「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【再更新】苦しい気持ちを感じないことが、「幸せ」ということではないのです◎【ベビちゃん近況。】

※一部、なぜかアップ時に丸々抜けてしまった部分があり、追加修正して再アップしました◎もしよろしければ改めて御覧ください♪

 

もう12月に入ったとは思えないほどにあったかい日々が続く中、

予定日から10日過ぎ、陣痛も何も起きずに未だ妊婦のままのただのオンナこと青戸真穂です。

何この自己紹介は。

 

昨日、再び検診に行ってきて、子宮口柔らかくなってきたね〜と言われるものの、

まだ「そのとき」ではなさそう、と…。(-.-)

 

わたしも自分が妊娠するまでなんにも知らなかったのですが、

予定日というのが妊娠40週0日にあたる日のこと、

そしてその日から42週の0日未満までは「正産期」と言われていて、

その期間内のお産であれば、たとえ予定日から10日も過ぎていても、

それはまったく異常なことではないのだそうです。

 

でも、言い換えると、

42週0日に入った瞬間、そこからは正産期ではなくなり、

いわゆる(病院でのくくり方というか判断としては)「異常(病気)」という扱いになり、

たとえ陣痛が来なくても赤ちゃんを出さないと母子ともに危険が伴う可能性が高い、ということでわたしも、

このまま自然に陣痛が来なければ、来週の月曜日の朝から入院、ということになりました。

 

病院側では、土日曜日を挟んで42週0日ギリギリまで待つのはリスクを感じるものだと思うのですが、

できればギリギリまで様子をみたいです、というわたしの意見を汲み取ってくださり、

心から感謝です。

 

そしてベビーはというと、先生からも今のところめちゃくちゃ元気という太鼓判を押されており、未だに激しくお腹を蹴ってきております…。

 

わたしとジョーさんとしては、こっちの気も知らないで…!!という感じではありますが笑、

予定日から10日経ってもなかなか降りてこないことで逆に、

かなり初期の段階からずーっと心配されていた「2週間分サイズが小さい問題」は解決して、

概算で2800gくらいまでには成長したであろう、と^^

 

予定日前後だと、2500gいかずに保育器に入ってしまうとか、臓器がまだ完成されてない状態で出てきてしまう、とかいう心配があったのですが、

おかげさまでその点については遅れていてよかったなあ(今のところ!)という感じです◎

あ、でも、わたしの友人知人の中には3ヶ月早く生まれてきてしまった!という子もいたり、それでも元気にみんな育っているので、わたしとは逆にすごい早産になってしまいそうな人も、今の医療って本当に発達しているから、信頼しておまかせしたら良いのだと思います!誰へのエールなのかわかりませんが^^;(まずは今オマエだろ!って言われそうですが^^;)

 

 

そんなわけでとりあえず、今できることがあまり無いので、

ジョーさんとよく歩き、よくお散歩に出かけるようにしています。

昨日は坂(山)の中にある病院の、更にその(山)奥にある素敵なカフェに行ってみたり、

 

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まるで旅館のようだ〜と思っていたら、もともと旅館だったところを買い取ってカフェにしたんだそうです◎

 

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ビーフカレー美味しかった^^

 

今日は海までお散歩&ランチに行ったり。

一昨日も海岸そばの公園でかもめの群れをぼーっと眺めてみたり。

※詳しくは「オノズカラシカル」Instagramにて。笑

 

 

やっぱり、このまま陣痛来なかったらどうしよう、とか、

帝王切開になったらやっぱりめちゃくちゃこわいな、とか、

わたし、手術とかしたこと無いので余計に…

そもそもなんで陣痛来ないのかなあ、自分はダメなのかなあ、とか、

ベビちゃんやジョーさんになんだか申し訳ないなあ、とか…

 

苦しいと感じるいろいろな気持ちのモヤモヤが無いわけではなくて、一日の中で感情にめっちゃ波がある、今たぶんわたし、メンヘラみたいな感じの危うい人状態って感じですかね。笑

 

けど救いなのは、このブログを書き続けている3年ちょっとの間、ずっと自分の中にある想い、

 

「何を感じてもいい。」

 

…この想いがあるから、救われていると思います。

 

苦しく感じたっていい。

スッキリしなくたっていい。

落ち込んだり泣いたりふさぎ込んだりしたっていい。

感情のまま、時にはわめいたり八つ当たりしたっていい。

※これは相手との関係性を普段どれだけ築けているかによります。笑

 

感じてはいけない感情は無いとわかっているから、

苦しいこと、スッキリしないことを無くすことが幸せなのではないとわかっているから、

自分のすべてをそのままに受け入れることができます。

自分で自分に何を感じてもOKと許し受け入れていることは、

根底では安心して生きていくことができるな、といつも思います。

 

「何であってもわたしの幸せに差し支えない」というのは、その気持ちになれること自体が目的なのではなくて、そのことによってスッキリ!良かった!しがらみから解放された!となるためにあるのではなくて、

 

何があるかわからないこの人生を、自分なりに受け入れて、その中で本気でより良く生きていこうと、本気で求めることが、できるから。

 

自分の求める「生」に向かって、

もがくことも、苦しむことも、恥をかくことも、傷つくことも、

どんな感情の荒波に揺さぶられることも、

 

けっして「不幸せ」「失敗」「マイナス」「損」なことにはならない。

 

全部が、自分の人生の貴重な財産、糧になり、そして次の繁栄の種になるしかないから。

 

だから、進んでいけるんです。

求めていけるんです。

かっこ悪くても、怖くても、全力でそこに、手を伸ばそうとすることができるし、

あえて自分の好みに極端に振れてみることも、バランスを欠いてみるトライさえもできる。

 

「なんだってあり」で、今目の前に全力で生きることができるようになるから◎

 

そしてそのように生きてみて初めて、できないことがあったり、独りでは味わえない感情があることを知って、

そうして「他者」を本気で求める気持ちが芽生えることもあるのです。

独りであることに、さみしさや欠乏感を本気で感じることもあるのです。

 

でもそれさえも、それが「不幸」ではないから、

他者を本気で求めて感情が揺さぶられることも、傷つくことも、

「幸せ」には「差し支えない」からこそ、

本気で感じて本気で求めることができる。

そうして、人とより良く繋がっていくことができる。

 

 

「何であってもわたしの幸せに差し支えない」ということを、

わたしはそういう意味で、

すごく救いになることであると、思っているのです^^

 

わたし自身も、今、何があってもわたしの幸せに差し支えはなくても、それでも、

ジョーさんが隣にいてくれていること、ベビちゃんがそれでも元気でいてくれていること、

伊東で繋がった方たちの妊娠出産の体験談(それをもとに「大丈夫だよ!」と励まし応援してくれること)、

全てに心をより温かく支えられていることは確かなのです◎

それは、独りでは得られなかった、他者とつながり生きていこうとしたからこそ得られた

よりいっそうの幸せであると感じています◎

 

そしてもうひとつ、いくらでも苦しんでも、落ち込んでもOKだよーん!と自分にしながら、この先の経過がどんなかたちで展開されたとしても、何を経験することになったとしても、いつか振り返ったときに必ず、

 

「ああ、あれで(これで)完璧だったんだな」

 

と思えるようになっていると思います◎

 

それをどんなかたちで未来の自分が受け取ってまた繁栄の種として育てていけるのか、

そのことがとても楽しみです^^


まだまだどうなるかわかりませんが、引き続きいろんな感情を感じながら、今このときを、わたしなりに、愛する家族とともに味わい生きていきたいと思います♡