「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

「委ねるって、訓練だ!」〜心拍確認ができない、成長が遅くて育たないかも、と言われた2回目の検診。

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畑に来てくれる伯母さんが庭で取れたあまなつをたくさんくれて、すごい助かってます。。。!

 

 

「委ねるって、訓練なんだよね。。。!」

 

これは先日、実家の母と電話していて母が言ってた言葉。

 

実は最初の検診から約一週間後の今週の頭に再度検診に行って、

赤ちゃんの袋?は成長していて子宮外妊娠の可能性は無くなったものの、

まだ心拍が確認できないのと赤ちゃんの成長も週数のわりに少し遅いということで、

病院の先生からは

「もしかしたらこのまま育たない可能性がある」というお話をされました。

 

そのときは

 

えー!!(;□;)

 

って、まさにこの顔文字のように↑ポロポロ泣いてしまったんだけど

その日のうちに母に電話で話を聞いてもらったり、

また自分の気持ちを書きながら丁寧に向き合ったりしたら、

本当に不思議だけれどすっかり気持ちは落ち着いて、

 

どう騒いだってどうしようもないし、わかりようもないことなのだから、

次の検診までのんびり過ごそう、と、気持ちはみるみるラクになりました。

 

(つわりは気持ち悪くて身体はラクじゃないけど…)

 

だって、次の検診まで今回はかなり時間が空いていて、

同じように時間が過ぎるのを待つなら、結果が変わらないのなら、

その間、ハラハラドキドキ不安まみれのいたたまれない気持ちで過ごすよりも、

できるなら穏やかに心リラックスして笑顔で過ごしたい。

 

それは諦めてるのと違くて、

やっぱり、自分が心おだやかにしあわせを感じて生きることと、結果(外側)って本当に関係ないんだなあと思ったのです。

不安や心配もありながら、スッキリしないまま、つわりで気持ち悪くて苦しいなあってなりながら

でも同時に、

しあわせであることは全然可能なんだなって、

改めて強く確信することができました。

そしてそれは、紛れもなく赤ちゃんがここに来て、教えてくれたことだよね◎

 

そんな感じで、気持ちは不思議なくらい健やかに過ごせてるのですが、

(ちょっとこれ、何か蓋してるのかな?わたし、変?とかも疑ってはみたのですが^^;。やっぱりそういうことじゃないと思う◎)

 

しかし実家の母のほうが、

次の検診まですごくハラハラドキドキしてるような気がして…^^;

 

用事があったりして電話すると、

「どうしたのっ?!(なんでも話してごらん!!)」と、構えてくれている?のが電話越しに伝わってくる^^;

 

なんか申し訳なかったなあと思いつつ、

そうは言っても我が母と言えば、

 

長女(わたしの姉)が6歳の時に小児がんになったり、

しかもほぼ助かる見込みは無いだろうって診断されたり、

そんな宙ぶらりんな状態から数年間も娘が髪の毛抜けるとか、副作用で吐くとかの厳しい治療が続いたり、

そのあと、次女(わたし)も別の病気になったり、

自分も流産したり、

最近では自分の親を立て続けに自宅で看取ったり、

 

そんなふうによっぽど、抗えないことを受けとめて生きてきた(経験してきた)エキスパートだと思うんだけど、

けどやっぱり娘(私)のこととなると(自分のことだったら耐えられるのかもしれなくても)すごく

そんなにドキドキハラハラしちゃうんだね(いくつもの関門?をくぐり抜けてきたお母さんでも。)、って素朴な感想を述べたら、

 

「そうねえ。。。」と、

そして、冒頭の言葉を述べてたのでした。

 

母はここ数年、キリスト教の勉強をしていて、

本当につい最近、洗礼も受けてキリスト教徒になった(?←よくわかってない)のですよね。

でも別にお墓とかは一緒に入れるらしくて、わたしとしては

「洗礼オメデトー!おつかれー!!」みたいな軽いノリでねぎらっただけなんですけど。。。笑

 

それで母は毎日神様にお祈りをするらしいんですけど、

そのお祈りをするときは、

「お願い」はしちゃいけないんですって。

 

詳しいことは忘れましたが、

「感謝」と、あとは「委ねること」、みたいな…。

 

だけど、母としては、

「委ねるってほんとに難しい…」と。

 

なんて言ってたか、正確には忘れたのですが、母いわく、

 

「(今回のわたしのことは)本当にどうしようもないことじゃない?

 

どうにもできないじゃない。

 

だから委ねるしかできないって、頭ではわかってるんだけど

こんなにも人間って、どうしようもないことをどうしようもないと受け入れられないものなのかと…

こんなにも委ねるって、ただそれだけのことが、難しいことなのかと…

それをすごく実感するのよ〜〜〜。」

 

と。

 

それで、

 

「だから、委ねるって、訓練なのよね。

 

訓練しないと身につかないものなのよね。」

 

と。

 

 

訓練…

 

訓練…。

 

訓練…!!

 

 

わたしは、この母が何気なく言った言葉が、すごくスコーンと来て。

 

そうだな!と思ったんです。

 

わたし、訓練だけなら、きっとひたすらしてきたわ!!

 

と!!

 

てゆうか、

 

このブログは、その訓練の記録(軌跡)じゃん!!

 

と!

 

それは、最初は、ジョーさんが結婚してくれない(する気がない)、というところから始まり。

 

そして、ジョーさんの仕事も。

 

なんのアテもコネも計画も貯金もないのに、

「自分で仕事する」ってもう決めてるとか、

 

そしてジョーさんが書いてたブログでちょこちょこ、広告収入の話とか来ても(=それなりに日銭が稼げそうな話が来ても)、断っちゃうし。

 

そして昨日も二度目の重版の報告させていただいたとおり

運良く、ジョーさんが本の執筆の話をいただいて、

せっかく本を出せて、はてなブログさんからもインタビューいただけて、

本当にちょっとばかしだけど、はてなブログ界隈で信用ができて、名も知れて

 

ならフツー、ここで、

「ブログをちゃんと育てて、そこから仕事につなげていこう(仕事につなげていけるチャンス)」って思うようなところを、

 

せっかく、

ああここから、お仕事軌道に乗っていく兆しが少し見えてきたなあ(ジーン。。。)ってわたし、ホッとしてたのもつかの間、

 

ジョーさん、なんのためらいもなくブログ辞めちゃうし!

 

えー!!!今ー!!!(驚愕)

 

と思ったよね。

 

今も、もうひとつ大きめの仕事の話が随分前から来てるのに、

「今の企業さんのほうの仕事をしっかりやってから」と待ってもらってるし…。

(いつまで待っててくれるかわかんないのに!!)

 

…そんなふうに、仕事においても、結婚においても、

わたしは早く安心したいのに(安定してほしいのに、安心できる結果がほしいのに

 

本人はそんなのどこ吹く風で、

どこまでもマイペースに、自分の思うままにしか動かなくて。

ある意味真面目だし、やるなら絶対的にやる、という姿勢があるからであって、それがジョーさんの良さではあるんだけれど。

 

そんなこんなで、結婚も、仕事の安定も、ジョーさんという人の性格も、

 

コントロールするのを何度もすっぱり諦めてきた。

 

つまり(一応)委ねてきた。

 

それは、お金に厳しい生活が続くかもしれない未来も受け入れるということで、

それはすなわちウェディングドレスを着ることや、

友達がしてきたような素敵な結婚式を挙げることや、

家を持つ(買う)ということも諦めることと繋がってた。

(個人事業主は信用が無いので一般的に家を購入することはなかなかできません)

 

そしてこの生き方をしていく中で、

自分の性格も、傾向も、

いくら変えたくても嫌でも変えられないんだと、

受け入れて一緒に生きていくしかないんだと知った。

 

そうして最近は、

自分が親や先祖から引き継いでいるもの、目に見えない何かも、

その中にはもしかしたら、なかなか赤ちゃんを授かれないかもしれないことも含まれるかもしれないことも、

そうして人生で起きること、遭遇すること全て、

そもそもコントロールできないからこそ、

委ねて受け入れて生きていく気持ちが随分と定まってきた。

 

santasantasan.hatenablog.com

 

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結婚や、結婚式や、仕事のことや、お金のことや、家を持つということは、

思いもよらぬかたちで結果的に叶った、しかも最善のタイミングで、

ということが今のところ多くて、

自分自身も「諦めた(委ねた)」という瞬間があったこと、

そしてそこにはいろんな葛藤もあったことは

もうすっかり忘れたりもしてたんだけれど。オイー。

 

でも忘れていた一番大事なところは、やっぱりそこだったんじゃないかと思ったのです。

 

そしてそれは、訓練でもあって、

けっして大きな事ではないけれど、

30代の自分の人生の中でそれなりに起きる

「上手く行かせたいのに、コントロールしたいのに、どうしようもできないこと」を、

 

嫌だからとなんとか無くそうと、避けようとするでもなく、

 

良いことだけ引き寄せられないかと画策するのでもなく、

 

それを狙ってラクになりたいからと、簡単に何かを手に入れたいからと、そのために何かを学ぶのでもなく、

 

嫌なことや望まないこと、コントロールできないことが早く過ぎるのをひたすら心に嵐吹きまくりながら心穏やかでない状態で神頼みしながら、あるいは自分と似たような人(で上手く行った人)をひたすら検索しまくったりして時が過ぎるのを願うのでもなく(笑)、

 

委ねて、受け入れて、共に生きていこうとすること。

 

 

その上で、「自分は、そうはいっても、こういうのが好み(こういうのは好みじゃない)」って、明確に持つこと。

 

それはものすごくスッキリしないのだけど、

 

(ただ思考停止して気持ちに蓋をして「受け入れます」とするか、「自分の好みはこうだからなんとかコントロールしてそれを実現しよう!」とするか、

どっちかに振れてしまうほうが気持ち的にはラクでスッキリするから。)

 

ものすごく自分の器を大きくしてくれる。

 

で、その大きくなった器は、結果が伴わなければ無駄じゃん、ていうもんでもなくて、

ものすごく、自分を支えて守ってくれると思うんです。

 

苦しいとき、コントロールできない何かに直面したときに、

ものすごく、心の拠りどころになってくれるのだと。

 

それで、それは、そのときどきの目の前のそれらに遭遇したときの“在り方”で、

”訓練”で磨けるものなんだなと。

 

わたしの好みは、できるなら、

 

【一つの出来事からいろんなことを学んで、自分の器を大きくすることができて、

結果として、良い結果も同時に手に入れられる(今回で言うなら、赤ちゃん無事に育ってほしい)】

 

という欲張りなやつなんですが^^;

 

それが「今」叶うのかも、「未来に叶うことがあるのか」も、

本当にわからないんですよね。

 

そしてわからなくてスッキリしないことって、

本当に怖いんですよね。

 

死にゃあしないって、それもわかってるのに、でも怖いという。笑

 

ただ、だからといって自分の願いを「かなわないかもしれないから」と最初から蓋することをわたしはしたくないし、

かといってコントロールしようともしたくない。

 

それは、コントロールが悪いからじゃなくて、

コントロールできないものをしようとした途端、

自分がものすごく苦しくなるから。

 

わからないだけでもそれなりの苦しさはあるのだから、

そこでわざわざ自分からさらに苦しさを上乗せしたくはないです。^^;

 

で、そんなのわかってるけどできないに決まってる!ってなるかどうかは、

やっぱり、

どれだけ今まで自分と向き合って訓練してきたかの積み重ねじゃないかなあ。

 

積み重ねれば結果が出たときの悲しさがコントロールできるわけでは決して無いけれど、

少なくとも、今は健やかに(気持ちは)過ごすことができるんじゃないかなって思う。

 

それはわたしにとってすごく大きな豊かさなんだけれど、

でも、

「結果が出なくちゃ意味ないし(結果さえ手に入るならいくらでも今が苦しくてもいい)」という考え方もあるだろうから、

これもやっぱり好みなのですね◎

しかし今を苦しめば結果が出るかというと決してそうじゃ無いから、やはり考えものだと思うのですが!

 

今、無事に育っているのかいないのか皆目わかりませんが、

 

(つわりがある=ちゃんと育ってる、とは限らないんですって。もうそうなったらほんとどうしようもないというか、委ねるしかないですよね。。。!)

 

赤ちゃんが与えてくれた貴重な訓練の機会(?)を大切に。

そしてそれは、目に見えるかたちがどうなったとしても、

見えない部分ではけっしてゼロには戻らず、

必ず未来へとつながっていくと思うから。

 

一日一日健やかな気持ちで過ごしたいなと思います^^