「すみません、ただのオンナに戻ります」。

「ただそのままのわたし=ただのオンナ」に戻って生きる喜びとその日々を綴っています◎

3度めの訪問、隠れ家カフェの素敵なご家族とお子さんの姿に感じたこと❤やっぱり、ただ自分で在ればいい❤そこを自分の中で育んでいく勇気❤

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今朝、10時半頃目が覚めたら何やら階下で物音と話し声が…

まさか、と思ってたら、予定よりめっちゃ早く両親到着して勝手に上がっておりました!笑

台風来るかもだから早く家を出たんだって〜笑

 

そして午前中はジョーさんも含めみんなで父方母方のお墓参りに行き、

(父方のお墓も母方のお墓も同じ霊園にあるのです◎)

 

今家に戻ってきて、じじばばは疲れて昼寝しております。笑

スキマ時間にブログを更新するわたし。笑

 

写真は伊豆高原にあるカフェで食べてきたランチなんですけど、

ここにはもう家族で来るの3回目で^^

ご夫婦が覚えてくれていて嬉しかったです〜◎

 

父が地元の友だちから聞いて知ったかなり隠れ家的なカフェなのですが、

生まれも育ちも都会にお住まいだった年の少し離れたご夫婦が経営されてて、

すごーく雰囲気素敵なカフェなんです!

 

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ジョーさんが、初めて訪れたときの店内の写メを数年前にFacebookにアップしていた♪

 

すごく食事もこだわっているんだけど、

地元価格でお財布にも優しくてお料理も美味しくてほんとに素敵なのです❤

 

今日は中学生の息子さんもお店のお手伝いをしていましたのですが、

なんで帰ってきて早々にブログを更新したくなったかというと、

この息子さんてのがまた素晴らしくて!

 

かなり個人情報的なことになってしまうのであまり詳しくは書けないのですが、

とにかく自分の好きなことに真っ直ぐで正直で、

ムダとかなんの役に立つとか考えないで、自分の気持ちに正直に生きてる男の子^^

 

魚拓が趣味だということは以前聞いていたんだけど、

探究心半端ないんだよね。

そして音楽も好き。

美術的なものも好き。

それらを好きな自分に誇りと自信を持っているのもしっかり伝わってくるの^^

 

伊東って、別荘地帯でもあるし、ハイソな都会の方たちが移り住んできていたり、

田舎のわりには文化的なものに対する意識の高い人も少なくはないほうだと思う。

 

けどそうはいっても、やっぱり田舎なんです。

だから、学校でも、彼の趣味を理解してくれる同級生はおろか先生(大人たち)もほとんどいないらしくて、

彼は「変わり者」なんだって。

(わたしから見ても、そう思える。もちろん良い意味でね◎)

 

だからある意味、生きづらいといえば生きづらいと思うんだよね。

だから自分の好きなこと、

隠して生きようとしちゃう子もこのくらいの年になってくると少なくないと思う。

 

けど、彼はすごくオープンでマイペースに自分を生きていて。

 

それってたぶん、それを同じくマイペースに受け入れている、そして都会育ちの親御さんの影響も大きいんだろうなあってすごく思ったんだけど

(「おたく君なので〜^^」って笑って言える、けどお客さんと息子がそういう話をしていても変に止めに入らないとか、受け入れてるからこそできることなんだろうなと思う。)

 

けど、親や周りがどうであっても、

こうありたいしこうあるべきだと思いました。

 

ただ自分で在ったら良い。

 

それが周りの大多数の人とは少し違うように感じたとしても。

 

で、此処から先はわたしの個人的な話なんですけど、

そのカフェのオーナーさんの奥さんに聞きたいなって思ったことがあって、

それは「都会で自分たちは育ってきて、

この田舎で子育てするのってギャップありませんか」、ってこと。

 

こういうこと聞ける人もすごく貴重だなっていうのあって。

 

そしたらやっぱり、ギャップすごいあります〜!って言ってて。

で、わたしも「ですよね〜!」みたいな。笑

 

こちらのおうちはお子さんが生物や美術系が好きだから、

やっぱり定期的に上野の科博とか家族で行って、

そういうものに触れさせてあげる心がけはしてる、って言ってた。

 

やっぱりそうだよなあと思って。

で、うちの父はそれが意外だったというか、

あとで「具体的に何がそんなに都会と田舎で違うの?」とか車の中で聞かれたんだけど、

いや、何が、という具体的な表現は難しいんだけど・・・と。

 

でもたとえば、東京に住んでいれば、

美術館も博物館もたとえば生の演奏会やミュージカル、

あとは料理ひとつだってとっても、

 

「触れられる」ものが全然違うと思うんだよー、って。

 

で、「触れられる」、その機会があるかどうかで、

自分が何を好きかとか、何に心惹かれるとか、生き方にもいろいろあるとか、

そういう「反応」を自分が持てるチャンスが全然違う、って。

 

わたしはお父さんとお母さんが何気なくかもしれないけどそういうものに触れられる機会を得られたことが、

今となってはすごく大きかったと思って感謝してるんだよ〜って。

 

父はいまいちピンと来ないみたいだったけど。笑

 

でも母には伝わったかな〜と。

 

で、都会に住んでたとしても、

そういうものに「意識」がなければきっとそんなに大差ないし、

だからやっぱり意識ってすごく大事なのだなと。

 

たとえばね、父とも今日話してたんだけど、

すごく最近の若い人はハウツーに行きやすい、って。

 

簡単にハウツーを求めて、

でもそれは手軽なんだけどすぐに効果が出なければ簡単にみんな手を離しちゃうというか。

また別のハウツーを求めてあちこち行き来してるだけというかね。

たぶん積み重ねがない、とか、積み重ねをムダだとか効率悪いとかって考える風潮があるよねと。

 

だけどそれもたとえばね、

美術館とか行って、

お金や名声に簡単につながらなかったとしても、

ひとつの絵を、

たとえば水墨画とかでもいいんだけど、

何年もかけて命を削り注ぐようにして書いて完成させて、

それが今美術館に飾られてはいるけれど、

その頃はたいしてきっとお金になったわけでもなく、

そうしてそれらを完成させて死んでいくだけの人って、

きっといたと思うんですね。

 

そういう芸術家みたいな。

クリエイターってことだと思うんですけど。

 

でも現代ってなんでもかんでも、

すぐそれに意味はあるのかとか、

すぐそれはお金になるのかとか、

人に評価されるのかとか、自慢できるのかとか

(インスタばえとか。笑)

 

そういうものさしでしか判断できない人がわたしはすっごく多いと思う。

それってすっごく浅はかで、さみしい生き方だと思うんですよね。

 

で、それってわたしがただ外側から見て感じているというよりも、

本人もどこかでそう感じているのじゃないかなと。

 

浅い表面的なところをいつも、ハウツーとか求めてうろうろしているから

ずーっとほんとの意味で心が休まらなくて満足できなくて苦しいんだと。

 

でも、そのカフェの息子くんみたいに、

他人の理解がなくても、お金や将来のいわゆる安定的な仕事につながらなかったとしても

ただ自分が夢中になれるものとかただ自分がなんか好きだから、っていうだけで

ニコニコできるものや何かを大事に思えることで、

きっとものすごく心のよりどころになるのにね。

 

それらをまず自分の中で見つけようと、育もうとする姿勢の人が本当に少ないな、って思う。

その勇気がないのかもしれないね。

機会がないことや親のそれこそ育て方のせいにしてしまったりね。

 

とてもさみしく虚しいことだと思います。

 

で、話戻ってそういう人たちって、

総じて、それが当たり前だと思ってるフシがあるように思うのです。

 

価値観がとっても狭い。

 

だから、小さい頃に何か、ほとんど覚えてもいなくてもいいから、

生の音楽とか、美術とか、

そういうものに触れているといないとでは、

いわゆる世の中的社会とは

全然違う価値観や生き方もあるんだと、

どこかで知っているのと知らないのとでは大きいと思っているんだよね。

 

たぶんわたしは、親がそういうことを大事にしてくれていたからだと思うんだけどね。

 

だからわたしは、やっぱり何をやってほしいとかどう生きて欲しいというのは今のとこ自分の子供に要求はしないけど、

いろんなことを知る機会は設けてあげたいなあと。

 

それはいわゆるどれだけの知識や情報を持ってるかとか、

どれだけいろんなところに行けたかの回数とかではなく。

 

何かそういう経験がよりどころになるし価値観を形作っていくというのは、

なんかなんとなくそういう気がするんですよね。

まあ親の自己満かもですが!笑

 

けどこういう記事を見て、

「うちはそうじゃなかったから(親がそうしてくれなかったから)わたしはこうなった(そうじゃなかったらわたしももっと違う人間になれたのかもしれないし)」

ってなる人はやっぱりちょっと違うなって思ってて、

うちでもこういう経験はあったし

 

santasantasan.hatenablog.com

 

だから過去のどこをどう受け取るか?ですよね。

 

全部、親や過去のせいにしたい人は、何につけてもそれしかしないし。

わたしはたぶん、親や過去の何においても、何につけても「おかげで」ってほうにしかつながらないシナプスを育てたということです。笑

 

自分はどっちの思考回路にいつもなってる?っていうほうをぜひ疑問にもってほしい。

それが大切。

 

駆け足だけど今日はそんなちょっとマジメな話を。笑

まあ偉そうなことを書きましたがたぶん、

自分が親になったとき、子供が新しいものに触れたときにどんな反応をするのか、

それをどう吸収していくのか、

隣で見ていろいろまた”自分が”、新しい発見をしたいだけなんだと思うんですけどね。笑

だからやっぱり、子供のためと言うよりは自分のためかなあ〜。笑

 

今日はここまで^^