「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【願いが叶うタイミング。】友人の入籍報告から思うこと☆

昨日とても嬉しいことがありまして、

大学時代の友人が、つきあって12年になる彼と入籍をしたとのことなのです♡

 

12年…って…本当にすごいですよね!

 

それ以前から二人は友人で、

大学時代からお付き合いがはじまった頃からすでに熟年夫婦のような安定感がありましたが、

彼女の場合は、わたしのようにパートナーから入籍する気になってもらえなくて時間がかかった、ということではもちろんなく(笑)、

 

彼氏さんのほうに、大学卒業後、いろいろと予期せぬ大変なことがあったようです。

 

でも、わたしの友人のそのCちゃんは、彼がどんなときもそばにいて、

一緒に悩んだり二人でそれを抱えたり、ときには彼がそれらのことを乗り越えていく過程を待っていたりしてたんだと思います。

 

結果として、時間はかかったかもしれないけれど、

いろんな思い出を積み重ねてきてこのたび晴れて入籍とは、

本当に本当に嬉しく素敵なおことだなあと思いました♡

 

人それぞれ、願いの叶う完璧なタイミングというのが必ずある♡

 

Cちゃんの12年越しの結婚の報告を受けて、そんなことを改めて思い、

ふと、ブログに書こうと思って書き忘れてた自分のことを思い出しました。

 

それは先月の上京時のことなんですけど。

 

ベビーの発育不全疑惑でもともと予定していたスケジュールは実現できなかったのですが、

ジョーさんの生まれ故郷・東京赤羽に、

伊豆に引っ越してきてからほぼぴったり丸一年ぶりに訪れることができて、

ちょうどジョーさんのお誕生日から数日経ってたので、

二人で赤羽の焼肉屋さんでお祝いごはんができたことは

下記の記事にも書いたとおりです◯

 ↓

santasantasan.hatenablog.com

 

で、この赤羽の焼肉屋さん、

金メダリストはじめ、プロのスポーツ選手が何人も訪れてる有名店で、

 

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店内には色紙がいっぱい。美容室いく前日だったので、まだ髪が長い^^

 

実際にこの日もわたしたちの隣の席で、

あるスポーツ選手の男女がさらりととても自然に食事をされてたのですが、

ちょうど男性のほうが、世界大会で優勝して金メダルとって帰国したばかりだったようです。

女性は別の種目のプロ選手のようでした。そしてわたしとジョーさんの目立てによると、二人はカップルではない。←どうでもいいとこ

 

で、お肉も実際にとても美味しい!!!

なので、ジョーさんのお祝いという名目もあったけど、

わたしが何よりここでまたお肉食べたかったんです。笑

 

というのも、ちょうど一年前のジョーさんの誕生日にこの焼肉屋さんに来てるのですが、

そのとき、たまたまそのタイミングでわたしの中ではとっても残念なことがあり、

食事を楽しむどころではなかったからです…。

 

というのはこのときわたし、もしかしたら妊娠したかも?と感じていた時期で。

 

生理も遅れていて、そしてもちろん、この頃からわたしはジョーさんとの赤ちゃんを授かりたいって心から思っていたので、

ものすごくドキドキそわそわ、そして期待していた気持ちがあり。

 

けど、一年前のジョーさんのお誕生日祝いでこの焼肉屋さんを訪れていたちょうどそのときに、

生理が来てしまったんですよね。。。。^^;

 

で、店内冷房が効いてて、すごくお腹がいたくなってしまって^^;

そして更に、生理がきてしまったことへのショックも重なり、

美味しいお肉どころではないという^^;

 

生理が来る前は、ジョーさんにも、とても無邪気に

「もしかしたら赤ちゃんできたかも!」

とか言ってしまっていたがゆえに、勝手に罪悪感も感じてしまい

(ジョーさんは気にしないでくれてたと思いますが^^;)

 

なんかもう、すごく残念な思い出が残っていたのでした^^;

 

だから改めて、ベビーを授かって、大きくなったお腹で赤羽に、そしてこの焼肉屋さんにジョーさんとお腹の中のベビーの家族3人で訪れることができたことが、

本当に有り難くて、とてもしあわせを感じてて。

 

さらにお肉も美味しいしで。笑

 

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今回はたらふく食べました。笑

 

そして一年前のあのときは、

「残念だなあ。。。;;」

としか思えなかったけれど、

今振り返れば、

(赤ちゃん授かったのが)あのときじゃなくて、今で完璧だった

と思ったんです。

 

というのもこれも今振り返れば、の話なのですが、

あの頃、わたし体がものすごく冷えてて、生理痛もやっぱりあって、

それらに対してまだまだ無頓着で、

全然「赤ちゃん迎えられる体」を整えられてなかったんですよね。

 

伊豆に暮らし始めてから、足湯に浸かったり、自然に触れることが増えて、

あと、畑の野菜と広いキッチンで食事をしっかり取るようになって

(結婚式前とかは、継続コースのセッションがあまりに忙しくて、ステーションホテルのラウンジのケーキがお昼ご飯、とかいうこともしょっちゅうありました…汗)

 

体も温めることを意識しだして、

生理痛もだいぶ落ち着いてきて。

(わたし、子宮後屈らしくて完全にゼロにするのは難しいみたいなんですが。)

 

さらに結婚式が終わって、一気に以前の住まいの赤羽の団地を片付けなくてはいけなくて、

伊豆の方はリフォームの話も進めなくちゃで、

ほんとうにほんとうに忙しかった^^;

 

体力的にも、あの頃そんなことになってたらちょっとあのドタバタをこなしていくのは難しかっただろうと^^;

 

そして一番大事なことは、その頃、もしあっさりと妊娠していたら、

わたしはたぶん、子供のいない人・できない人を

「かわいそうな人」

とどこかで思ってしまっていたように思うんです。

 

それは、実際にそういう人たちに対してそう思ってしまうというよりも、

自分自身を「(子供を授からなければ)かわいそう」ってどこかで思っていたからだと思います。

 

でも、今は本当にそういう気持ちがなくて、

お客さんや知り合いの中には子供がいない(あるいはできない)人もいるけれど、

全然そのように思わない。

 

それは、わたし自身がわたし自身に対して、子供を授かる前に

「自分はかわいそうでも不幸でもない」って心から思えるようになった瞬間があったからだと思います。

 

 

santasantasan.hatenablog.com

 

 

そののちにたまたま妊娠が発覚したけれど、

それも自分が何かしたからというような自分の手柄ではないし、

なんとゆうか、

たまたまそのときの流れと自分の気持ちが完璧に一致したのだと思っています。

 (うーん、そこに関連性はゼロではないと思うけれど、あくまで授かりもの=与えられたものであって、わたしが引き寄せた!とかではないってこと。)

 

「赤ちゃんいない=不幸・かわいそう」って変わらず自分に思っていたら、

見えないところでめちゃくちゃ努力したり苦悩したりもがいたりして、

結果として今のタイミングで授かれたところで、迎える現実は同じでも、

「わたしはこれだけ努力したから授かれたんだ(自分の手柄)」

ってしてたかもね。

 

「あー、やっぱり、目に見えないこういう心の仕組みとか勉強しておいてよかった!」とか、

そこに勝手に関連付けて、優越感とかお得感を感じようとしてたかもね。趣味わるー!!

 

 

その考え方が人としてどうかと思うからそうなってはいけなかった、そうならなくてよかった、とかいうことではなくて

いや、確かに人としてそうかと思うっていうのもあるけども。汗

 

「何よりもわたし自身が、そんな苦しい考えを手放したかった」

という願いが、まず先に叶ったことが大きかったように思います。

 

子供を授かる授からないよりも、たぶん、いやそれももちろんほんとに願ってたけれど!

そんな苦しいものの見方を抱えたまま子供を授かりたくない、とどこかで思ってた。

 

だってそしたら、いくら子供を授かれても、

今度はまた、何か問題を見つけては「わたしは不幸、わたしはかわいそう」って、外側次第でそれを決めていたに違いないと思うから。

 

そういう苦しいものの(世界の)見方を完全にわたしの中から断ってくれたのは、

他ならない「授かれていない期間」だったのだと思うのです。

 

そのおかげで、こころが本当に、ラクになったし自由になった。

(赤ちゃん授かったからじゃなくてね。)

 

だから、発育不全疑惑があったり、これからももしかしたら何があるかわからないけど、

それはそのときで苦しんだり不安になったりもするかもしれないけれど、

心のどこか深いところでは

「大丈夫」

って安心できると思う。

 

その自信(自分への信頼)を身につけることは、

一年前のあのときでは叶わなかったという実感があるのです。

 

なので、やっぱり、

願いが叶う最適な(完璧な)タイミングというのがある。と思う。

 

それは、人それぞれに。

本人以外の人がその幸不幸を決めつけるものでもなく。

 

冒頭の友人のCちゃんも、「12年かかってしまった」のではなく、

「二人にとって最良で最善で完璧なタイミングが、おつきあいをはじめてから12年後の今だった」

ということだと思う♡

 

そして願わくば、ただ自分一人だけで、

その完璧さ、その最善さを、キャッチできる自分でありたい、と思う♡

 

そのかかった時間・タイミングさえも、

神様が与えてくれた粋なはからい、ギフトなんだろう♡と思いたい♡

 

わたしは、神様がわたしのほんとの願い(=赤ちゃん授かれる授かれないとかで、自分のことも他人のことも「かわいそう」なんて思ってしまう人間でありたくない)というのもちゃんと聞き入れてくれていて、

 

わたしが様々な経験を通してそんなふうな人間になれることを、

ずっと温かい目で見守ってくれていたように思う♡

 

そして最善のタイミングで「どちらも」叶えてくれた♡

 

でもそれもやっぱりおまけであって、

赤ちゃん授かれなかったらそこに愛がなかった、とは思わない。

 

ちゃんとそれさえも(そうなったとしても)

そこにはなんらかの愛が隠れてると信じたい♡

 

それも、「そう信じていたい」も、わたしの叶い続けている願いのひとつなのです♡

そして全人類、そのように愛されていると思う♡

だから、何かを得られてない人には何か問題がある、とかではないんです。

(もちろん人によってはそういう場合もあるけれど!それは他人が決めつけることではない!)

 

 わからないけれどね!

わたしはそう思っていたい、ということなんです◎

 

 

で、そんなふうに、何事も早けりゃいいってもんじゃなく、

物事には最善のタイミングというものが必ずあると思う◎

 

 

ただしそれは、

 

目の前の日常から真摯に受け取って、

 

何事も自分の糧にしようとしてる人にだけ言えることね!!

 

 

「そうよね!完璧なタイミングがいつかくる!神様は見守っててくれてる!」って、

自分で自分のできることを探そうともしていない、

日々、毎日を大切に、なんらかメッセージを受け取ろうともしていない、

自分とも向き合っていない人が、

自分を安心させるためにスッキリするために都合よく解釈する言葉ではないのです。笑

 

まずはゼッタイ、自分から!

神様任せにしない!運まかせにしない!

 

santasantasan.hatenablog.com

 

 

何にも任せず自分一人で自分の望みを叶えていこう、とした人に、

応援の手は差し伸べられるのだと思うから◎

それはわたしの友人のCちゃんのように♡

 

 

Cちゃんの感動の報告をうけて、

わたしもついでに(笑)自分の妊娠の報告をさせてもらって、

来月、大学時代の友人たちとひさびさに集まれることになりました♡

その頃にはおなかもだいぶおっきいと思いますが、ひるまず伊豆から向かいます!!

 

先月は高校時代の友人たちと再会できて、これもまたとても楽しい時間となりましたし、

今からその日がとっても楽しみです♪

お祝い何にしようかなー♡

 

 

自分の手柄ではなく、目に見えないなんらかの存在があって、

それらは必ずわたしたちを見守ってくれているし、愛してくれているし、

そうして完璧なタイミングでギフトを降ろしてくれてると…

しかも、できれば何度も(笑)際限なく(笑)と…

 

どうせなら、そんなふうに何もないかもしれない中からも

おめでたくありがたく受け取れる生き方を、これからもしていきたいと思います♡

 

よかったら、ぜひご一緒に!♡