「すみません、ただのオンナに戻ります」。

「ただそのままのわたし=ただのオンナ」に戻って生きる喜びとその日々を綴っています◎

ただ言葉にすることで、自分が自分にしっかりと刻みつけている。【話すということ、書くということ。】

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写真は先日のお昼ごはん!!魚介がたんまりー!ですよね!

ここはとても小さなお店なのですが、店主さんは漁船を持っているようで

その日の朝、漁で獲れた魚介類をもとに、その日の特別メニューが決まるみたいです。

パエリアの添え物がレモンではなく橙(だいだい)なのも伊豆っぽい。

海の幸、自然の恵み、有難くいただいています!

 

 

本日、またお一人、60日間集中講座へのお申込みをいただきました。

ありがとうございます!

予定を確認して、夕方にはお返事をさせていただきますね^^

 

最近 、とても深い感動に包まれるような、

文字通り、胸がいっぱい。。。な濃厚な毎日で。

 

それは、昨日も少し書いたとおり、

こうして「本気!真剣!」っていう講座に勇気を出して申し込んでくださる方がいることもそうですし、

そしてもうひとつは、ジョーさんとのこと。

 

先日少し書いたとおり、ジョーさんはわたしのかつての職場から仕事をいただきまして、

このときの記事のものですね◎ 

santasantasan.hatenablog.com

 

もう毎日毎日、

外でランチをしながら、

家のコタツでお夕飯を食べながら、

そして手を繋いで一緒にスーパーに買い物に出かけながら、

 

本当にいろんな話を、します。

 

それは、グチとか、今日こんなことがあったよーとかっていう話ではなく、

そんな表面的なことではなく、

 

なんとゆうか、、、

 

 

ジョーさんが、お仕事を通じて自分と向き合って、気付かされたこと。

 

そういうのを、話してくれる。

 

それを、ジョーさんはすごく淡々と、サラリと話してくれるんだけれども、

聞いていると、

たとえば仕事先のスタッフさんとのやり取りひとつとっても、

本当にものすごく丁寧に、

自分を省みる糧にしていることが伝わる。

 

その中には、

そうやって、丁寧に自分を省みてしまえば、

少なくとも本人=ジョーさんにとって

見たくないものを見なくてはいけないこともあるだろうし、

今、気付いて向き合ってしまったら、

過去の自分が恥ずかしい…とか、アイタタタ…とか、

そういう悶絶するような気持ちになることもあるんじゃないかな?と思う。

 

それで、それがたとえば、仕事が上手くいっていないとき、

たとえば顧客からの信頼をまだ得られていないとか、

妻=わたしから、何か不満や文句をぶつけられているとか、

たとえばそういう「困った」ときならば、

 

多少痛くても、

自分を省みなくては…というほうに追い詰められるものだと思う。

 

でも、ジョーさんのすごいところは、

今、顧客先からも信頼されて期待されているし、

もちろんわたしも、ジョーさんを絶対信頼しているし、

 

だからどこからも、不満も、不安も、文句も出ていないのに、

むしろ周りは「あなたなら大丈夫だよ」と全信頼を置いているのに、それでも、

 

そこに甘んじずに、ただ、自分だけが自分を「このままで良いか?」「これがベストなのか?」と疑って、

淡々と、自分と向き合うことを怠らないところ。

 

周りの目線や評価は関係無いんですよね。

 

ただ自分だけが、自分をいつも戒めて、疑って、より良いほうを模索してる。

 

自分に対して、自分がいちばん、シビア。

 

だからこそ、結果的に周りから愛されるし信頼されるのだという逆説的なことが起こるのだと思う。

 

だから、わたしにそういった話をするときも、

「こんなに考えているオレってすごい。」って自分に酔っているのでもなく、

「こんなに一所懸命なオレだぜ。褒めて褒めて」ってわたしに何かを求めてるのでもなく、

 

ただ、言葉にすることで、

自分が自分にしっかりと刻みつけている。

 

 

わたしも、ブログやノートに書くってことは、そういうためのものなんですよね。

誰かに見せるために書いているというよりも、

自分が自分に刻みつけていく作業なんです。

 

大事なことが、ちゃんと、自分の中に、残るように。

 

それが戒めの意味のときもあれば、

自分が未来に迷った時に、

このときの真剣な、本気な気持ちを忘れないようにと、

大事なことにいつも立ち返ることのできるようにっていう

そんな願いを込めているときもある。

 

そしてそれは、大変なことなわけでも、

苦しみに満ちたものなのでもなく、

真剣だけど、すごく、

喜びあふれるものでもあるように思う。

 

自分に刻みつけることで、

自分が自分を誤魔化さず、導いていく。

 

わたしとジョーさんは、お互いに語らずとも、

それぞれの仕事や日常の中で当たり前にそれをやっているような気がします。

 

それは独りでひたすらに自分だけと向き合い、自分だけを見つめて積み重ねていくものなのだけれど、でも、一方で

それを淡々と自分の中で重ねていく時間と時間のふとした隙間に、

 

「自分は最近、こんなことに気付いて、こんなことを感じているんだ」

 

って、お互いに、

その積み重ねてきたものを共有し合うこと。

 

それがわたしたちにとって、お昼や夜のごはん時の会話なわけなんですけど、

そうやってね、

 

どうしたってだれにも委ねることができない

自分自身がやっていくしか重ねていけることのできない道のりの上で、

でもそうして、ふとした瞬間にそれぞれが重ねてるものを共有し合えること。

 

それでまた、そこから、自分に刻みつけることや、

気づきをお互いに得ることができること。

 

これが、ものすごい喜びだなあ、と思うんです。

 

わたしも、がんばってるけど、

ジョーさんも、がんばってるんだな。と思えることとか。

 

あ、わたしもちょうど、そんなこと感じていたよ!って、何かが繋がることとか。

 

ジョーさんはジョーさんで、

わたしとの会話から、また、

気付いたり刺激を得たりしてくれているのも伝わる。

 

それもまた、嬉しい。

 

わたしがただひたすら、わたしの人生を本気で積み重ねて行くことが、そのまま、

大好きな人がその人の人生を本気で積み重ねて行くことの役に立てるのなら、

 

こんなに嬉しくて誇りに思えることって無いな。と、

わたしはそう思うからです。

 

今までも、ジョーさんとの会話といえば、

そういうものを生み出してくれていたように思うのですが、

 

最近はお互いによりいっそう、

自分と向き合うことの覚悟や本気さが増したからか、

ふたりとも口数はけっして多くなく、

高揚することもなく、淡々とというか、

どちらかというとぽけーーーーっとしてるんですけどね?笑

 

でも、毎回の食事の時間が本当に濃厚なセッションタイムかのようで、

 

でもそれは、緊張するとか、頭難しくなるとかいう感じはなくって、

ただただ嬉しくて喜びなのです。

 

わたしにとっては何よりもexcitingな時間かなあ◎

 

でも、じゃあいつもそうかといえばそうでもなく、

冗談言い合ってバカ笑いしたり、

ボーっと足湯に浸かったり、

ポテチつまんで映画見たり、

ときにはケンカもしたり、

 

そういうのももちろんある◎

 

全て大切なしあわせ時間◎

 

本気になれる時があるから、緩んでいる時間もよりいっそう愛おしく思えるのだと思うのです。

 

そういうときの中で、ジョーさんもわたしも、

きっとまだまだ花開いていけると思うし、

それをお客さんに還元していける自分たちでありたいよねって、

今はそう話しています^^

 

…今日は、最近のしつこい「本気〜〜」を、

なぜそんなことばかり言うようになったか書こうと思ってたのに、

またうっかり脱線してしまいました^^;

 

またそのことについては次の記事に書きます〜!

 

<募集中です◎>

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