「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

「今が良ければそれでいい」。それ本当??【自分に胸を張れる、カッコイイ生き方していこう♡】

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ある日のジョーさんと伊豆の海❤

 

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こんな石碑があることに、初めて気づきました〜!

 

 

ここ数日間は、7/7の女性のための生き方講座お申込みの方にご入金のお礼と確認のメールをしたり、キャンセル待ちの方とのやり取りや、

あと昨日は島根から遠隔の集中講座のご相談をいただいたりと、

マストな事務的なやり取りが立て続いて、

なんだかちょっと気持ち的にせわしない日々が続いたような気がします◎

なんせ普段のリアルな接触が、ジョーさんと、買い物先のスーパーのおばちゃんとくらいしかないんで…汗

久しぶりになんか「仕事らしい仕事」をした感覚…。(フツーだわ。)

 

ちょっと、自分的には久しぶりに、「ほうーっ(リラックス)」という時間が取れたので、ブログという自分時間に向かえるしあわせを噛み締めています◎

 

 

最近の流行り文句(?)の中に、

 

「人と比較しなくていい。

みんなと一緒じゃなくてもいい。

自分は自分でいいんだよ。」

 

とか、

 

「今が幸せなら(良いなら)、それでいいんだ。」

 

とか、

あると思います。

 

最近身をもってわかったことは、

この言葉がとても昨今人気?なのは

 

そういうことにしておきたい

 

というのがあるんだな、ということ、

そしてそういう人はこぞって、

 

人との比較や「みんな」という存在を

良い方向に使えないんだな。

 

ということです。

 

本当に「人との比較はいらない」なら、「みんな」が要らないのなら、

じゃあ自分以外の人間の存在はそもそも必要ないってことになる。

 

でも、実際の世の中はそうはなっていなくて、

なら、自分自身に必要があって、意味があって、自分以外の他者がこの世に「存在してくれている」のだとわたしは思う。

全部、ギフトだと思うのです。

 

それで、わたしはこういう生き方をしていて、

人(他者)と比較する(他者を意識する)というのをしないか?というと、

めちゃくちゃしますよ。

 

ただそれは、落ち込んだり、自分を責めたり、ウジウジしたり、人に合わせて生きるためにするんじゃなくて、

する必要が自分にあると思って、意識的に(するときは)します。

 

 

たとえばわたしは、

 

性別;女性。

 

年齢;32歳。

 

パートナー;有り。既婚。

 

職業;個人事業主。

 

その他;第一子妊娠中。

 

ザックリ書くと、これが今のわたしです。

その中で、

 

・自分の心の望むままに(思うままに)、自分の頭で考えて、女性としての人生を生きようとしていて、

 

・自分の心の望むままに(思うままに)、自分の頭で考えて、32歳としての今を生きようとしていて、

 

・自分の心の望むままに(思うままに)、自分の頭で考えて、旦那さんとの関係を築いていこうとしていて、

 

・自分の心の望むままに(思うままに)、自分の頭で考えて、自分の仕事を展開しこうとしていて、

 

・自分の心の望むままに(思うままに)、自分の頭で考えて、妊娠生活を送りたいと思っているし、これから来るであろう子育てにも向かいたい

 

と思っている。

 

けど、

 

だからといって、

 

(たとえば)自分以外の「32歳・女性」が、

 

世の中的にはどういうものがスタンダード(主流)なのか?とかを、

 

知らないとか、見ようとしていないわけじゃない。

 

 

ちゃんと、しっかりと「意識(比較)」した瞬間がある。

 

 

その上で、「自分の望むように(思うように)、自分の頭で考えて」、

自分の生き方を決めているのですよね。

 

それが、いわゆるスタンダードの「それ」と綺麗に重なることもあれば、

重ならなくて、異端に映るときもある、ということなのである。

なんだこの口調は。

 

もちろん、

「常識なんて、”みんな”なんて無い!!!!」

という人もいるかと思いますし、厳密に言えばそりゃそうなんでございますがしかし、

 

あるわ。

 

そうはいっても。

 

この国という範囲内で見て、時代でわけて、年代でわけて、性別でわければ、

ある程度は。

 

それさえちゃんと「ある」とまず認めないことには、

 

ただの空気の読めない人かと。

 

ジョーさんもわたしも、一応、ただ空気の読めない人なわけじゃなくて(汗)

「ある」を見た上で、十分熟知した上で、その上で、

 

自分がどうするか(どう生きるか)を決めている。

 

 

それは「他者」や、世の中のいわゆる「常識」や、世の中のいわゆる「大多数」を、

きちんと知って、意識して、ある程度比較することができないとそもそもできないというか。

 

ルールや法律とは違うけど、そういう見えない空気みたいなものも、

わたしたちの生活や安心を支えるすごく大切なものですもん。

「ちゃんと捉えて(明らかに見て)」いなかったら、仕事もできません。汗

人とのコミュニケーションも取れません。汗 嫌われるわ。汗

 

だから、最近は更新記事とともに、過去記事もTwitterで順に紹介しているけれど、

santasanta@はてな (@santasantawoman) on Twitter

ちょっと最近滞っておりますが…汗

 

過去のわたしは全部そういう「空気」も「常識」も

「わかった」上で、

あえて(ちょっと「常識的」に見たら)変てこな生き方を

選択をしてた

んです。

勝算(上手く行く確信)は無くても、優先順位はちゃんと持ってた。

 

そしてそれは、

 

「今が良ければそれでいい」っていう

 

浅はかな考えに逃げて生きてたわけじゃない

 

のです。

 

だから今、「女性/30代」っていう枠組みなりに

 

・結婚もしてるし、

 

・仕事もしてるし(=ほんとにわずかであっても、納税もしてるし、社会や人に貢献してるし。)、

 

・子どももいる(まだお腹の中だし、無事に生まれてくるかはわからないけれど。)

 

こうやって見ると、

常識的にそんなに外れて生きてるわけではないでしょ?

ジョーさんもそうですよ〜〜

ちゃんと企業さんと打ち合わせして、仕事して、結果出して、って、きちんとやっているよ。

 

自分の生きたいように生きながらも、

 

親とか、社会とかっていう、

 

「自分にとって大事な人や場所が求めるライン」も、

 

ちゃんとしっかりと満たしてはいるよ。

 

 

「自分さえ良ければ、今さえ良ければいい」なんて思ったこと、

 

一度も無いよ。

 

確認したこと無いけど、たぶんジョーさんもおんなじ。

 

だけどそこに、自分を偽っていたらそれは成り立たないし、

自分を責めててもなんの前進にもならないし、

 

だからまず自分が自分として生きること(ほんとの意味で自立すること)をちゃんと考えて、その自分の考えによって優先順位を組み立ててやっただけ。

 

それが、見る人から見たら「異端(非常識)」に見えただけかと。

ほんとにそれだけのことなんですよね。

 

だからよく、

「世の中を変えるのは(新しい流れを創っていくのは)異端者だ。」

みたいなことを聞きますが、

たとえば、吉田松陰とか、坂本龍馬とか。

 

そういう人たちもきっと、ほんとにcrazyだったのじゃなくて、

ただその当時の常識や主流の人の考え方とは違う思考回路と優先順位で動いていただけであって、

時代の「当たり前」や「みんな」をちゃんと明らかに見て捉えていなかったわけではないと思うのです。

 

ましてやそういうものを見たくないからと蓋をして、目をそらして、

「今が良ければそれでいい。自分が良ければそれでいい。(だから)世の中の当たり前は関係ないんだ!!」

なんて自分に都合の良い現実の見方をしていたわけではないと思う。

 

むしろある意味で誰よりも「知った(明らかに見た)」上で、

もっと先を見て、自分の信念で、

大勢と違うやり方に進んだだけだと思うのです。

 

で、

 

あなたはどっち??

 

という話なのです。

 

たとえばわたしであれば、

30代目前で仕事もやめて、プーになって、働きもせずに自分を本気で立て直すために好きなことや心惹かれることだけをやってみたり、

いろいろそのとき思うことをトライしてみたけれど、

周りの友人がきちんと仕事をしていること、

結婚していくこと、

家庭を持っていくこと、

そして30代女性っていうのが「一般的に」どうであるか、

そのときなりにきちんと意識して、

 

今の自分は人としてダメだ。

(&実際に、今のこの自分であれば、社会や他者から認めてもらえなくて当然。)

 

というのもちゃんと明らかに見たのです。

人と、社会の主流の同世代と自分とをしっかりと比較して、

 

・自分が同世代の女性と比較して、客観的に見てどの位置にいるのか?

・いかに自分の今の選択はおかしいか?(社会や他者から見て認められるものではないか?)

 

というのをちゃんと明らかに受けとめた。

 

「今が良ければいい」「自分が良ければそれでいい」っていう気持ちでやってたわけじゃない。

 

その上で、それでも結婚も、子どもを持つことも望んでいる自分の本心も、きちんと明らかに見たんです。

今、明らかにそれができていない自分でも。

 

この状況(状態)でその自分の本音を明らかにするのは

 

すっごくつらいです…。

 

(だって、ものすごくそこと原状にギャップがあること、自分が一番よくわかってるもん。ちゃんと明らかに見てるから。)

 

だけど、苦しくてもちゃんと見て、その自分の気持ちを受けとめて、

そうして自分の頭で考えて、

そこに近づくのにはどうしたらいいか、考えてやってたんですね。

 

何も考えてないで現実や自分の願いから目をそらして逃げて生きてたわけじゃない。

 

そうやって生きていれば誰もが望むことを手に入れられるかどうかはもちろん、わたしにはわからないけど(世界中の人を調べて研究したわけじゃないし!)

 

けど、それでも、

あれだけひとつひとつ真剣に一所懸命、自分の願いからも世間の常識からも目をそらさずに、そこに向かって(全然今はそうではない)自分なりの「今」を懸命に生きてたら、

そりゃ

 

ある程度のことは叶うわ!!

(=あれだけ真剣に考えて、あれだけ真剣にやってれば。)

 

と思うのです。

 

 

わたしもこれまで、いろんな人と接していたり、見聞きしたりする中で、

ご自身の抱えているもの、それは病気とか、身体的な条件もあれば、心っていう目に見えないものの傾向や個性みたいなもの、自分と関わる相手の状況等、全部ひっくるめてですけど、

 

そういうものを引き受けていくと、どうしても、

たとえば結婚したいけどできないとか、子どもを授かりたいけど望めないとか、

そういう人はいるのだと思います。

 

でもそういう人は、それも引き受けた上で、

明るく楽しく、「今」を充実させて生きているんですよね。

 

そういう人は、何を語らなくても、

その姿そのままですごく清々しいし、輝いているし、尊敬できるしカッコイイ!!ってすごく思うんです。

 

本当に、いろいろ悩んだかもしれないし、葛藤したかもしれないし、

でもそれも全部引き受けた上での

「自分が良ければ、今が幸せならそれでいい」をしている。

それはちゃんと背中で伝わるというか。

 

けど、そうやって「自分」や「自分の今」と向き合うこと、

明らかにそれらを見ることから逃げての

「自分が良ければ、今が良ければ…」という人は、

本当に人生丸ごと逃げだし誤魔化しだな、と思う。

 

たとえばわたしは今の自分の年令からの目線にどうしてもなってしまいますが、

同じ女性で30代で、仕事してなくて、

結婚もしてなくて(仕事と違うところで誰かに貢献する、誰かを支えるということもしていなくて)、

実家にいて、親のスネかじってて(金銭的援助がどうのじゃなくて、家でのいろんなこと親にやっててもらってて、ということ)

 

とか(たとえばですよ)、

 

そこに何か、先々のことを戦略的に考えて、「あえて」今その選択が必要だと思ってやってるならともかく、そしてそこに向かって今の最善を常に尽くしてるならともかく(←ここ、「考えてる」だけで「やってない」人もめっちゃ多いと思う。)、

何も考えてないなら、

その上で

「好きに生きてます!」

「今がしあわせでサイコー!!」なら、

 

 

頭、大丈夫??

 

 

って、聞きます。あえて。真顔で。

 

そして、

 

現実(と今の自分)、明らかに見たら??

 

と言います。これも、あえて。真顔で。

 

で、その上で、

きちんと見た上で、明らかにした上で、

何か必要があって、戦略があって、考えがあって、ならば、

堂々と自分の信じるままに、その道を突っ切るのだ。

 

突っ切りながら、亀のような歩みでも一歩ずつ、

自分の望むほうに、階段一歩ずつでも昇っていくのだ。

 

それが、「人間」ってことだと思う。

 

 

猫や鳥や猿とは違う、今日エサが食べれればいい、何も考えないというのとは違う、

「人間」ということ。

※猫や鳥や猿が「劣ってる」ということではありません

 

「自分を生きる」ということがどんどん言われてきて、

「今が良ければ」「自分が良ければ」「人と比較しない」「常識なんて、周りなんて関係ない」が変に独り歩きしてて、そういう人が増えていったら、それに対して

「”みんな”がそう言ってるならそれでいいや!」って思考停止して自分をごまかすのなら、

結局は「”みんな”が我慢してやってるんだから」って生きてる人と何も変わらない。

 

そんなの、サイコーにかっこ悪いよ。

(まだ、自分を犠牲にしてがんばってる人のほうが、人の役に立ってるからまだマシかと。)

 

わたしはこれからも、状況はどうであれそのときどきで、

自分に対して胸を張れる、カッコイイ生き方していきたいし、

それがどんなにか(最初は)勇気の必要なことだと知っているからこそ、

そこに進もうとする女性を応援したい♡

 

そのためにこの仕事してるのです♡

 

けっして、

自分を明らかに見ようともせずに、安心したい、今の自分でいいって思いたい、誤魔化していたい、ラクでいられればそれでいい、

そんなオ◯ニーな生き方に付き合う気はありません!!

 

なんかちょっとそんなことを、最近はますます強固に思っています♡

そして本当はみんな、全員、わかってるはず!気づいてるはず!!!

 

すぐに大きなことなんてできなくていい。

小さな一歩一歩でいい!

わたしもそうしてやってきた♡

だからこそ、「今」ここから!!

 

自分にこそ胸を張れる、カッコイイ生き方をしていこう♡

 

 

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