泣き声もとても大きくなり、おっぱい吸い続けられる時間も長くなってきた!←体力がついてきてるってことですよね◎)

 

この体重の日割りした増え幅が「30」を越えていることが、「医療的には」望ましいらしい中、

我が子の増え幅は「24.6」とか、それくらいで、

「ちょっとだけ、ビミョーなところ(もう少し、体重増やしていきたいところ)」

とのことでした。

 

助産師さんが「医療的には」と言及してくれたとともに、

「◯◯ちゃん(←娘の名前)的には、これが彼女のペースなのかもしれなくて、何も問題ないのかもしれないけれど」

と、しっかりと念押ししてくださって。

 

その上で、

 

「体重をもう少し増やすために、(母乳の出の如何にかかわらず)

ミルクを3時間おきに飲ませることを日課にするか、

でも、見た感じ娘さんの状態はとっても良くて問題なさそうですし、

なのでわたしも提案に迷うところです」

 

「ママとしては、ミルクはあまり飲ませたくないですか??どうでしょうか??」

 

と聞いてくれて。

 

 

これ、難しい問題だあ…

 

と思った。

 

というのも、このブログでわたし自身やジョーさんが大事にしてるのは、

「”普通””平均”という幅の中にきちんと入るように生きる」ことではなくて、

「自分にとっての自然なスタイル、かたち(ありよう)を知って、

それに合わせて生きる」ということで。

 

体重の増加の増加幅の「普通」というのもね、

昔と今とではそもそもの「基準値」が変わっているのをご存知ですか?

 

昔と今、というのは具体的に言うならば

「ミルクが普及してきた頃」と「ミルクが存在しなかった頃」という区分けで、

ミルクが一般家庭に普及され始めてから、「平均的な」乳児の成長曲線(体重の増え幅)って

急激に伸びているんですよね。

ミルクはそういう目的で作られているので、当たり前といえば当たり前だし、

それによって栄養不足の問題が解決されたりと、

素晴らしいことであったのは間違いないのですが。

 

でもそのことによって、

「平均」「普通」「問題値」の概念が変わってしまう、というのもあるんですよね。

 

今までは「問題」とされなかった数値が「大丈夫」の枠からはじかれて、

「問題」扱いになってしまうということが。

 

基本的に人間みんな100人いれば100人の個性、

育ち方、というのがみんな違って、

その子の「自然」に沿うことが一番良いはず。

 

でも、実際に

「本当に問題(何か手を打たないとこの先の成長や病気になる等に影響がある)→だからこちらから意図的に何か手を打たないといけない」

ということももちろんあって、

問題がおきないようにと数値化してきちんと見てくれる、ときには西洋医療的介入もする、というのは本当に医療の愛の部分だと思うんです。

 

実際、この子も生まれてすぐは5ccも母乳を飲む力がなくて

(小さい注射器でスポイトみたいに母乳をすくって飲ませてたけれど、それでも出してしまったりとか。。。)

ブドウ糖の点滴によってすっごくすっごく助けられました。

 

だから、ミルクとか医療的に数字をベースで見るとか、

そういうことを「悪」とするのはわたしは絶対違うと思ってて。

 

そして当たり前ですが、

「お医者さんや助産師さん、権威ある人達がそう言ってるから」

「世の中的にそうだから」

「当たり前だから」 

と、数字や基準というのを思考停止して疑わない、自分の頭で考えてみない(ここでいうならば自分で子供の様子を見て感じてみようとしない、判断しようとしない)ことはもっと違う、とも思う。

 

ただ、難しいのは

「本当に問題なのか、数値的にも微妙(判断しづらい)とき」

ですよね。

 

今回も助産師さんが、この数字が「10」とかなら迷うことなく「ミルクもっと投入してくださいと言う」と。

 

けどまた、「24とちょっと」ってところが微妙なところだと^^;

「絶対やばい」という判断をつけるほどではないから難しいと^^;

 

 「絶対こうしてください(じゃないとやばいから)」って言ってもらったほうが楽だしスッキリするような気もしますね。

 

そして助産師さん帰宅後、ジョーさんとも話してて

「自分のこと」であれば、もう絶対「いや、自分で責任もって自分のペースでやるんで」ってあっさり決められるし、そうやって決めてわたしたちは生きてきたよね、と。

 

でも娘はまだ自分のこと、自分の意志で決められないから

(いや、意志はあるのかもしれないけれど、わたしたちにはそれがわからないから^^;)

代わりに自分たちが決めることになる。

 

なんかそれって当たり前なのかもしれないけれど、責任重大だなあと。

 

今回はミルクのことくらいなので、そんな大きな問題じゃないけど、

これから先、発育的なこと、医療的なものじゃなくても、学校での様子、勉強のできるできない、個性的な部分(それが「個性」といえる範囲なのか、「問題」と判断されてしまうのか)等々、

いくらでもこういう場面って出てくるんだろうな、と。

 

そのたびに、

お医者さんの言うとおりに、今のその分野の「基準値」どおりに、先生の言うとおりに、

そうしてれば間違いないだろう、大丈夫だろう、

って思考停止してしまえばラクなのだろうけれど、

それって責任放棄のような気もする。

子供に対してだけじゃなくて、自分自身に対してもね。

 

かといって、自分でいろいろと調べすぎて、

情報や知識でいっぱいになって、変に頑なになって、

「西洋医療的な判断はこれだから!」とか「ミルクよりも絶対母乳!!」

「これだから今の世の中は…(うんぬんかんぬん…)」

とかって「分離」させるのも違う気がする。

 

 

絶対的にベースは全部、愛だと思うから。

助産師さんだって、絶対的に娘のことを思って考えて、言ってくれてるのだ。

 

「どっちか」じゃない。

「こうしとけば正解(大丈夫でしょ)」があるわけじゃない。

 

 じゃあ、わたしはどうしたいんだろ??

 

長くなったので次の記事に続きます☆

 

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