「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【続き、の前の、思わぬ気付き。】こんなことが、「オンナとして生き抜くための処世術」だなんて!DNAレベルで引き継がれた女性の悲しみを、まず自分の人生において解き放とう!!②

昨日、この記事を更新して、今日はその続きのつもりだったのですが…

santasantasan.hatenablog.com

 

記事内でも書いているように、

このことはずっと書こう書こうと思っていて、

けど、なかなか忙しかったから他にも書きたいことがいろいろあったから

大して自分の中では優先順位が高い内容じゃなかったから

だから、昨日までは書くきっかけがなかなか無かった。

 

当たり前にそう思ってたんですけど…。

 

でも、書いてみて、

そうじゃなかったんだ、ということにあとからじんわり、気づきました。

 

ほんとうの気持ちは、

“思い出すとあまりにつらすぎて、書けなかった。”

 

というのも、昨日この記事をアップしてから、夕飯の支度とかをしていて、

だんだんじんわりジワジワ、

心が真っ黒く、どす黒くなるような、苦しさが込み上がってきて。

 

自分でも、あ、これ、やばい…できるなら、出したくない…ってなってきて。

 

ノートに書き出そうとかしたら、

感情がざわつくレベルを越えて、何かが決壊しそうな気が。。。

 

そんなふうに思えて、恐ろしくてノートを開くことができませんでした。

 

けど、そのあとに、ジョーさんにぽつりぽつりとそのことを話したら、

ジョーさんはやっぱり男性だから、うまくわたしの気持ちは理解してもらうことはできなかったかもしれないんだけれど、聞こう、寄り添おうとはしてくれたんだけど、ピンとはきにくいなあという感じというか。

 

けど、自分の中で言葉にすることでなぜか、ものすごくスーッと抜けていった感じで、

それこそ長年の憑き物が落ちたかのような。

 

あ、昇華できたのかも。という感じでした。

 

そして思い返せば、すでにもうこんなに何年も経ってるのに、

本当にほぼ、毎日のように、

なぜか台所に一人で立ってごはんの準備をしているとき、

ふと、この大学時代の記憶が蘇ってきては消えない、というようなことが当たり前にあったんですよね。

 

思い返してどうしようもなく感情が波立つとか、すっごく苦しくなるとかというのとは全然違うんだけれど、

なぜかふと、いつも思い出してしまうという。

 

でも、変に感情も動かないものだから、自分の中でそんなに重要視してなくて。

 

けど、今回のことがあって、それはただ単に感覚を鈍く麻痺させてただけで、

自分の中ではやっぱり、

とても嫌だったし、つらかったことだったんだなと。

 

やっとそんなふうに自覚とともに、昇華することができた気がします。

 

 

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ジョーさん、いつもありがとう❤
昨日も花火大会満喫のあと、近所のジョ◯サンにて…❤笑

 

 

そして何にそんなに苦しさを深いところで感じていたかといえば、当時の周りの男性陣たちの、

 

「オレを気持ちよくさせてくれよ」という無言のオーラ。

 

 

…これは別に、ただ気を配ってほしいとか、褒めたり優しい言葉をかけてほしいとか、立ててほしいとか、すごいと言ってほしいとか、

そんな「目に見えない何か」なだけであって、

 

実際に性的な何か、肉体的な何かを強要されたわけじゃない。

確かに体をちょっと、はずみか何か風みたいにして触られたり、

そんなことがなかったわけでもないけど、

それはそれとして実はあんまり気に留めてはいなくって。

 

けど、そういうオーラをいつも浴びていたこと。

そういうものをいつも、求められていたこと。

 

それが、今振り返れば、

当時のわたしにとっては

肉体的に、もしくは性的に実際に何かを求められる・強要されることと同じくらい、

本当はものすごく、

女性である自分自身を痛めつけられるような行為、

ずっと心に重くのしかかるほど苦痛で、傷ついていた行為、だったと感じていた、ということなんです。

 

そしてそう感じることを、「そんな大げさな」と自分で小馬鹿にして、恥じてもいたと思う。

 

オンナなら仕方のないことを、

当たり前のことを、

みんな、多かれ少なかれ我慢して受け入れていることを、

もしくはうまく避けていることを、

 

そんなふうにいちいち感じていちいち傷ついてしまう自分が、おかしいんだ。ダメなんだ。と。

 

だから誰にも言ったことなかったし、

そもそもしんどいという自覚さえなかったし。

(自覚する前に「いや、気にしすぎだから、おかしいから。」と蓋をしていたんでしょうね。)

 

今ここに書いていても、

とてもこわいですもん。

 

これを目にした人は、どんなふうに捉えるんだろうか、と。

「気にしすぎ」だと、「そんな大げさな」と、捉えられるんだろうか、と。

失笑されてしまうのではないか、と。

 

誰もそんなこと言ってないのに、自分でそうやって、恥じて、恐れて、自分を心の内で叱責して。

 

けど、どんなに大げさだと、考え過ぎ、自意識過剰だと捉えられても、

少なくともわたしは、そう感じてた。

 

それはわたしの中では、真実なんですよね。

だから、受け入れようと思いました。

 

そして、ジョーさんに聞いてもらうことで、

自分なりにそれが昇華できたんだと思います。

 

だって別に、その男性陣が悪かったわけではないんですもんね。

ただ自分が勝手にそう思い込んで、勝手にそのように(頼まれてもないのに)率先して相手を汲もうとそっちに努力を重ねてしまってただけ。

 

この単なる事実を、自分が自分の気持を受け入れることでやっと、

フラットに受け止めることができたな、と今は感じています^^

これを先にやってしまうと、単なる「頭での言い聞かせ」になっちゃうので苦しいですよね。

 

たぶん夕飯作りながら、ふとその頃のことを思い出してしまう日常は、

もうおそらくやってこないだろう。笑

 

そんなふうに、昨日の記事をアップしてみての、自分でも予期せぬ展開だったんでそれをまずは書いてみました。

 

一日経ってみるとわりとサラ〜ッと書けちゃったけど、

やっぱりうん、とても解放された気がするなあ。

長年もう当たり前だと思ってた肩こりがある日突然無くなった、みたいな感じ??もうちょっとよいたとえないんか。

 

きっかけをくれた、生き方講座の講座生、Cさんにも感謝です^^

 

もともと書こうと思っていた前回の記事の続きはまた、次の記事に続きますね☆

ので、いったんここまで☆

ひっぱるみたいな感じになってごめんなさいー^^;

 

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