「すみません、ただのオンナに戻ります」。

「ただそのままのわたし=ただのオンナ」に戻って生きる喜びとその日々を綴っています◎

【番外編】「子どもために」というおこがましさと、滑稽さ。モヤモヤ事件が思い出させてくれた大切なこと。④

今日は伊豆の我が家に講座生に来ていただいて、

初めての自宅での対面レッスン!でした!!

 

やってみての感想は…

 

 

なんか、すっごく!!

 

 

すっごく良かった〜〜〜〜〜!!!!

 

 

です!!❤

 

東京から、伊豆に来るのは初めてという講座生も、

すごく良かった!と言ってくださって*^^*

 

やっぱり伊豆で講座をやりたい!❤

 

しかも今度は、みんなで!❤

 

きっと良い会にできる!❤

 

と、

抱いていた漠然とした願いが「できる!❤」と具体的な確信に変わりました^^

 

日程も、ほぼ決めました!

 

詳しくは明日、また、

今日のレッスンのレポートとともに記事にアップしますね^^

 

さて、

こちらの記事の続きです!

↓ 

santasantasan.hatenablog.com

 

 ちょっと、番外編的要素になります^^

(完結編があまりに長くなってしまったので、一度アップしてからコピペして別記事にわけました^^;)

 

 

「子どものために」ということで、自分に過度に無理させたり、

自分を縛り付けたり、

清く正しくあらねばと苦しんだり、

 

そういうのがもし嫌だな、苦しいな…って思うのなら、

こんな捉え方もありなんじゃないかな(てかあながち間違ってないと思うわーー)、

みたいなことを前回書きました◎

 

で、だけど、そんなときに、

 

「そんなの自分に許しちゃったら(そんな“我がまま”に生きてしまったら)

赤ちゃんに何かあってしまうんじゃ??」

 

っていう不安やこわさを感じる方もきっといますよね。

 

で、それをどうしたらいいかというとですね…

 

 …

 

 

 

 

 

 

  

どーしようもない!!

 

 

諦めて!涙

 

とゆうかね、わたしが思うのは、

「生かされてる」っていうのが真実なのであれば、それはつまり、

「(ある日突然、なんの予告も意味もなく)命を奪われる」

 

ということも、どうしたってセットなはずなんですよね。

天災とか、事故とか、原因不明の病気とかね。

 

そのリスクは、自覚していようがしていまいが、

みんな平等に持っていると思うんです。

 

だから、それを避けることって、たぶん、できないんですね。

(前記事で書いたとおり、明らかにそれやったらアカンだろう!!というものをやってしまうのは違いますが。)

 

だから、清く正しく生きてても、

自由にワガママに生きてても、

 

そのリスクも常に抱えてるってことは、

全員等しく同じなはずなのです。

 

 

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輝いて咲くこともできるけれど、死とも常に隣り合わせでそれは選べない。
自然界に存在する生き物すべてに平等な法則です❤


 

それを、自分の在り方や何に気をつけて、それに気をつけて、

栄養バランス考えて、ちょっとでも胎児によく無さそうなことは全て避けて…って、

もちろんそれもある程度は必要と思いますが、

 

自分の何か次第で、命のことまで完全にコントロールしようとしてしまうほうが、

それができるとどこかで思っていることのほうが、

 

やっぱり傲慢だと思うのです。

おこがましいと思うのです。

 

 

起きてしまうときは、起きてしまう。

 

起きないときは、起きない。

 

その「わからない」を、わたしも、

コワイとか思ってないわけじゃなくって、

ただ、仮にどんなにこわかろうが不安だろうが、

 

そのときは仕方ない。

 

受け入れるしか、もうしょうがないと。

 

受け入れるというか、諦める。

 

だって、仕方ないじゃない??

そもそも今だって、

自分の力で生きれてるわけきゃないし。

自分も、胎児も。

 

もし何か、万が一のことが起きたとして、そのときは、

 

わたしの人生に、とびきりたくさんの喜びと気づきを与えてくれためっさスーパーヒーローみたいな??

スーパー師匠みたいな??

 

そんな超すごい存在が、有難くも一瞬、この自分の人生に現れてくれて、

そうして瞬く間に去っていった…

 

本当に本当に一瞬だったけれど、もっともっと同じ時を過ごしたかったけど、

でも、ご縁を本当にありがとう。

 

と思うほか、もー、こりゃどーしよーも無い。

 

どんなに嫌でも!

どんなに悲しくても!

どんなに泣いても!!

 

どうしようも無いんです。

生かされてる側の存在だから。

 

今回の一連の気づきを得たとき、そんなふうに、

ほんとうに無理なく、自然と、

そんな「どうしようもない」を受け入れるしかないやね、という気持ちになってきました。

 

なんか文章で書くと長ったらしくて思考的になっちゃうんだけど、
気付く時はこれらが一瞬に全部つながって

ぱーーーー!と感覚でわかった・落ちた って感じです。

 

 

でですね、このモヤモヤから始まった一連のことが、

大切なことを思い出させてくれたんですよね。

ってそれがタイトルに書いてあるのに番外編て!

 

というのも、もうすっかり忘れてたけど、

これとほぼまったく同じ「諦め」を、

自分が以前もやってきたことを思い出したんです。

 

それは結婚に関して。

 

わたしは、このブログでも散々書いてきたとおり、

現旦那のジョーさんのことが大好きで大好きで、

結婚したくてしたくて、

でもジョーさんが全然その気になってくれなくて、

 

なんとかその気になってもらいたいと、

心のことを学んでみたり、良い彼女になろうとがんばったり、、、

 

いろいろ悩み、いろいろやってみたものの、

 

しかしテコでも動かないって感じで、

 

で、

わたしの中の何かがプチンと切れた。

 

そうして、悟ったというか、

 

自分で在れる以外、

 

もう、本当にどーしよーもないのだから、

 

(無理したって、取り繕ったって、隠したって、わたしがわたしであることは変えられないのだから)

 

それで一緒にいられない関係なら、

 

結婚できないのなら、

 

もうそれは仕方ない。

 

結婚、わたしにはムリ!!

 

諦めるほか、選択肢、なし!

 

と。

 

「結婚という制度」にわたしという人間をムリに歪めて寄せていくなんてできないのだから、

(できたとして、いつか必ずボロが出る)

 

わたしを歪めなくては、誤魔化さなくては結婚というものができないのなら、

 

それはもう仕方ないんだろう

 

と。

 

だってそれしかしょうもないじゃないですか。

嫌だけど。

 

で、なんかすごーくスッキリして、

ただ自分のことだけ見ていこうと、

ワクワクした気持ちでこのブログをスタートして。

 

そしたら、自分を歪めること(のストレス)を手放したぶん、

ジョーさんに、自分の自然とできるところで、優しくなれていったり、

なんかわたしが勝手に一人でゴキゲンに生きられるようになったんですかね。わかんないのかい。

 

その結果、なぜかジョーさんの気持ちが徐々に傾いていって、

結婚できたんですけど。

最終的に結婚できると思ってそれを狙って諦めた、じゃないですよ!それ諦めてるって言わない。笑

 

 

だから、このときとまったく同じで、

 

赤ちゃんがお腹に宿って、

たまたま(世間的カテゴライズで)「母」「妊婦」という立場がわたしに追加されても、

 

わたしはただわたしで在る以外、

やっぱりどーにも何もできないわけだということを、思い出したんです。

 

それで、仮に、もし、万が一、億が一、

その姿勢が子を授かるためには傲慢だというのなら、

そんなことが許されないというのなら、

そのときは

 

母になれなくても、もう、仕方ない。

 

そう思うくらい(そこ絶対関係ないと思うけど。)、

「わたしがわたしである」って、

もうどうしようもないことなのですよ。

息吸って、酸素吸うな!!って言われるくらい、ムリなレベル。無茶なレベル、死ぬわ。

 

で、わたしが思うに、みんな、

なんとか自分を変えられる、と勘違いしているだけで、

全員、それは同じだと思うんですよね◎

 

 

で、そんなわたしでしかないけれど、それでも、もし、

「良いよ〜(仕方ない〜〜)」

って受け入れてもらえることがあるのなら、

 

そしたらもう、全力で、

「わたしでしかないわたしなりに、無理なくできること」で、

思い切り、大切にするよ!!!❤

 

思い切り、わたしなりに愛を表していくよ!!!❤

 

と思っています❤

 

それは、パートナーに対してもだし、

友人や家族に対してもだし、お客さんに対してもだし、

全員に対して同じ姿勢ということ。

 

認めてくれたら愛すよ、大切にするよ、って意味じゃなく、

わたしはこんなんでしかいられませんが、

でも、こんなんでもよろしければ、

わたしのほうは全力で(わたしなりの)愛を放つよ〜❤って

わたしはもう決めているので、

あなたが選んでいいよ❤っていうことです^^

 

赤ちゃんに対しても、これと同じ姿勢で、それでいい、

とゆうか「いい」というよりも、それしかできないしね!ってことに

肚が決まれた気がしました。

 

ベビーに対しても、ただわたしで在るだけ!

 

「世の中的に良いとされるお父さんとお母さん」を目指すのではなく!

 

そんな風に、今は思っています❤

 

 

でもこれね、何度も忘れるんですね、きっと…。

 

特に実際赤ん坊生まれたらきっとね。

 

マジでわたしがなんとかしないと!!!

この子のしあわせ、わたし次第!!(わたしにかかってる!!!)

 

とかって思っちゃうんだろうなと。

 

そりゃ目の前にブツがいたら、どうしたってそう思っちゃうよね。“ブツ”て。

 

 

 だからこそ、何度も何度も。

 

こうやって、何かあるたびに、

自分と向き合って、思い出そう!と^^

 

で、心に刻む◎

 

そのたび、思い出せばいい◎

 

そう思って、やっています^^

 

そしてこの、

「モヤモヤからの、自分への気付き→自然と執着みたいなものが取れる(良い意味で諦められる)」

の流れは、

自分で意図的に作り出せるので、

それは女性のための生き方講座で体得してもらう予定です^^

 

そうやって、いろいろなどうしようもないことを諦める(受け入れる)器を育てていけたなら、

人生ほんとに生きやすくなる。

(ホッとする❤)

だって、それがそもそもの女性の強みですもん!

現代に生きるわたしたちは、そのもともと持ってる強みがあることを、

それを育むことを、

ただ忘れてしまってるだけなんですよね^^

 

事例として、今回の話がものすごく格好の事例になると思うので

(単なるワガママで正当性ゼロというところからして^^;)

今回の実際のわたしの中に起きたモヤを事例に、

どう紐解いていくか、自分を導いていくか、

具体的にお話しさせてもらおうと思います♪

 

今日の対面レッスンを通して、

きっと良い時間を持てると確信したので、

ご興味ある方はぜひ参加ご検討くださいね♪

 

では、ほんとーに長くなりましたが、

「子どものためシリーズ」、これにて完!

 

皆さん、素敵なGWをお過ごしください^^❤