「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

どこまでも終わりが無い。でも、それを純粋に楽しめる自分であれば、最高で最強。

昨晩書いた記事。

santasantasan.hatenablog.com

 

この記事を書く数日前に、記事内で引用させていただいたAさんとはまた別に、

コミュニティメンバーのKさんも、

とてもつらい出来事があったことをシェアしてくれました。

 

Kさんは卒業生の中でもものすごく変化された(=鎧を脱いで本来の自分にどんどん戻っていった)方で、

特にコミュニティに参加してからはメキメキとその成長ぶりを見せてくれていて、

それは心がどんどん軽やかになって気持ちが穏やかになって、生き辛さみたいなものがどんどん無くなっていったさまもそうだし、

そういう心の変化に合わせて、最近では、

Kさんが何もムリや自分に負担をかけないでもできる好条件のお仕事がきまったり、

この生き方を始めてから彼女は初めて彼ができたんですけど、

その彼との結婚が決まってきたり。

 

そんな女性としての素敵な現実の変化も体験されてます◎

 

ランクをつけるわけではもちろん無いのですが、でも、

Before→Afterの変化の幅で言えば(もちろん嬉しいほうの!です!)

卒業生やコミュニティメンバーさんの中では一二を争うのではないかなと思います◎

 

それはやっぱり、Kさんがすごくコツコツ、真摯に自分自身と向き合ってきていて、

どんな見たくない自分もまっすぐ見つめて、

いつもその「今」から出来ることを積み重ねてきたからだし、

そこから必要なときは、何度も勇気を出して一歩を踏み出してきたからだと思う。

 

鎧を脱ぐことって、何かを捨てることって、

やっぱりとても怖いですもんね。

 

特に彼女は学歴もすごく立派だし、それが悪いことなんじゃなくてね!

周りからの評価も高かったぶん、

何かを出来ないと伝えることや、

期待されている中で「本当の自分は違うんです(今までは無理してました)」って見せていくのは、

そうして一つずつ、自分で着込んだ鎧を脱いでいくのは

本当に毎度毎度、とっても怖かったと思うのです。

 

でも彼女はそのたびに、その怖さもちゃんと抱えて進んでいったので、

結果として学歴とか、職歴とか、お金とか、そういうものじゃなくて、

「本来の彼女自身がほんとうに欲しかったもの」を自然と最適なタイミングで手に入れていったし、

結果としてお金にも困らず、そう、何も失っていない状態になりました。

 

やっぱり、大事なのは”結果”ではないけれど、でも、

そうやってコツコツと積み重ねてきた人に結果的にそういったギフトが与えられるのは

とってもわたしも嬉しいことです。

 

それはやっぱり、今の自分に含まれているもの、引き継いだ全てのものを受け取るところからなのかな、と改めて思います。

 

さて、そんな十分しあわせを感じて輝いている彼女なのですが、

ある日の彼女のコミュニティの投稿から、

そんな彼女の次のステージも、

昨日書いたようなところじゃないかな、って感じました。

 

やっぱり、

「女性としての自分のほんとうの心の声に従って生きること」、って、

ある程度、男性性をしっかり育てないと、実行(?)に移すことができません。

 

なぜかというと、それが未熟だと、

「決める」とか出来ないからです。

 

たとえば、上述したKさんのように

「無理してやっていたことをできないって伝える」とかができません。怖くて。

 

もちろんその前には、自分の本音や弱さやどろどろした見たくない気持ちにも耳を傾け受けとめる女性性が育まれてないと無理なんですが。

(なので自分を生きれてない人は結局、本来の自分の気持ちをしる女性性も、それを受け入れて叶えようとする男性性も、両方共未熟ということ。)

 

しかし女性性でいくら感じても、男性性が未熟のままであれば

他人の目や評価や世間的な何、とかを、

怖いなりにも振り切って、自分のペースで進むことができないんです。

 

人からバカにされるとか、残念だねえとかって思われることが怖いから、

何も捨てられなくて、

(捨てたら、結果的に巡り巡って自分に必要であればちゃんとこの手に戻ってくることもあるのに)

結果的に自分の本音の優先順位で人生のあらゆる選択ができなくなってしまいます。

 

世間体とか、人から見てそれなりって思われるには、っていう基準でものごとを選ぶことを振り切ることができないのは、

男性性が未熟だからなんですよね。

 

なのでわたしもKさんも、そして良い流れに乗っている方は等しく、

それを意識してやってるのか無意識なのかはわからないのですが、

この男性性をしっかり育てることができているな、と思います。

(育てること自体は、誰でもできるんだけど、やるかどうか、って感じです)

 

わたしもKさんも、

女性性で気持ちを感じて、男性性で勇気をだして叶えて、、、ってことをしっかり、かなりある程度やってきて、

 

そうしたら今度はもう一度、

グッ!!!と女性性を深めるときが来たのだな、と。

 

なんというか、一つの何か自分なりのコツ・課題をつかんで、

(これはみんな違う。だからこそ、”誰かの場合のそれ”ではなくて”自分の場合のそれ”を知ることが大切なのだけれど。)

 

そのつかんだ課題とそこに向き合うコツを、

コツコツ愚直に続けていくステージがあり。

 

そうしてある程度それを積み重ねていったとき、

(そしてその頃にはある程度のギフト(おまけ・ご褒美)も降ってきている。)

 

あるとき、とつぜん、

今までのやり方だけでは通用しなくなるステージが来るんです。

 

なんというか、天井を感じちゃうとき。

 

今までのままの自分でなんとかゴリ押しでそこも切り抜けようとすると、

全然上手くいかないどころかかえって悪化するようなとき(汗)が。

 

そのときってまた、次の脱皮のときなんだと思うのです。

 

今までの自分から、もう一皮むけるときが来たよ、っていうメッセージ。

 

それはわたしやKさんの場合は、昨日書いたような、

自分の中の痛みを感じることや受けとめること

=女性性をもう一掘り、グッと深めていくときのような気がするんです。

 

で、そんなことを永遠繰り返して、

きっと終わりは無いのですよね。

 

さなぎから脱皮して蝶になってまた世界を楽しんで、

そうしたらまたそこから脱皮が必要なときが生まれて、

そこからまた脱皮できれば、

またもっと違う世界を楽しめる。

 

延々それを繰り返して、生きてる間に何度生まれ変わるのか。

 

いや、それを本来は、命の単位でも延々繰り返してるのか。

 

それを、「このわたしの人生」という単位の中でもやり、

命としての死と生まれ変わりもまた繰り返して、それもまたひとつの脱皮のかたちなのかと。

 

結局どこの単位でもそれを連綿と繰り返しているのが命ってことじゃないのかと。

 

それが役割だから、それを個の今の自分の単位でも向き合って続ける人には、

オマケもとっても多いのじゃないのかな。

 

なんか、なんとかの法則とか、そんなもの何も知らなくて良く。

 

ただただ、こんなシンプルなことだけなんじゃないのか。

 

そんなふうに感じます◎

 

話が逸れてしまいましたが、

そうして新しいステージ、次の脱皮は永遠にあるのならば、

それ自体が楽しいと思えることが結局しあわせなのだと思うのです。

 

それがたとえば、

何かをしていれば、

たとえば「自分の心地よいものにお金を使えば」とか、

そんな「これさえすれば大丈夫」というような唯一の正解を求めて、

あるいはいつも何かを学んだり、新しい「こうすれば」を入れることばかりに安心をしていても、

「そうすれば大丈夫(しあわせになれる、とか、人生大成功!とか。)」なんてゴールなんて、そもそも無いんですよね。

 

だからこそ、その終わりのない脱皮の繰り返し自体を、

そこで感じられる自分の変化を純粋に楽しんでいける自分でありたいのです。

 

それは今の世の中的な「成長、最高!!(ドヤッ!イケッ!!)」みたいな感じのそれじゃなくてね、

赤ちゃんが世界に純粋に興味を持って、手を伸ばして、

自分のできることが増えていくことを喜ぶような、

そんな純粋な喜びなのです◎

 

コミュニティは、もちろん最初は何かの悩みからスタートしても

どこかのタイミングでそういう喜びを素敵だなあとか、

そういう喜びを喜びに思えることに純粋に憧れられる、

そして自分の変化を喜んでいける、

そういう女性が集まっている気がして、だからわたし自身もとても楽しいのです◎

 

コミュニティへの直接の参加は卒業生のみ、

新規の方はまずはschoolへご参加ください◎

 

santasantasan.hatenablog.com

 

では、今日も良い一日を!