「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

頭で抑えられない、喜びの気持ちが先に勝手に飛び出ちゃう、そんな素敵なDNAを受け入れ生きていく◎【夜桜デート^^】

近所の川沿いの桜が満開になり、今週末までライトアップがされているということで、

昨日はジョーさんと夜桜デートしてきました*^^*

 

ジョーさん撮影のすてきな写真とともに御覧ください◎

(わたしは全然綺麗に取れなかったので…)

 

 

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小さな灯籠が素朴に並んでいます◎

 

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「東海館」をバックに。

 

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橋からの眺めも、昼間とはまた全然違います。

 

 

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「東海館」の前の通りは桜はありません。

でもこちらも木々も緑が濃くなり、建物とのコントラストが華やかな桜のとおりとはまた違って、

とっても荘厳な感じの印象を受けました^^

 

 

平日にもかかわらず、通りはたくさんの観光客の方たちで賑わっていて、

浴衣を来て、すれ違いざまにお風呂上がりの香りをふんわりと感じる方たちも多く^^

韓国系?の外国の若い方たちもちらほらお見かけしました。

 

暖かくなってきてから、特に週末などは伊東駅周辺の観光通りに本当に人が増え、

ランチを食べに行くとき、人がわちゃわちゃと通りにいる光景を見るたびに、

ものすっごく!嬉しくなります!

 

「伊東に来てくれてありがとうぅ〜〜〜ありがとうぅ〜〜〜

楽しんで行ってくださいね〜〜〜」

 

って、

ジョーさんの手を繋ぎながら、一人でニコニコしながらぶつぶつ呟いてます。笑

あやしいです。笑

 

でもそれくらい、嬉しい。

 

ジョーさんの仕事の発展やお客様の吉報、成長の様子もそうですが、

地元に人が好んで来てくれることも、同じくらい嬉しい。

 

そうすると、人(人?)の発展を喜んでいるようで、

結局そのことでHAPPYをもらえてるのはわたし自身なのです。

つくづく手頃な(ところで簡単にしあわせを感じちゃう)人間だなと思いつつ、

この生き方がやっぱり好きです^^

 

 

さて、昨日おとといとわたしの近況記事を更新させていただいて、

 

santasantasan.hatenablog.com

 

santasantasan.hatenablog.com

 

見てくださった方の中から、「おめでとうございます!」の温かい言葉をいただけて本当に嬉しかったです。

本当にありがとうございます!

 

意外なところというか有り難いことに、先日ジョーさんの新しい仕事のことを書きましたが

 

santasantasan.hatenablog.com

 

こちらでジョーさんとお仕事連携してくださってるお客様先企業のスタッフさん・関係者さんというのは、

つまりわたしがかつて東京に居た頃、たくさんお世話になった方々でもあるのですが、

その方たちがブログで知ってくださったりして、おいそがしい中わざわざジョーさんを通じて「おめでとうございます!」ってメールくださったり。

(本当にありがとうございました!!)

 

他にも、今週末、東京で初回の対面レッスンがあるのですが

(※東京での対面レッスン受付はすでに終了しました)

その方が

「今週末は伊豆にわたしが行きましょうか?」

とわざわざ声をかけてくださったり。

もちろん、お気遣いに感謝を込めて大丈夫です!とお伝えしましたが!!本当にありがとうございます!

 

そうして意外だったのが、

それらのお祝いの言葉をくださる方たちほぼ全員、

 

妊娠・出産経験のあるママさんたちだったということです。

 

本来であれば、

ご自身が妊娠・出産の経験があれば、

 

・妊娠5週目

・やっと胎嚢っぽいものが確認できたばかり

・そして心拍の確認さえまだ出来ていない

 

この状態がいかに、まだまだ「おめでとう」といえる状態ではない、いろんな可能性が含まれるものかは

身をもって、もしくは様々な周りの方たちの妊娠の体験を通じて、

十分ご存知のはずなんですよね。

 

実際、医療機関では心拍確認できてからでないと

(万が一のときのため、妊婦さんの気持ちも考えて)

「おめでとうございますって言っちゃいけない」

というルールがあるっぽいです。

 

それくらい、まだ、社会的に見て、

「どうなるのかわからない状態」なのだろうな、と思います。

 

でも、

そういったこともしっかりわかった上で、あえて

 

「おめでとうございます!」

と伝えようとしててくださるその気持ちが!

 

すごく有り難いなと思うし、

本当に、とっても素敵な先輩女性たちだなと、

ジーンとしたんです。

 

そしてそれって、わたしだから、っていうのに別に限らず、

それくらい女性って、もう本能的に、

 

新しい命の誕生を思わず喜ばずには、

 

思わず祝いの気持ちが湧かずには

 

いられないのじゃないかな?

 

と思ったんです。

 

それがどんなに、

 

頭で考えたら、

まだどうなるかわからない、危険もいっぱいある、

何かあったときのことを考えればぬか喜びさせちゃいけない・しちゃいけない、

 

そうやってどんなに頭で「制御」しようとしても、

 

そんな制御なんて利かないくらい本能的に、

 

思わず「うわぁ!❤❤❤」って

 

喜ばずにはいられないんじゃないか?

 

と。

 

週末のお客さんにも、気を遣わせてしまって申し訳なかったなあと思う反面、

その方も二人の男の子のお母さんらしくって、

 

そしたらそれは単に「わたし個人」への気遣いというだけでなく、

本能的に、「新しく芽生えた命に(それが誰の子であっても関係なく)無事に生まれてきてほしい!」っていう

その方の女性として自然に湧く想い(本能)からの気遣いだったのじゃないかな?とも感じたのです。

 

そう、

だからもう本来、オンナはDNA的にそうなんじゃないか?と。

 

 

だってきっと、はるか昔は、もっともっと、

命の誕生が当たり前に起きていたと同時に、

それが途中で願い叶わず空に還っていくことも

 

同じように当たり前にたくさん、あったのだと思うのです。

 

今の時代よりも、きっと、ずっとたくさん。

 

それでも、きっと、その頃から、

その命の誕生に気づく度に、

共同体のみんなで、大きく喜んで、

 

命が、願い叶わず流れていく度に、

共同体のみんなで、大きく悲しんで、

 

きっと、そういう中で、

命って、生まれてくるってけっして当たり前じゃない、

尊いものなんだって学んで。

 

「まだどうなるかわからないから」なんて、

「この時期からは喜んで、この時期までは抑えて…」なんて喜びの牽制(?)、

してなかったと思うよ。笑

 

そもそも、本当に出産できるまでは、それで、子どもの呼吸が確認できるまでは、

何が起きるかわからないのが本当のところだと思うのです。

 

だから、何かあったときのために喜ばない(祝わない)なんて言ってたら

ずっと何も喜べなくなってしまう。笑

 

でもそれがすごく「自然」で。

 

わたしも、自分のことのほうがかえってまだ実感が湧かないというか、ポカンという感じなのですが、そして不安も恐怖ももちろんありますが、

でも、これまで友人や姉や従姉妹たちから受けた妊娠報告って、

もう聞いた時は思わず

「おめでとう!!」というか、

「わあぁ!!❤❤❤」って気持ちがもう、なんか、先に勝手に飛び出ちゃうみたいな^^;

 

自分も、そうなってしまいましたもん。

 

これはもう、

DNA的に何万年と培われてきたオンナの条件反射なのじゃないかな??と思うのです。

 

そしてわたしはそれって、とても素敵なことだと思うんです。

 

そしてできるならわたしも、

将来、そういう女性になっていきたいと素直に思うのです。

 

それは、この先、子どもを出産するという経験を持てる持てざるにかかわらず。

 

 

そしてね、もちろん、同じ”先輩ママ”でも、

 

「まだわからないから、あんまそういうこと今のうちから言わないほうが良いよ?」

 

とか、

 

「いくら初めてのことで嬉しいのはわかるけど、まだどうなるかわからないの、わかってるのかな??

わたしはちゃんとわかってるから、おめでとうなんて簡単に言えないけど。)」

 

とか。

 

そういう女性ももちろんいると思うのです。

 

それで、それはそれでもちろん正論だし、

それはそれでその人なりの優しさだと思うんですよね。

万が一のときのこちらのダメージというのも心配してくれていると思うし。

 

だから、好みだと思うのです。

 

わたしは、もちろん、このブログではこうしてこんな(もしかしたら見る人によっては)非常識な時期から、オープンに今の気持ちを綴っているけれど、

それは「大丈夫だと思っているから」では決して無いし、

 

そして今の時期から身の回りの人全員に

ペラペラと今回のことを伝えているわけでももちろんないのです。

今はFacebookとの連動もしていないので、友人たちの中でこのブログを読んでくれている人ってまずいないですしね!

 

わたしが伝えているのは、リスクも知っているかもしれなくても、

 

でも嬉しいよね。

喜ばしいよね。

おめでたいよね。

 

って

 

素直に感じてくれる方。

 

 

そして万が一のときは、それも、

 

悲しかったね。

 

つらかったね。

 

って、

 

これも素直に感じてくれる方。

 

上述した、

 

「まだわからないから、あんまそういうこと今のうちから言わないほうが良いよ?」

 

とか、

 

「いくら初めてのことで嬉しいのはわかるけど、まだどうなるかわからないの、わかってるのかな??

わたしはちゃんとわかってるから、おめでとうなんて簡単に言えないけど。)」

 

とか、

それももちろん正論で悪くはないのだろうけれど、

 

わたしは好みではないんです。

 

 

なんでそんなに、”牽制”しなくちゃいけないの?

 

なんでそんなに

「常識的(ちゃんと考えてる・わかってる風)」にこだわらなくちゃいけないの?

 

 

言いたいことも、気持ちももちろんよく分かるけど、

 

何をそんなに気にしてるの??

 

と思うからです。

祝うほうも、祝われるほうも。

 

それは、もしかしたら、ダメだったとき、

「ああ〜ほらね。。。(言わんこっちゃない)」ってバカにされるかもしれないから?

 

まだ何もわからない、早い段階で簡単にオープンにすること・喜ぶことは、

逆の立場のとき、おめでとうなんて言うのは、

いろんな可能性が妊娠・出産にはあること、

「わかってないんだなあ(浅はかだなあ)」とかって見られるのが、怖いから??

 

「残念だね〜」って、

それは痛み入るという姿勢じゃなくて、

勝手に可哀想とか、勝手に下に見られるとか、

そういうことが嫌だから??

 

 

そういう人も世の中たくさんいるって、

わたしもそう思うよ。

 

 

だから、それを想像して、

(オープンにしてしまうことを)怖いなあって思うこともあるよ。

 

 

でも、わたしは、

そういう人たちとおつきあいしていきたいわけじゃない、

 

そういう世界で生きていきたいわけじゃないんだ。

 

 

わたしがおつきあいしていきたい、

生きていきたい、あったかくて安心の世界は、

 

いろいろ危惧して小難しく考えなくていい。

 

いろんな難しいこと・常識、

わかってても、わかってなくてもいい。

 

バカにしあわない。

 

経験に、勝手に優劣をつけない。

 

勝手に可哀想扱いしない。

 

そして、

 

狭い、常識、人間的な価値観(今の世の中の当たり前基準)ではなく、

「その人にとって、こうなんだろうな(嬉しいんだろうな、悲しいんだろうな)」

というところを尊重しあう

 

そういう優しい信頼の世界で生きていきたいのです。

 

 仮に何かあったときに気を遣わせる・心配させることを気にしてしまうなら、

させたらいーと思うのです。

 

ダメージがでっかすぎてちゃんと報告できないとか、

至らないことがあったとしててもいーと思うのです。

 

それは信頼だと思うのです。相手への。

 

そしたら逆の立場になったとき、人のそれも受け入れられると思う。

そうしたら、いろんな心配しすぎず、気を使いすぎず、

少しずつ女性がみんなオープンに緩んで生きていけると思うんです。

 

器も拡がる。

 

もしくは、

わかってない(バカっぽい・浅はか)と思われたくない、とか、

何かあったときの「周りの反応」とか、

「そもそも”フツーはどうか(皆と同じように)”」とか、

あとは「何かあったときに自分(母体)のせいだと思われたくない」とか、、、

 

そういうことを気にして、

そういう価値観を基準にして自分の言うことやることを取捨選択していたら、

とっても疲れてしまうと思うのです。

 

なんだか常に緊張状態になってしまうと思うのです。

 

わたしはそういう生き方や、そういう暖かくない世界は嫌なのですね。

 

なら、まず、自分が心をオープンにすること、だと思うのです。

 

誰がなんとかというかもしれなくても、

世界は優しいのかもしれないと(仮に優しくなくて傷つくことが起きたとしても)

 

まずは自分が心を開いて生きてみる。

 

(そして経験を重ねて、「この人はこの部分では違う世界で生きてるな(通じないな)」と思ったら(※それが悪いとかじゃなくてね)、そこにまでいちいち”寄ろう”としないというのも大事なこと。それでも大事にしたい関係なら、通じ合えるとこで仲良くしたらいいんですもん◎)

 

最初、DNA的に、もう勝手に嬉しくなっちゃう、お祝いの言葉を伝えたくなっちゃうっていうのはオンナの本能なんだろう、って書いたんですけど、

でも、

そんなDNAに組み込まれてる喜びさえ、人によっては曇がくれしてしまうほど、

いまや妊娠・出産さえも、

「優劣の比較対象」になってる部分もあるかもしれません。

 

周りの友達が結婚したら、お祝いの気持ち反面、焦る、とかと同じように、

喜びよりも、そのことで、

「自分が劣ってる(遅れてる)」と感じて、

ますます頑なになってしまうとか。

 

なら、結婚や妊娠した友人に心開いて弱音を吐いてみたり、相談してみればいいのに、

変なプライドからそれを出来ない(そして余計に”実際のところ”的な体験をリアルに聞くことができず、ますます「自分だけがダメ」という勘違いをつのらせてしまう)、とか。

 

そういう話、本当にたくさん聞いてきました。

 

それでますます、

結果が出しやすい「仕事」や「キラキラした経験」に走ってしまうとか。

 

それが本当に好きなら良いと思うのですが、

コンプレックスから、結果の出しやすいもの(自分で「わたしもできてる」って思いやすいもの)に意固地になって走ってしまうなら、

本当に、

 

誰のためのなんのための人生??

 

と思うのですね。

 

わたしは、このブログを読んでくれてる女性の方というのは、

そういうことを気にして緊張して、頑なになって、

一人で閉じこもる生き方をもうやめたい、と思ってくれてると思うので、

なのでドキドキしながらも信頼して、このブログに心を開いて綴りたいと思うのです◎

 

そしたら、やっぱり、

それをバカにせず、「おめでとう!」の言葉をくれる方もいて、

そうしたら知らなかった喜びをまた得ることができて^^

 

そして、そうして得た喜び・感謝の気持ちは「万が一」のときにもけっしてすり減るものではないと思うのです。

 

「こうなるなら、言わなきゃよかった」と(そのときは思ったとしても)、

それも大事な経験=財産になると思うのです◎

 

もちろんその中でも、「こいつバカで〜!」みたいに思ってる人もいるかもしれないけど…^^;

でもわたしは、そういう人たちとはお付き合いしていきたくないから、もしそうならそれでいい!と!

 

そんな気持ちで綴っています^^

 

みんなが、リラックスして心開いて、ちょっとバカっぽくても気にせず(?)

安心した世界で生きていけたらいいなと◎そう思います◎