「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【振り返り】ただのわたしに戻る軌跡(奇跡)は、振り返るといつも、この伊豆の土地の応援がありました。

昨日の記事でも少し書きましたとおり、

60日間集中講座の初回対面レッスンを、東京都内ではなく、

海と山に囲まれた伊豆にある我が家で行うことにしました◎

 

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海沿いの公園からの景色◎

 

このブログの長い読者さんならご存知のことと思いますが、

わたしは2017年の夏に、住んでいた東京からこの伊豆の土地に、夫婦で引っ越してきました。

 

わたしは生まれも育ちも神奈川県で、

旦那のジョーさんも、東京生まれ・東京育ち。

 

なので、夫婦ともに、

まさか田舎で暮らすことになるとも、

そもそも田舎で暮らしてみたいと思ったこともありませんでしたが、

 

縁あって導かれるようにして、

なんだかとっても自然な流れでこの土地に住まうことになりました。

 

その軌跡は全てこのブログに書いていますが、

思い返すと最初はわたしの母親が、

その頃存命だった祖父母の在宅介護で伊豆に暮らし始めるようになったことがきっかけです。

 

わたしは誰に教わるとかもなく、

ある日突然「自分を一番大切に生きる」と決めて、

試行錯誤でそこに向かい始めたのですが、

ちょうどその同時期頃に、母親の介護がどんどん大変になってきて、

 

「自分を一番大事に生きると決めたけど、本当にこれで良いのだろうか??

(=家族が大変な想いをしてる時に、自分を一番大切にだなんて、傲慢なのではないだろうか??)」

 

と、気持ちがとっても揺さぶられたことがありました。

 

今振り返ると、これまでずっと、親や誰かの気持ちを優先させて、

周りを気にして生きてたわたしだったからこそ、

「自分を生きる」っていうことは未知の世界で本当にとても怖かったし、

だからこそ、本気度を試されていたのだなと思います。

 

でも、そのこわさを抱えながら、一歩ずつ自分なりに「こうしたら良いんじゃないか、ああしたら良いんじゃないか」って思うことを進んでいったら、

ちょうどその頃にわたしの父親が、

伊豆高原の旅館のペア宿泊券に当選して、確かなんかチョロQゲームみたいので。。。

それをわたしとジョーさんにプレゼントしてくれたんですね。

 

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そのときに旅館から見た朝日と、

 

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いろいろ散策している間に見つけた絶景。

 

 

この頃はまだ結婚は決めてもらえていなかったし、

ジョーさんも独立して仕事することを夢見てたものの、仕事のアテは無くて、

わたしも職なし金なしで、貯金を切り崩して生活していて(汗)、

 

旅行になんて行ける余裕はまったく無かったので、

まさに棚からぼたもちで。

 

そのおかげで、旅館に行く途中に介護中の母と、寝たきりになった祖父に

ジョーさんと二人で会いに行くこともできて、

旅館での旅もとっても楽しかったんですけど、

その二週間後ぴったりくらいに祖父が亡くなって、

 

なので旅行があったおかげでおじいちゃんに最期に会えたというのが

個人的にはとっても良かったこととして残っています。

 

それでまた、お葬式で再び伊豆に帰って ジョーさんも来てくれて

そのときはじめて聞いた祖父の人生とか、

そして母が介護を終えたことで、

ますますわたしはもう何も言い訳にせず、

「自分を生きる」っていうことにまっすぐ進んでいくようになりました。

 

きっと、わたしが、「自分を生きることの言い訳・逃げ道はもう作らない!」って決めたから、

おじいちゃんが心配のタネだった母を自由にしてくれたんだなあ、って思ってます。

 

やっぱり、どんなことも、タイミングって、

関わるみんなにとって、完璧になるようになっているんです。

 

このことはもうひとつ不思議なご縁を運んでくれて、

わたしはこの棚ぼた伊豆旅行の頃、

ブログで初めて個人セッションみたいなものを募集したんですが、

その当時たった一人申し込んでくれた読者さんが、

わたしたちと同時期くらいに同じく伊豆高原に旅行に行っていて、

それにも何かの縁を感じて申し込んだと言ってくれたんです。

 

そしてそのお客さんとの初めての個人セッションの日が、おじいちゃんの命日になりました。

その後その方は、かつて募集していた継続コースにも来てくれたり、

わたしにとって、とても有り難いご縁をいただけた、思い出深いお客さんです。

元気にしてるかな。。。Eさん。。。

 

そんなことがあって、母親も神奈川の実家に戻って、

伊豆の祖父母宅は父方の家も、母方の家も空き家になりました。

 

その間、わたしはものすごく、

あんなにしたかった結婚も、

もう結婚なんていったん置いとけ!(それよりも先にすべきことがあるだろう!)くらいに、

自分と向き合って、自分を知って、

ただの自分に戻って生きることのおもしろさに目覚めていって、

それを共有したくて個人セッションをはじめて、

ものすごく生きてることが楽しいなーって

毎日、忙しいけど充実感を感じられるようになって、

よく笑うようになって、

あれだけいつも悩みまみれだったのが、

感謝とか、温かい気持ちを自然と持てるようになって。。。

 

そしたら、本当に不思議なんですけど、ジョーさんが、

どんどん優しくなっていったというか、

前から優しかったと思うんですけど、もっと、わたしのことを考えてくれるようになったというか、

それであんなに頑なに動かなかった結婚に対しても

どんどん意識を向けてくれるようになって。

 

それで、2016年の夏にジョーさんの本の執筆が脱稿した時に、

「ちょっとここのところふたりとも働き詰めだったから、ちょっと息抜きしようよ!

自然にでも触れて、ちょっとのびのびしよう!!」と、

 

それで「じゃあ伊豆の空き家で一週間くらい暮らしてみる??」

ってノリで決めて。

 

この頃から、結果的にこちらに引っ越すまでに何度もプチ旅行的気分で伊豆には足を運ぶようになるのですが、

その頃から、行く度に、

何かインスピレーションというか、

力むのとは違う、自然と溢れて湧き出てくるようなパワーを感じては、

何度も何度も、このブログや仕事の繁栄にこの土地が力を与えてくれていました。

 

その頃の記事がありました。。。。笑

santasantasan.hatenablog.com

 

 

それで、この伊豆での滞在に途中からわたしの両親が合流してくれて、

ジョーさんが両親に結婚の挨拶をしてくれたんですね。

 

「娘さんを幸せにします!!」とかじゃなくて、

「こんな僕たちなのでこれからも心配かけると思うんですけど、自分たちらしくやっていきますので」

みたいな、

なんかジョーさんらしい、

二人らしいあいさつでした。笑

 

そのときにも、ジョーさんと父がお酒飲み交わしてて、そのときジョーさんが、

 

「結婚するなら、自分は”ちゃんと”しなくてはいけないとずっと思い込んでいて、

だから”ちゃんと”してしまったら自分じゃなくなるということでずっと結婚を迷ってたけど、

そうじゃないんだって思った。

だから人がどう見ても、この自分のままで結婚もしようと思いました。」

 

みたいなことを父に言ってくれたんですね。 うろ覚えですが^^;

 

 

それまでの、自分に蓋して生きてきたわたしは、

自分がラクになりたくて、

だからしあわせというか、

しあわせの象徴みたいな”結婚”ていうものが手に入ればしあわせになれるのじゃないか??

(というか周りがそうやって見てくれたら、なんかそれで良い・安心できるのじゃないか??)

という勘違いをしていて、

「結婚というもののイメージ」に「自分」を「合わせていこうとしていた」のだと思うんです。

 

たとえば、

気持ち良く男の人の話を聞いてあげられる女性なら、

結婚が”近づく気がする”から、

意識的にそうしよう!とか。

 

ジョーさんの話が聞きたいと思ってるから聞く…っていう自然な想いからじゃなくて、

ただ、”結婚できる女性”の”イメージがそれならば”、”そこに自分を沿わせていこう”としていたんですよね。

うーん、伝わるでしょうか。表現が難しい。。。

 

で、結局、無理して作ってやってるから、

相手のはなしなんて心からは聞けてないんですけどね。。。汗

 

でも、それまでは、それが【正当な努力】だと思いこんでた。

 

そいうことを、【結婚に近づく努力】なのだと思いこんでたんです。

 

でも、2015年の冬に、そんな自分に自分で苦しくなって、

そして実際、そんなこと続けたところで全然上手くいかないしで、

「もう自分を生きよう!」と奮起して、創り上げた偽の自分のカラを少しずつ壊していったら、

 

ほんとに”ただのわたし”に戻っていって、

結果としてそれが「ただのジョーさん」にぴったりフィットして、

一緒になっても大丈夫だな、って思ってもらえた。

 

とってもとっても単純なことだったんだと気づきました。

 

それで、そんな風にわたしたち夫婦の歩調がぴったりあった日の翌日に、

わたしのブログのお客さんからジョーさんに大きな仕事の相談メールが来て、

 

そこをきっかけに、わたしだけでなくジョーさんの事業もぐんぐん軌道に乗っていって、

結果として内実ともに

「二人はもう大丈夫(お互いの気持ち的にも金銭的にも世間的にも。結果として、ですが!)」

ってかたちになりました。

 

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その日の伊豆の海。台風が近づいていて見たこともない大荒れ状態。。。

 

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我が父とジョーさん。ジョーさん、頭フワッフワだなあ。。。

 

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うちの近所の松川にて。1月に亡くなった祖父の御霊にと、灯篭も流しました。

 

そんな楽しい夏休み?頃から、

ジョーさんとわたしの間で、冗談で、

「このまま伊豆に住んじゃっても良くない?笑」

みたいなネタが発動しはじめました。

 

というのも、わたしたちは当時、ジョーさんの実家だった東京の団地に住んでいて、

しかしそこは立て壊すことが決まっており

一年以内には立ち退きしなくてはいけない、っていう状況だったからです。

 

そうしたら、そのタイミングで母が、

「あなたたちが伊豆の家に住むなら、2階の部屋のリフォームにお金を出していいよ」

と言ってくれて、

 

しかも、半年とか一年とか住んでみて、違うと思ったらまた東京に戻ればいい、っていうような、

とってもラフな感じでの話をしてくれました。

 

最初は都会を離れて田舎暮らしするイメージがまったく無かったわたしなのですが、

何度もジョーさんと伊豆の家を訪れてプチ息抜きをしているうちに、どんどん伊豆ののんびりした空気に心がゆるんで開いてきて、

「ここで暮らすほうが性に合うかもしれない」と思うようになりました。

そして東京生まれ東京育ちのジョーさんのほうが、すっかり伊豆を気に入ってくれたということもあります^^;

 

「やってみて違うなと思ったら、

そのときにまた考えればいい。」

 

…自分に戻って生きると決めて、

いろいろなチャレンジをしてみたり、

そのたび、いろいろなめぐり合わせを受けたりするなかで、

この頃にはもう、意味のないことなんて一つも無いんだ

ということがすっかり腑に落ちて、なんでも軽めのノリで決められるようになってきていたわたしは(しかしもちろんいざというときはこわさはいつも伴いますが!)、

 

最終的に住まうところも、その軽い姿勢で決めたのでした。

 

結果的に、これもブログに書いてきたことですが、

両親の援助と東京の住まいの立ち退き資金で結果的に900万円近くお金も流れ込んできて、

 

まるで動く歩道の上に乗ってきたかのように自分たちは何も変わらず、

ただ、わたしたちらしく生きることで、

気づけばそのわたしたちに訪れる機会(チャンス)やご縁の質、

それらを含む、わたしたちの後ろに映る景色が本当にいっぺんしたなと思います。

 

…長くなりましたが、こうやって振り返ってみると、

そのきっかけの全てのタイミングに、

この伊豆のふるさとの地域が関わっているな、と思わされずにはいられません。

 

ただのオンナにわたしが戻っていく軌跡と、

そこで起きた奇跡の背景には、いつも、

この伊豆の土地の応援があったんだなあ、と。

 

でも、それはお金や何か、人から羨ましがられることが起きることが「成功」みたいなものではなくて、

ただ、自分に戻っていって、その自分を生きたら、それを最優先に大切にしたら、

結果として、

その素の自分にぴったりのパートナーや、住まいやご縁、環境や機会がちゃんと用意されていくんだよ、ということを教えてくれたんだと思っているんです。

 

長くなったので続きます◎