「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【結婚一周年Anniversaryレポ②の前に…】自分の中で引っかかっていた疑い(保留)案件について。

今朝、急にパカーン!!ときて、

こんな投稿をFacebookにしました☆(長いです。笑)

 

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携帯からだと見えにくいですかね?

文字にも起こしておきますね^^

 

【すごくぱかーんと来たこと!!!】
 
ただの独り言です!!が!!
 
おばあちゃんの命日の今朝、
自分の中ですごく大切なことがハッキリしたからここにも書いておく!
 
え〜と、(書いたノートを写す…)
 
【わたしは今の仕事通して、
 
たとえ連絡取ることがなくてもその人が生きてるだけで私もたくさんの刺激と気づきと学びをいただけて、
 
だからその人がその人でただ在ってくれるだけで、生きてくれてるだけで感謝だし、
(なんならおばあちゃんのように死んじゃっててもOKだし)
 
年上でも年下でも、相手がお客さんであってもわたしがお客さんであっても、わたしが親であっても相手が親であっても、
 
どんな立場の人でもどんな関係性の人でも魂レベルで対等な目線で、
同時に心から尊敬できる(部分がある)、
 
そんな人が周りにたくさん溢れてるとより幸せを感じるし、
ますますそういう人しかいない人生にしたいと思ってる❗】
 
仕事においてもプライベートにおいても家族関係においても、全部の人間関係で❗
 
おかげさまで家族もパートナーも友達もここでつながってる人もそれぞれ尊敬できる部分がたくさんある大好きな人ばかり、
 
でも仕事においてはまだまだその部分が納得できてないなと感じるのは、表面的なことにばかり囚われて、
その自分の願いに自分が気づいてなかったからじゃないかと思った。
 
この国で生きていれば誰でも、お金は何を選んでもある程度は稼いでいけるし何をやってもきっと人の役に立てるのだろうけれど、
わたしはどうせ自分で選ぶのならそのために仕事もしたい。
 
そのために自分のこの肉体とエネルギーと智慧と能力と経験という財産を使いたいと思う❗
 
やっぱり全ては自分のためで、お客さんのためじゃないのだなあ。
 
でもそれは100%、同時に必ずお客さん(相手)のためにもなると自信をもって思うし、
そこ更にもっともっと自信もって言えるようになるために自分(のもってるもの)を喜びもって磨いていきたいと思う❗
 
きっとこれがギブ=テイクではないか❓
 
わかってたつもりのことにまた一つ深さ(がまだまだあること)を知れて感謝✨
きっとこれは天国からのおばあちゃんからのインスピレーションだ✨
 
朝から暑苦しい投稿を失礼しました😆
 
写真は先日のホテルで旦那ジョーさんが撮ってくれたお気に入りの一枚❗
素敵な空間にスリッパで靴下なのが決まりきらないのがわたしらしい最高の一枚✨✨
  

***

 

ちょっと今あらためて冷静に読み返したら日本語(文章)変じゃね?ってなとこはありつつそこは大目に見ていただき。

 

あ、一緒に投稿したのはこの写真です^^

もう本当に、このスリッパと靴下が最高!!(にダサい。笑)

 

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あ!!!

そしてFacebookといえば、なんですが、

少し前からちょこちょこと、共通の友人も見当たらない、まったく知らない方(女性)からお友達申請をいただくんですね。

(あの、なんか歯がキラーンて光ってそうなギラギラした感じのナゾの外国人さんとかじゃなくて。←笑

 

おそらくブログの読者さんではないかな?と思い、

(前に記事で「お気軽にお友達申請してくださ〜い!」って書いたことあったので)

 

その場合わたしと共通の友人はいなくても、

過去のフィードが見れたり、

あるいは(ちゃんと普通の人っぽい笑)お友達が何人かいらっしゃることが確認できた場合は

そのまま承認させていただいているんです。

 

が、

さすがに過去のフィードも他のお友達も見れない(おそらく友人限定公開にしているのではと!)方からのお友達申請だと、

Facebookは更新頻度はかなり少ないもののブログ以上に個人情報丸出しゆえに、

(仕事用にまったく使ってなく、完全好きなこと書いてるんで。。。)

さすがのわたしも躊躇してしまってですね。。。><ゴメンナサイ

 

なのでできればお手数なんですが、もしブログ読者さんの場合は、

友達申請の前後に一言、Facebookメッセンジャーで

「ブログの読者で」みたいなことをお知らせいただければ

大変ホーッとして喜んで承認ボタンを押させていただきますので、

お手数ですがそんな感じの方は何卒ご協力よろしくお願いいたします!

つながって、時にはいいねなどしていただければ、単純なので素直にしっぽ振って喜びます。笑

先日の東京滞在中にも頭文字Nの女性の方から申請をいただいたのですが…これ見てるかな?

もしよろしければ一言メッセいただければ助かります!

 

さてさて、話戻りましてそうそう、

今日はおばあちゃんの命日。

今住んでる家のほうのおばあちゃんじゃなくって、母方の祖母のほうです◎

 

それで、このなんの脈絡もないように見えるパカーン!が

昨日のAnniversaryレポ①の続きにものちのちつながってくるんですけど。

※昨日のAnniversaryレポ①の記事

santasantasan.hatenablog.com

 

ちょっとその前に、そもそもAnniversary行ってきたよとかこれから帰るよとかレポとかの記事の少し前に、

わたしがこんなような記事を立て続けに投稿しておりましたのを

皆様は覚えておいででしょうか。

santasantasan.hatenablog.com 

santasantasan.hatenablog.com

 

santasantasan.hatenablog.com

 

これらの記事が読者の皆さんにどう映ったかわかりませんが、

これらの記事を更新してた頃、

わたしに軽く、重くのしかかった自分自身への問いがありました。

軽いのか重いのか一体どっちなのか。

 

 

わたしはこの仕事を通して、

 

いったい何をしたいんだろう?

 

何を得たいんだろう??

 

そしてこれを自分から自分へ突きつけられたことが、この結婚一周年という節目の直近であったこともすごく意味があると思った。

 

ここから先は、読んでいてもしかしたら嫌な気分になる方もいるかもしれませんが、

わたしのここに残しておきたい、そしてここに記すことで前に進みたい正直な気持ちでもあるので、

感じてきたままを書いていきますね。

 

今回、結婚一周年を迎えたことで、

嬉しい気持ちと、

いつも支えてくれてるジョーさんはもちろん、両親や姉弟や、結婚式に来てくれた大切な友人への感謝の気持ち、

こうして式後、素敵なAnniversaryプレゼントをしてくれたホテルへの感謝の気持ちはもちろんありつつ、

このタイミングでひとつだけ、自分の中で大きく引っかかっていたことがありました。

 

それが、結婚式に来てくれた自分のお客さん(卒業生)のこと。

 

わたしは結婚式を迎える前と、迎えたときに、そのときの自分なりに誓っていたことがあって、それが、

 

「このわたしたちの新しいスタートの場(=結婚式)に来てもらえた人たちとの関係は、

自分なりにこれからも大切に大切に育んでいこう。」

 

という想いでした。

 

これは、結婚式に来てくれた方、うちの場合は全部で60名ほどと、そんなに多くは無かったのですが、

ご招待した方たちの中に「おつきあいで仕方なく」という方は一人もいなかったし、

だから“そのとき”、本当にこれからも良い関係を築いていきたいと、自分が心から思う方たちばかりだったからこその、そのときの素直な願い(想い)でした。

 

で、結婚式から一年が経って、ほとんどの方とは、今もそのような関係でいられていると思っていて。

それは連絡をしょっちゅう取っているとか、表面的に仲がよいとか、お互いの近況や胸の内をよくわかっているとかそういうことじゃなくて、

この人が生きていて元気なら嬉しいし、

いつも一緒にいなくても尊敬できる、大事に思っている人、というようなことです。

 

でも、一年経ってみて、自分をまっすぐ明らかに見てみると、

それは「ほとんど」と書いているように、「結婚式に出てくれた全員」とは言えないなあ、という自覚がありました。

 

大切にしようとあのとき思ったけれど、この一年を経て、

結果的に、大切にしない(とどこかで決めた)人たちがいた。

 

それがわたしにとっては、このブログを通して出逢ったお客さん・卒業生の数名だったのでした(その方たちの全員が、ということではないです!)

 

そしてそれは、「大切にできなかった」ではないと思うのです。

 

たとえば

「大切にしたかったけどできなかった」、

これは自分のことを明らかに見きっていないと思うのです。

自分が決めた選択で、「できなかったこと」など厳密には無い。

ちゃんと明らめて自分を見るのならば、

 

「大切に(わたしは)しない(とどこかのタイミングで)決めて、そうした。」

 

これだけが明らかに見るべき事実だと思います。

 

そしてそこに、あの人がああだったから、こうしたから、相手が悪いから、間違ってるから、わたしは被害者だから、そういうのは、無い。

 

で、実際にこの卒業生たちに非などは別にないのです。

何かひどいこととか失礼なことされたとかいうこともまったく無い。

むしろ皆さんすごく素直でやさしい方たちだったと思うというか。

(わたしよりよっぽど!!)

 

けど、結婚式から一年経って、今そのつながりが切れてしまっている(繰り返しますがどれだけ連絡を取ってるかとかそういう指標ではなく)と感じているのは、

わたし自身が、この生き方のことを伝えていて、度々それぞれのタイミングで

「何か(わたしとは)目指しているところが違うな」と感じたから、だけ、です。

 

それは具体的には、

「自分自身を受け入れたい、向上したいと言いながらも、

自分自身から(もしくはその人自身にとって一番大事だったり核だったりするであろうことから)結局はずっと背中を向けているように感じる」という意味での「違うかな」でした。

あとは、上の記事で書いた「今が良ければそれでいい」という感覚とか。

これも(自分の命に対して)背を向けているようにわたしには感じるのかもしれません。(あくまでわたしにとって、です)

 

これが、わたしの学生時代の友人とかなら、別にぜーんぜん気にならないんです。

もし、いくら本人が本人から背中を向けてると感じようが、自分から逃げてると感じようが、

それは本人がそれでいいとしているならそれでいい。

本当は良くないのかもしれないけれど、別にわたしに助けもアドバイスも求められていないのに口挟んでもめちゃくちゃ余計なお節介でしかありませんので…。

 

それならその友人のまま、わたしは楽しく付き合いたいと思う。

で、何かもしつまずいたり求められたりしたときには力になりたいと思う。

 

家族に対してもそう。

 

基本的に親だから、姉だから、「こうあってほしい(こうあってほしかった)」という想いは今となってはひとつもありません。

お互い別個の人間なので、自分の責任で自由に好みで生きていけばいいと本気で思います。

別にわたしがただ好きであればそれでいい。

(ジョーさんにも基本この姿勢。)

 

なのに。

 

友人や家族に対しては、フラットにそういう気持ちでどんな姿でも、良い関係性を育んでいけるのに、

どうしてここを介して出逢ったお客さんには、それを許容できないんだろう??

※ただしわたしのあり方に何か口を挟まれようものならたぶん全力で抵抗&場合によってはさよならしますが…。これはわたしもジョーさんも他人に対してこういう姿勢かもね。。。(要するにただのガンコ。)

 

この点において、自分に疑問をもって、それはもう、いろいろな側面から疑い続けてみました。

 

卒業生やお客さんに対してはどこかで、「わたしがエラい、わたしが神」くらいに思ってしまっているんだろうか?

 

とか、神とは思ってないわさすがに。

 

結局わたしは完全に人が自分の思い通りになってないと気が済まないんだろうか?

 

人を支配したくて、自分の自己満に人様を使いたくて、この仕事をしてるんだろうか?

 

とか、

 

なんか距離が近くなりすぎると全部が嫌!!みたいになっちゃう傲慢な人間なんだろうか??

 

とか…

 

実際の人間関係においてはもう、その瞬間瞬間の生身のものだとわたしは思っているし、

だから気持ちがもう冷めてしまったときには自分の中で誤魔化さず決めるとこしっかり区切り持って決めつつ、

 

そして度々、その関係性においての気付き、

「こうであればどうしたって自分が苦しくない?」というようなことは

わたし自身の学びと気付きとして、

そしてついでに他の方の糧にもしてもらえたらとブログに載せたりもしつつ、

(関係性が終わったその人を糾弾したくて書いてるわけじゃないですよ。苦笑)

 

けどそうしながらも、

「方向性が違った!ハイ、ただそれだけ!もう忘れたほうがラクだからネタにしておしまい!相手が悪い!」

とかいうふうなスッキリのさせ方はわたしは絶対違うなと思っていて、

 

同時に必ず、

 

そう感じた自分のほうも疑う。

 

しつこくしつこく疑い続ける。

 

この件に関してはもう、見つめてはいったん置いておき(すぐにわかることばかりではなく、ときに苦しいままにもスッキリさせずに寝かせておくこともとても大切。)、

また別の誰かに対して「ん?」というのが出てきたらまた呼び起こしてまたいろいろと見つめ、

かれこれ半年以上、わたしの中では「疑い続き(保留)案件」です。笑

 

それは

どっちが正しいか?間違ってるか?

自分は悪くない!

相手はほんとはこんな気持ちだったのでは??

 

…などと、考えたところで妄想にしかならないことをどうにか心の中で決着つけてスッキリさせて苦しさから逃れるためではなく、

まして再びその人間関係をどうにかしたいわけではなく

(もうそれは自分で決めた時点で終わっていること。)

 

きちんと受け取るべきことを受け取りたい。

 

ただそれだけなのだ。

 

だからわたし、なんでもブログに書いているように見えるかもしれませんが、

こういう「引き続き時々見返しては疑い続け案件(保留案件)」がいっぱいあるんですよー笑

実は全然「なんでも書いてはいない」のですよ。笑

 

答えはわりと、すぐに出さないほうだと思う。

 

もちろんこの三次元で生きてる限り、実際の日常生活、仕事、人間関係は日々進んでいくのでそのときなりのひとつひとつの行動・選択、(その外側の関係性に対しての)気持ちの決着などはある程度いったん「決め」はするけれど、

 

なんとゆうのかな、浅いところで決めつけて終わりにしたくない。だから、結論は絶対に、すぐには出さない。(かなり置いておく。)

だから大体、ちょっと苦しい。Mではない。

 

ちょっと苦しいのだが、しかし

(これが上手くニュアンスとして伝わるか自信がないのだけれど)

絶対的にトータルでは苦しくない。

 

なぜなら絶対的に、

たとえ多少苦しくても、そのことで完全にはもっていかれない自分、

それをいつかまるごと受け取れるという自分を全信頼しているし、

 

それのすべてを自分に受け取らせてあげたいという、

自分が自分に向ける確固たる愛がそこにドシンとあるから。

 

よくお客さんにはこれを、 自分の中の親子関係(ママとグレたモヒカン息子)にたとえてお伝えしているけれど

※来月開催の女性のための生き方講座でもこれはしっかりとお伝えしますよ♪

 

それで言うならば、わたしの中の母は、わたしの中の子に対して、

嫌な想いや苦しい想いを少しもさせない!っていちいち過保護むき出しにオロオロしてはいないのだ。

 

ちょっとの嫌も、ちょっとの苦しいも、

我が子(=自分)は全て糧にできると全信頼している。

 

そんな関係性を自分の中に築いてきたからこそ、

実際の親子関係もパートナーシップもドシンとした信頼関係が当たり前にあるのかもしれないですね❤

(ジョーさんもうちの親も、基本放置ですので、わたしのことは。笑 しかしそこにいつもわたしへの愛と全信頼を感じています❤)

 

 

話がめちゃくそ逸れましたが、結局、

 

わたしは人を大切にしたいの?

 

それともそんなのホントは口先だけで、

人なんて大切に思ってないの??

 

 

わたしはこの仕事を通して、

 

いったい何をしたいんだろう?

 

何を得たいんだろう??

 

ここで出逢うお客さんと、どんな関係性を築きたいんだろう??

 

(それともこれも口先だけで、本当は良い関係なんて築きたくないのか?)

 

(自分が偉い人、わかってる人、みたいな立場でいられればそれでいいのか??)

 

 

期せずしてこの結婚記念日前にまた、ここに思いを馳せるきっかけがあり、

結婚一周年のイベントを楽しみにしつつ、

同時に若干のもやもや(自分への答えの出ていない問い)を抱えながら東京に向かいました。

 

そうしたら…

その問いの答えに一歩、導いてくれるような再会がその先にあった、というのが、

昨日の記事の続きにつながります。

 

「昨日の記事から一歩も話進んでねーじゃねーかよ!」と突っ込まれそうと思いつつ、

超絶長くなったので次の記事に続く。

あ、写真またまともなの載せられなかったや。。。