「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【結婚一周年Anniversaryレポ②】思いがけない再会からわたしが受け取ったこと。「安心してただ自分を感じたらいい」

続きです◎

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自分が悪いとか、相手が悪いとか、正解は?不正解は?とかそういうことじゃなく、

 

きちんと受け取るべきことを受け取りたい。

 

何度も自分を疑ったり、自分を見つめたりしてもなかなかわからないときは、

それでもそのままに置いておくと必ず、いずれかのタイミングで、

よりグッと、大切なことに近づく予兆のように感じる出来事(もしくは感覚)が必ず訪れます。

 

今回もそんなときが来ているんだなあ、と感じました。

 

そしてそんなとき、わたしは、けっこうマジメにやることとして、

 

神様(天)に投げかけるというか。^^;

 

 

「自分ではいろいろと見てみたけれど、未だに、受け取るべきことを受け取れている自信がありません。

 

でも、自分では、ここからきちんと、受け取れることを受け取って糧にしたいと思っています。

 

なのでなんでもいいので、ヒント、サインをください。

 

どんなサインも糧にします。

 

それがたとえ、嫌と思えること、苦しいことであっても。

 

それがわたしの気付きに必要ならば、

必ずきちんと逃げずに受け止めて、未来の糧にしていきます。

 

なのでどうか、何かをわたしに示してください。

 

必ず受け取って、未来に繋げていくことを約束します」

 

と。

 

大事なのは、今、気持ちいいことじゃないんです。

 

だから、大事なのは「(必要ならば)良いも悪いも選びません」という姿勢。

 

わたしは特定のいわゆる宗教に所属しているわけではないですし、

「神様」という「具体的な存在」がいるのかということも、正直懐疑的です。

(人間が都合よく作り上げたものだと感じることがある)

 

ただ、目に見えない何か大きな存在にわたしたちはみんな生かされているし見守られている、その加護のもとに存在している、という確かな感覚は持っています。

 

だからこんなときは、

実際に天に向かって手を合わせるわけではないけれど、

 空を見上げてそんな気持ちを送ります。

 

けっして重苦しくなく、厳かでもなく、でもおちょくらず、

自分の中で誠実さをもって、これをします。

天に乞う、という表現が、わたしの中ではしっくりくるかもしれません。

そしてそれは「すがる」のとは、まったく違う姿勢です。

 

余談ですがこの仕事をしていると、

目に見えないものや心の法則などの知識を、

「すがる」ためにとにかく学ぼう、もしくはつまもう、としているような姿勢の方をよく見かけます。

 

当然、今が苦しくて余裕が持てないからこそ、なのでしょうけれど、

苦しい中でも少しだけ客観的な目線でそんな自分を見つめて、

もし「恥ずかしいことだな」と感じられたら、

それだけで少し、苦しさゆえに狭まっていた視野が広がります。

そうなれば、もしかしたら、

「今の自分はこんなだけれど、できるのならばこうありたい」というように

尊敬できるような人の言葉やあり方に気づくことができるかもしれません。

 

当たり前に「すがろう」としている自分を疑えないうちは、たぶん、

表面的なことにしか目も気持ちも行かなくて、結局はすごく浅い夢を見て終わるだけの人生になってしまうのかなと。

 

恥じらいとか、尊厳とか、

どんなに苦しくてもどんな状況のときにも、できる限りでそういうものを大切にして生きていきたいって思うと、

苦しさから逃れることとかラクになれればそれでいいとか、表面的な成功やしあわせ(に映ること)ばかりに囚われて大事なことを見失うことはないのかなーと思います。

 

クソ真面目ー!って思われるかもしれませんが、

「あえて伝えることではない(そんなの誰でもわかってるだろう)」と思って避けてきた、伝わってこなかった部分はそこなのかなと感じてるので、

こういうこともこれからは空気を読まずあえて書いていこうと思っています。

 

 

さてまた話がそれてしまいましたが、

今回、東京に向かう前にも、こんな気持ちを空に送りました。

 

その結果、今回の旅がそのときには、少し残念なものになったとしても構わない。という気持ちを持ちつつ、

かといって神妙な顔つきで一日を過ごすわけではなく、

それはいったん心の片隅に置いておき、

ホテルではめいっぱいフザケたり楽しんだりしていたのは前記事でも書いたとおりです^^;

 

そんなこんなでお夕食のためホテル内のレストラン「ブラン ルージュ」へ。

 

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この通りがとっても素敵でした❤

 

この写真での右奥の部分が「ブラン ルージュ」の入り口なのですがここに向かったときに、

なんだかよく見知った顔の女性が…。

 

なんと、ほぼ丸2年間、

仕事で通っていたホテルのラウンジで受付(お会計)を担当してくださっていたスタッフさんでした。

 

「あれ?なぜここに?」とお互い、びっくりしてナゾのテンションに。笑

 

なんとこの女性スタッフさん、丸6年間ずっとラウンジ勤務だったところ、

今年の2月過ぎ頃にこちらのブラン ルージュに新たに配属になったのだそうです。

 

わたしがラウンジに最後に訪れたのは3月末なので、ほぼほぼ同時期。

なんかわたし、ストーカーみたい。。。汗

 

大変笑顔でお迎えいただいて、

いったん席につき、ジョーさんと美味しい食事をいただきました◎

 

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スタート時のお皿がすごく可愛かった❤(ジョーさん青、わたしピンク*^^*)

 

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テーブルセッティングも素敵でした❤

 

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ここから美味しいお料理の数々*^^*

 

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「つわりが心配で、食べれるかな…」なんて心配してたとは思えないほど、

見事に完食。

 

日曜日の夜だけれど、たくさんのカップル(ご夫婦など)がいて、

そのほとんどがご年配の方たちだったけれど、

変な緊張感を感じさせないのはそこここにホテルの優しさが感じられるからなのだろうなあ。

 

わたしがパクパクと食べられないので、ゆうに3時間近く、

かなりのんびりペースで食事を楽しませていただきました◎

 

そしてデザートが運ばれてきたときに、

 

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この抹茶のオペラを見て、思い出したんですね。

 

わたしが仕事のためにもう何十回と通わせてもらっていたラウンジのデザートは、

ここブラン ルージュのシェフが作っているそうで、

そして2年前、ほんとに右も左もわからないまま、ラウンジで自分の仕事をはじめたばかりのとき、

ちょうど4月末で、5月スタートの季節のメニューが同じく抹茶のスイーツたちだったこと。

 

それをまだ、あの赤羽のボロボロの団地にいた頃にネットで見て、

(ボロボロの団地についてはこちらの記事参照。笑)

 「わあ〜こんな素敵な世界があるのか。。。」と憧れて、

ラウンジに実際訪れてからも、

「うわあ〜〜〜。。。」とドギマギしながらセッションをスタートさせたときのこと。

 

あの頃は自分がここで結婚式を挙げられるなんて思っていなかったし、

ただただ見た目の華やかさ綺麗さに圧倒されるばっかりの自分だったけど、

今はこうして式を挙げて、ホテルの方たちの優しさを随所に感じられる自分になったこと。

 

同じ場所にいても、たぶん、

受け取れること、感じ取れることは、

この2年でガラッと変わった。

 

そのことが嬉しいな〜と思ったんです。

「ここにサラリと通えていて、常連さん扱いをしてもらえるわたし」にではなくて。

 

そしてそれは、表面的なものではなくてその奥の

「優しさ」とか「愛」っていう部分を、「そこ」を、

わからないなりにいつか受け取れると、感じ取れる自分になりたいと、

どこかでずっと願っていたからこその今(未来)なのじゃないかなあ。

 

何をどれだけ持ってるかとか、どんな良い経験をどれだけできるかとかじゃなく、

何を持ったとしても、どんな経験をしたとしても、

 

そこからどんなことが受け取れる、

どんな自分で在りたいか。

 

やっぱりそれを、その都度その都度自分に問うてきたから、今、

わたしは在りたい人間になれているのだと思う。

本当は全人類みんなそうなんですけどね!

 

今の自分は、(無意識で過去に)そう在りたいと願ってきた積み重ねの自分なんです。

それが損得勘定、傷つかないこと苦しくないことラクさ優先ならばそのようになっているはず。

でもわたしは、そういう人にはやっぱり惹かれないな、と思うんです。

それがどんなに心優しい人であっても。

悪い人じゃないにしても。

 

そんな過去から今に思いを馳せていたときに、

さりげなーく冒頭のスタッフさんが接客に来てくださいまして、

「このデザートを見て、こんなことを思い出していました」なんて思わず話をしてしまいました。

 

そしたらその女性スタッフさんが、

お客様(=わたし)が結婚式をホテルで挙げることにしたことを噂で聞いて、ラウンジのスタッフで嬉しいねって盛り上がってたんですよー、とか、

式の当日に、ラウンジの前通られましたよね?(「通りました!」)

中で接客に入ってたスタッフたちと

「ホラ、あの方だよ!!」って騒いで見てたんですよー^^とか←気づかなかった…!

わたしも全然知らなかった裏エピソード?を聞かせてくれて。

 

「今もさっそくラウンジのスタッフに内線でお客様がいらしてること嬉しくて報告してしまいました!」と笑顔で言ってくださったり…

 

ジョーさんにも、

「いつもラウンジに来て新作のデザートを注文してくださってて!」とわたしの説明をしてくれたり…(照)

 

お仕事はどうされてるんですかーとか聞いてくださったり、

伊豆で暮らすことになったんですよー赤ちゃんもできてーってわたしも報告して、

お祝いの言葉をくださったり、笑顔でずっとお話しさせてもらって。

 

なんだか、人によってはただそれだけのこと、かもしれません。

 

でも、過去にこの記事でも書いたとおり、

 

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わたしから見たわたしは、ラウンジやホテルの雰囲気とはとてもそぐわなくて、

身振り手振りも激しくお客さんに向かってがむしゃらに話をしてはいそいそと帰っていく、

ちょっとへんてこなお客さん、というイメージで、

歓迎されてなかったとしても当然だ、という気持ちがどこかにあって。

(卑屈とは違って、ほんと、当然だろう〜という落ち着いた感覚。)

 

だけど実際は、

わたし自身が知らないところで、こんなこわっぱのぎこちない仕事ぶりを温かく見守ってくれてたスタッフの方たちがいたことを聞けたことが、

なんだか2年越しのプレゼントをいただけたみたいで、

ものすごく心がいっぱいになったというか。

 

しかも今回は、

 

受け取るべきことを受け取れるなら、良いも悪いも選ばない。

その結果、今回の旅がそのときには、少し残念なものになったとしても構わないから、

わたしになにかのサインを与えて欲しい。

 

とわたしは神様にオーダーしたつもり。

 

だけど今回、こうして起きた出来事というのは本当にあったかくて、再会したプランナーさんも、レストラン(ラウンジ)のスタッフさんも、ホテルの存在そのものも、

過去、わたしがどんなであったとしても、汚くて醜い部分があったとしても、

同時に、

そんなわたしでも受け入れていくれている人(場所)があることを

知らせてくれた気がしたんですね。

そしてそれは、わたしもまた、尊敬できる人(場)でもあったんです。

それがとても心地よかった。

 

 

「安心して、ただ自分の気持ちだけを感じて、見て、また進めばいい。」

 

「大丈夫だよ。最初から今もずっと、受け入れているよ。」

 

 

そんな風に、天から答えが帰ってきた気がした。

 

ハーブティいただいていたら、ソーサーにこんなメッセージが。

 

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こちらこそ、ありがとう!

 

美味し過ぎるお食事堪能して、スタッフさんともお話して、

あたたかい気持ちのままジョーさんとホテルの外に散歩に出たら、

お月さまがとっても綺麗だった❤

 

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その日はそのまま、お腹も心も満たされて寝落ち。

 

翌朝も朝食ブッフェをこれまたゆっくりいただいて、やたらとろろごはんをおかわりしまくるわたし。

有楽町まで買い物にでかけたのですが、

その間もずっとずっと、

「ありがたいなあ」って気持ちが絶え間なく溢れてきて。

 

東京のど真ん中はあんなにも人に溢れていたのに(特にアジアの旅行客の方たち!!)

はしかにも無事に感染せずに帰ってこれた。

 

全部ありがたい。

 

全部当たり前じゃない、ひとつひとつが本当に有り難しな奇跡。

 

 

どうであっても、何を選んでも、こんなにも最初から淡々と受け入れ愛されている。

なら、恐れずただ自分が自分を見つめてみること。

明らかにしてみること。その勇気を持つこと。

 

大事なのは最初からそれだけだった。

 

この時点でなんの答えも出ていなかったけれど、

「ちゃんと、大丈夫。」

そのことだけは受け取って帰ってきました。

 

Anniversaryのレポはこれにて完結ですが、

その後の心の動きだけは、

上手く伝わるかたちで書けるかわかりませんが、引き続き書いてみたいかな、と思います◎