「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

「嫌いな仕事を続けながらも、自分を大切に生きることはできますか?」〜遠隔講座で出たご質問◎

と、「これはブログでも書いておこうー」と思ったので、

先程遠隔講座の初回レッスンを終えたばかりですが、

そこで話題にのぼったことを書いておこうと思います。

 

それは記事のタイトルのとおりなんですが、

「嫌いな仕事(本音でいうと辞めたいと思っている仕事)を続けながらも自分を大切に生きることはできますか?」

というようなご質問についてです。

 

結論から言うと、

当たり前だのクラッカーですよ!とわたしは思っています◎

 

まずはお伝えしたのは、

「その仕事の何を嫌だと感じているのか、それを明らかにして見ることじゃないでしょうか」ということでして、

これを自分の中で明らかに見ないと、たとえ仕事を辞めて専業主婦になったとしても、

似たようなパターンなど通じてまた何かしら「嫌!」ってなってしまうと思います。

 

仕事のすべてじゃなくて、

ここが嫌、というのがあると思いますし、

そもそもその「ここが嫌」というのも、「仕事とはこうあるべきである」という自分の中の思い込みみたいなもの(常識・設定みたいなもの)なだけで、

それを自覚して、それをちょっと手放してみたら、

案外誰も文句言わないし自分もラクになれてでめでたしめでたし、というふうになる可能性も十分あります^^

 

それはたとえば、「お客さんには懇切丁寧に愛想よく笑顔を振りまいていなければいけない」というふうに思っていて、それがつらいと感じるのなら、辞めるということに踏み込む前に、

ちょっとその無理をやめてみたりする、ということ。

 

そしたら案外、自分が気持ち悪いくらいにペコペコしすぎていただけで、

それがお客さんをかえってイライラさせていた可能性もあったり、

やめたらかえって自分のストレスも減って、お客さんも自分のことは自分でやるようになり、

会社も従業員を失わなくてよくて、

みんなHAPPY❤となることもあるということ^^

 

ただしそれも自分が肚を決めていないと「やっぱりダメだった」って結果になることも少なくないですが。

(「やっぱりダメだった(会社のせいで)」と思いたい現実が叶う、とか。)

 

そういうちょっとしたところの勘違いがあると思うので、

こういう講座で直接話&フォローさせてもらえると、より勘違いが起きにくくていいな、とわたしは思っていてやっていますが◎

 

 

かくいうわたしも人のこと言えず、

このブログでも「セッションはもうやめる!」とか言っていたんですが、

あれって「セッションというかたちの何が嫌だったのか?(違和感だったのか?)」を明確にしていなかったら、

それが「レッスン」であっても何も変わらないっていうね^^;

 

東京でやることを手放して伊豆で開催できたとしたって、

東京でやることの何に違和感を感じているのか明確にしなかったら、

同じことの繰り返しだと思います。

 

そしてその違和感や嫌悪感は人によって違うのですよね。当たり前ですが。

だから自分に問うて、自分で見つけないとダメなんですね。

常識の範囲内で考えていても見いだせないですし。

だからやっぱり自分とのコミュニケーションだと思います。

 

そして今、世の中では「会社員を辞めて自分で好きなことをする!」とかもものすごく流行っていて、

ともすれば会社を辞めて自分で何かをすることが良いこと・カッコイイこと、という安直なものの見方をしてしまう人も増えている気がします。

 

それが「自分を大切にすること」だと勘違いしてしまったりね。

 

が、それはすごく間違った(偏った)考え方だと思います。

 

たとえばこの仕事はやっぱりどうしても嫌だ、と思った上で、

けど生活のためにとか、家族のためにとか、

そのために仕事を続けることを選んでいる人はひとつの生き方としてとても素晴らしいし、カッコイイと思います。

 

ただしそれを、「自分が選んでそうしているんだ」という自覚は大事だと。

 

それが仮に家族のためであっても、生活のためであっても、

「自分が(家族のために、生活のために)そうしたくて選んでいる」っていうふうな事実を明らかに見ないと、

とたんに誰かや社会や会社のせいにしてしまうと思うから。

 

わたしも、お客さんのためにこの仕事をしているわけではないです。

世の中に間違ったこと、問題があるからこの仕事をしているわけでもないです。

 

 

ただ自分が好きで、わたしは「こうなったら素敵!」と感じる世界(生き方)があるからこれをやっているだけで、

だからといってそうじゃない世界や生き方が悪なわけではないと思ってます。

(ただ、わたしが伝えていることを求めて自らご縁を持ってくれたのなら、

いったんは「郷に入っては郷に従え」をしてくださいよ!とは思うので、

「大好きです(惹かれてます)」と言いながら伝えたことをやってくれない、とかはそりゃ怒ります。わたしにどうしろっていうんだという。。。)

 

f:id:santasantasan:20180615182919j:plain

 

本当にみんながみんな、そうやって自分のただの好み(選択)で生きたらいいと思うのです。ここでも書いたことだけれどね!

 

santasantasan.hatenablog.com

 

 

で、そうやって自分は本当に、自分の好み(選択)だけで自分の生き方・働き方を決めている、という自覚のある人は、

人の生き方・働き方を勝手に見下したり、勝手にジャッジしたり、勝手に可哀想扱いしたりしないです。

 

前にも書いたかもだけど、ジョーさん(旦那さん)は自分で事業をやっていますが、

だからといって、家族のために定年まで警察の仕事をしていたわたしの父のことを斜めに見ることはけっしてないし、むしろ尊敬してくれています。

自分にはできないことだからすごい!と。

 

逆にうちの父親も、自分で事業をやっているジョーさんのことを斜めに見たり、

「男とはきちんと外で稼いで家庭にお金を入れて安定を与えるべきだ」

みたいなことは一切言いません。

ジョーさんが何をやってて、いくら稼いでるかとかも、気にしてきたことはないし

(良い意味での気にかけはしてくれてるとは思うけど!)

「娘に苦労させてないのか!」とかそういう目線を投げかけてくることも皆無です。

 

ジョーさんのあの、フワフワのクルクルのロングヘアーとかも、元警察官の父からしたらありえない出で立ちだと思いますが(笑)

先日の滞在で温泉に入ったときも

「いつから伸ばしてるのー!」としか言ってこなかったらしい。笑

 

わたしも、専業主婦の姉や母や親戚のおばさんや友人を心から尊敬しているし、

さっきの記事でも少し触れたとおり、お子さんがいないご夫婦でも、お店とか経営してる人はすごいな!って尊敬するし、

会社員している友達もすごい!って思うし、

だからといって自分の選択や今の生き方を卑下してもいないです。

 

どっちかがすごかったら、どっちかがすごくない、という世界では無いんですよね。

 

何かがすごかったら、対比する何かがすごくなくなる、とかでもない。

 

 

ちなみに上記の過去記事でご紹介した卒業生は、わたしFacebookでつながっているのですが、

あるとき、親子向けの教室を開催したという記事がフィードに流れてきて、

それ見たら本当にご本人が楽しんでいること、楽しかったことが伝わってきて!

 

それは確か参加費が1000円とかの教室だったと思うのですが、

その参加費とか売上とか利益とか関係なく、もう、

まずやっているご本人がものすごく楽しくて仕方なかったことが文字からだけでも伝わってきたんです。

 

それがすごく素敵で、すごいなー!すごいなー!ってなんか勝手に感動しちゃって、

全力でいいね!してしまいました^^

 

そして、この方はだからお仕事も、この方のペースで良い方に展開されていくんだろうなと改めて思ったんです。

 

それはこのお教室単体の売上がどうとかじゃなくて、

そうやって売上や利益に喜びや感動が関係ないくらい、

そこ基準ではないところで御本人が楽しんでやっているから、

そのエネルギーが循環して別のところでお仕事の話がきたり、

それはもしかしたら仕事じゃなくご家庭に流れ来たり、

とにかくそうしてちゃんとめぐっているんだろうなあと。

 

そのとき、好きを仕事にっていうのは、本来はこういうことだと改めて思いました。

 

「好き」というよりもなんか、「グワア!」っていうくらいに勝手に喜びのエネルギーがだだ漏れちゃうこと。

 

そもそもほとんどの人が「好きを仕事にしたらお金が入ってくるんでしょ(なら好きなことはわりとこれかな)」っていう、結局はお金基準じゃん、っていう打算でやったりブログ書いたりしてるきがします。

 

そうじゃなくって、「好き」という言葉で片付けられないような、そんなレベルじゃないような、

勝手に自分からあふれてダダ漏れしちゃうくらいのものとなんだって。たぶん。

 それが勝手に仕事になってるだけ。

「仕事にする」というのがそもそも変だし違う気がするのですよね。

 

おっと話がそれてしまいました。

 

えっと、だからやっぱり、「何をしているか(何をその人が選択しているか)」は関係ないんです。

 

けど、今の自分と同じ自営業者の中には、

「今の時代に会社員を続けてるなんて(バカだ、とか、勇気がない、とか…)」言う人もいて、

それはかなり憤慨します。

これが男性とかだと、ほんとにかっこ悪いと思う。ダサい。

 

それってねえ、これも過去に記事で書いたことある気がしますが、

結局はその人自身が、

勝手に劣等感持ってるんだと思います。

 

会社員が勤まらなかった自分に。

 

いわゆる今の社会の中の「ふつー」や「勝ち組」に乗れなかった自分に。

 

そういう流れの中にいれている人に。

 

そして大体考えていただくとわかると思うんですが、

こういう心とか生き方のこと伝えてる人のほとんどは、

もともとは

「自分が何か生きづらさやコンプレックスを抱えていたから心や生き方のことを学んだ(実践した)」

というスタートだと思うんですね。

わたしもそうですし。

 

だからなのか、そのスタートを経て自分の仕事でいわゆる成功(したかに見える)をつかんだ人は

会社員とか、きちんとレールに乗れている人をバカにすることで、

自分が過去に感じてた劣等感を優越感に変えたいだけなんだと思います。

 

いじめられっ子がおとなになって、学歴や社歴やつきあってる女性の美しさ?とかで、

かつてのいじめっ子に優越感を持ってやりたい、みたいな感じというか。。。

 

いじめっ子相手ならそれもまだしかたないですけど(されるほうが)

そもそも誰もいじめてないし、誰もその人のこと気にもとめてないのに、

勝手に劣等感を感じられて、

勝手に今度は優越感を振りかざされたら、たまったもんじゃないですよね^^;

 

大企業勤めや学歴を「良くないもの」とする風潮は、

それが「良くないもの」であってほしい人がいるからだと思ったらいいと思います。

 

一所懸命勉強して入った学校、

一所懸命就活して入った企業、

自分が築き上げてきたそれらを、自分自身が見下したり、バカにしたり、しないでほしいなあと思います。

 

(それは、いわゆる「良い学校」「良い会社」ではない人も同じだと思います)

 

ただ、それにあまりにこだわりすぎて、自分で自分をがんじがらめにしているのならば、

それは見つめ直すタイミングかな、とは思いますが。

 

そこにい続ける選択も、そこを離れる選択も(それを生きていくための処世術や武器?にはもうしないという選択も)、

どっちでも本当に良くて、

自分の自覚と納得感だと思います。

人それぞれ優先順位も違いますしね。

 

その上でした選択ならば、どちらにしても、

勤めた会社(勤めている会社)やその社長さんや周りの人やお客さんに、

感謝でつながることはできると思うので。

 

それが一番大事なことかなあと思います。

誰かを恨んで、誰かの”せい”にしていたら、

それ、自分が首しめられますからね。

 

ちなみに「嫌い」でも、心から感謝はできますよ!笑

 

自分を大切にするっていうのは、何か「こう決まっている型」があるのじゃなくて、

自分の選択を大切にするということだと思うので。

 

それを、「好きを仕事にしているから自分を大切にできているんだ」とか、

「好きではない仕事をしているから自分を大切にできていなんだ」とか、

そんな表面的なことで見誤ってはもったいないです。

 

流されずに、そして自分を誤魔化さずに、

自分の選択をして生きていきたいですね❤

 

何かヒントになれば幸いです♪