「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

続・SNS考察。【「自重」?「自粛」??それ、誰のため??】「ちゃんと考えてる」ってなんだろう??

昨日の記事の続きです☆

santasantasan.hatenablog.com

SNS考察。表面的な一部の情報から相手を決めつけること・「わざわざ」言いたくなるという短絡思考☆ - 「すみません、ただのオンナに戻ります」。

 

今回の知人の方の場合は、未婚でお子さんがいなくてお仕事にも熱心で楽しそうで、

それに対して、その奥の背景も慮ることもなく、

SNSでの日常の発信という一部の情報から、大して知りもしない人に価値観を「わざわざ」ぶつけられた…という話だったのですが。

 

わたしもつい最近、SNSでやはり同じようなことがありました。

 

わたしの場合は妊娠後期にも入って、ずいぶんお腹がでっかくなってから、

こちらの仕事はコミュニティとオンライン動画教材の販売を除いては産休を取るようになったものの、

その頃から逆に、

夫婦で伊東の素敵なヒトコトモノを紹介する活動をSNSで頻繁に投稿するようになったんですよね。

 

 

 

で、それに対して、あるママさんから、

 

「仕事仕事、好きなことばっかりに夢中になってて、母親になる自覚があると思えない」

 

「子供ができると、仕事や自分のしたいことを邪魔されたりできなくなったりすることもしょっちゅうあるんだよ」

 

「そんなに自分のしたいことばっかりに夢中で、子供ができてから大丈夫なの?」

 

というようなことを言われたのです。

 

本人は「わたし、心配してあげているのよ」というていの”つもり”だったと思うのですが、

 

「子供ができると、仕事や自分のしたいことを邪魔されたりできなくなったりすることもしょっちゅうあるんだよ」

 

というのも、

 

「あなたは経験ないのでわからないでしょうけれど。(=わたしは子供を育てていて経験があるからちゃんとわかっているのよ)」

 

という、謎の勘違い優越感&マウンティング(&余計なお世話)でしかないなあ、と。

 

確かにSNSの情報だけ切り取って見ると、臨月間近の妊婦が仕事や自分の好きなことばっかり…って映るのかもしれないけれど、でもね、それがわたしの「超・いつもの日常」だしなあ。。。

 

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ベビーが予定日過ぎてもちっとも生まれてこないから、昨日もご近所のカフェへでかけてきましたよー♡
(病院の先生からよく動くよう言われている…笑)

 

 

そして単純にわたしが疑問に感じたのは、

 

どうしてその情報だけを、

まるでそれがわたしのすべてのように決めつけて、

頼んでもいない言葉を「わざわざ」ぶつけてくるの??

 

ってこと。

 

その人にとっては、SNSで載せてる=「わたしこんなに充実してるの!見て見てえ〜♡」っていうことのためにしか映らないんだって。

 

自分は子供のことや家族旅行に行ったときのことをSNSに載せているけれど、

「子供との思い出や成長、他のママ友とも共有するためにわたしはやっているけど、あなたのは違って違和感しかない」

と言うようなことを言われ、

 

「わたしは正しい」「あなたは間違ってる」と勝手にされることにも、

何故??(てゆうかそもそも「見てみて〜」ってやってないんですけど!←笑)って、その決めつけ姿勢に心底ドン引きしたのです^^;

 

わたしは夫婦ともに自営業で、まだ(一応)子育ての経験は無し。

彼女は専業主婦で、二児の母。

 

お互いライフスタイルが違うので、価値観も違っても良いと思ってた。

そしてわたしはわたしなりに、彼女の人生の中での選択や努力を尊重しているつもりでいたし、

それを言葉で伝えてきたつもりでした。

 

なのにある日突然、SNSという公の場での(他の人の目もある中での)「わざわざ」コメント。

 

更にはそれが、夫・ジョーさんのことを(他人から見たら)まったく誤解されるような内容だったので、

さすがにわたしはブチ切れた。

 

結果として、個人的にやり取りして、いろいろな「決めつけ」前提のもと

(しかもそれがほぼ全て勘違い!)上記の謎の「上から目線で諭すモード(わたしは経験してわかっているからいろいろと教えてあげるけど…的な!)」の言葉たちだったのですが。

 

もちろん腹が立つというのもありながら、

やっぱり感じたのは、前回の記事に書いたことと同様、

 

よくここまで、自分の価値観(世界観)ですべてを勝手に決めつけて、

さらにそれを疑いもせず、

相手に「わざわざ」当ててくるものだな。

 

イコール、

 

疑えよ!!(その自分の発想を!!)

 

と。笑

 

そして更に疑問だったのは、

「今そんなんで、母親になる自覚あるの?」の言葉に、

 

どうして、「今」何も問題ないのに、

「先のわからない未来」を心配して、それに合わせて

「何も問題ない今」さえも「自重」しなくてはいけないのか?

 

 

そうすることが「ちゃんと考えていること」になるのか??

 

 

そしてそもそも

なぜ、わたしが「ちゃんと考えてないこと前提」みたいになってるのだ!←笑。でもここが一番腹たったわ〜笑

 

と! 笑

 

わたし、いっぱい、いろいろ考えましたし、想像もしましたよ〜!

たぶん、人よりも(って基準もアレですが)ずーっと、たくさん!!

 

子供に何かあること、

無事に生まれてこないかもしれないこと、

生まれてきても障害があるかもしれないこと、

仕事が一切できなくなるかもしれないこと、

わたしたちのこの生き方が子供を悩ませたり苦しませたりするかもしれないこと…

 

全部全部、最悪のことまでいっぱいいっぱい考えたと言うか、真剣に想像し、

 

「それでも、他人にどう見られたとしても、

”自分は”、どう生きていきたいのか??」

 

…めいっぱい、自分と向き合いました。

 

今も別に、不安ないわけじゃないですよ。予定日過ぎてるしねえ。

 

でも、

 

「未来」は、「今」の時点では、誰にも何もわからないじゃない??

 

 

だから、その「悪いこと」を想像して、

それにあわせて「自重」「自粛」しても、

別になんにもならないと思ったのです。

 

あ、ひとつ、なんにもならなくないことがあるとすれば、

妊婦だからこんなことが見られては他人にどう言われるかわからないから自重しよう、自粛しよう、とすることは、

 

「わたしは”ちゃんと”考えてますよ!」

 

「”ちゃんと”わかっていますよ!」

 

「ホラ、こんなに自粛して、自重して、だから”ちゃんと”してるって見てくれますよね??」

 

「だから、何かあったときも許してくれますよね??責めないで同情してくれますよね??

 

 

…みたいな、

どうでも良い他人に向けての、

どうでも良いヘコヘコとしたパフォーマンスね。

 

そのためなら、自粛も自重も、やる価値あるんじゃないでしょうか。

 

でもそういうジャッジをしてくる外野(他人)って、結局は、

わたしたちみたいに【未来に何がどうなるかわからなくても、現実の今が何がどうあれども、常に「今」、自分の思うように、自分に集中して生きている人(それを全力で楽しんでいる人たち)】が【目障り】でしかないので、

何か現実、わたしたちにマイナスと思われることがあったときに、

 

 

ほーら!やっぱり!!

 

それみたことか!!

 

って勝手に関連付けてきますからね。笑

 

その、わたしたちのようなたぐいの人間が好き勝手やっていたことと、

(たとえばわたしとかだったら)子供や出産時に何かあったりしたこと、

事実はまったく関連性がなくても、勝手にくっつけて

周りの目を気にしまくって、そこに合わせまくって、

慎ましく生きている”つもり”の自分たちを、正当化(優位に)するための材料にしますからね。嬉々として。笑

 

 

あー!ほんと、不潔です…!!

 

ダメだ、まだ書きたいことあるよ…笑

もう少しだけ続きます…!笑