「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

人生はどんなときも、日進月歩でより良くなる方へ導かれている◎【今月二度めの満月】

<お知らせ>週末2/3(土),2/4(日)のグループセッションのお申込みは

2/2(金)朝10時までの募集とさせていただきます◯

 

昨日の記事にも書きましたが、ここ数日、

なんでそんなに。。。というくらいドーーーーンと心が重かったのですが、

今朝、目が覚めたらフーーーっとそれが抜けていました。

 

あら??何かしら〜〜〜?と思ったら、

今日は今月二度目の満月だそうで。

 

ああ、最近のコントロールのまったく効かない得体の知れない重さは

ここに向かって手放しが進んでいたゆえんだったんだな、と

妙に納得しました。

 

それは手放しというよりもわたしには生み出しの苦しみ、みたいなもので、

出産とか、

あと、発熱して風邪が治っていく過程にもよく似ているように思います。

 

出産でいえばきっと、生み出すという行為でいて、言い換えると、

排出する行為。子どもを排出するって、めっちゃ味気ない表現ですが…

 

でもどっちかって言ったら、発熱に近いかもしれない。。。

 

体内のウィルス(排出したいもの)が暴れて、

 

それに心も身体も翻弄されて、うおおおーーーー…って、静かに、しかし確実に苦しい。。。

 

身体はどーーーーーんって重くて、してたしてた。。。

 

頭はボーーーーーっとして、してたしてた。。。②

 

動きも気持ちも鈍くて、つらくて、

それはとても闘っている感じでは無いけれど、のそのそと緩慢としていて。。。

 

しかし見えないところで「自分(の一部)」は必死にそれを排出するために闘っていて、気付いたら、

熱が下がって身体はラクになっていて、

視界も脳内もスッキリしている現象。

 

それはもう、不要となったモノ(ここでいうならウィルス??)を排出し終わって

生まれ変わった証。

 

だからわたしは、手放しっていうよりも今は、【排出】っていう感じがするのです。

 

【手放し】って、なんだか、”手放すほう”と”手放されるほう”が存在するみたいで違和感なのかもしれません。

【有る】が前提みたいになっちゃうというか。

本当は自分以外は【無い】のに。

 

だから、きっとたぶん、もっと、淡々とした、とことん自己完結的なもの。

日々無限に生み出してる自分の中から、もう排出するべきものを淡々と排出しているだけ。

外に手放すべき誰かや何かがいるんじゃなくて、本当は【無い】からこそ、

生み出しをしている自分から、排出して、自分がまた生まれ変わっていくだけ。

 

赤ちゃん、十月十日経っても、まだ排出したくない、入れておきたい、っていっても

いやいやそれ無理だしおかしいよっていうのと同じように(笑)、

 

自分の感情とか心とかのタイミングとかじゃなくて、もう、

排出するタイミングっていうのはきっと、ある程度かなり決まってる。

 

ただ、赤ちゃんと違うのは(苦笑)、

そのタイミングに、蓋をして、無かったことにして、

従わないっていう選択もできる、っていうところでしょうか。

 

本当はおかしいし、もう、排出したがっているし、されたがっていて、それが自然なんだけど、

自分の気持ちが嫌だから、こわいから、

留めちゃう、ってことも、できてしまう。

見ないふり、気づかないふりをしてスルーという選択肢も、取れてしまうところかなと。

 

それが蓄積されると、滞って、いずれ自分を苦しめるんだろうなあと。

 

ウィルスとか、ガン細胞??とか(たとえです。)、

たとえばストレス貯めて、排出せずに、

だんだんと蓄積を重ねて、自分の中で育ててしまって、

のちのち自分がそれに苦しめられるほどの存在に至る、、、というようなのと同じような感じで。

(しつこいですが、たとえです。ガンの人がそのせいでガンなんだとかそんなアホなことではありません。)

 

この生き方をする前は、そうやって蓋をして、自分が追い詰められて、、、

経験、多々あります。。。苦笑

 

そう、で、、、、

実際は、そんな排出は、自分の中で自己完結する、淡々とした行為。

なぜなら外側は、真実は、【無い】から。

 

でも、有るとしか思えないんですよね!

そのときは。汗

 

 

だって苦しいし!

 

だって、誰々がピーピー(※罵詈雑言)だし。。。!!

 

無いって言ったって、確実に、

有るし!!!

 

有るわ!!!!笑

 

 

だからわたしも、めっちゃ勝手に気持ちが翻弄されるし、ほざきます。。。。

 

なんなんだ!!!!

もうやだ!!!!

ウキイィィィィィ。。。。!!※猿ではない

 

 

ノートに書くって、わたし、

書いて綺麗に自分の中だけで完結させられて、

いつも冷静で笑顔で間違いのないこと言ってるわけじゃないですよ。。。

 

そんな高尚な人間じゃないわ!!!

そんなわけないわ!!!

頭でわかってること、そのとおりに100%できるかは別だわ!!!

そこを目指したいのなら、山にでも、こもろう!!!

滝浴びとか、苦行とか、修行しよう!!!わたしはしたくないですが!!!

 

めっちゃ、ジョーさんにも愚痴るし、

負のオーラ晒すし、

口も悪くなるし、人が見ていて超やな感じにもなってると思います!!!

 

自分でもわたし、めっちゃ嫌ですもん。。。

わたしみたいなめんどくさい人間、そばにいたら。。。

 

だけど別に、汚い言葉使ってても、鋭い言葉を採用してしまっていることがあっても、

その人が嫌いとかじゃなく、悪口のつもりも別に無い。

むしろつきあいの長い、親しい人のほうが、

負の感情なんて、簡単に湧くこと多いです。

 

自分のそういう負の感情(誰かを批判したくなっちゃう気持ちとか)を

そもそも否定して受け入れたくない(受け入れられない=だから、変わりたい)人だったら

わたしの言う言葉は聞いていて、ひどいとか、

つらい気持ちにさせることもあるかもしれないけれど、、、

 

わたしは、その過程の感情の揺さぶりまでは自分でコントロールできないし、

できるわたしになりたいとも今のところは思っていなくって、

人がわたしに描く理想はわたしからはコントロールできないけれど、それでも、

「こういう生き方をできるようになれば、そういう見たくないめんどくさい自分を生きられるのだろう(そうしたらラクになれるし)」と、

そういう心の桃源郷のような夢を描かれる存在にはならないよう

もっと体たらくな自分を飾らず生きていこうと

今回の排出で学んだり思ったりもしました。

 

それでそれで、今回すっごく感情揺さぶられたことの背景に、

 

あまりにもいろいろタイミング悪過ぎ。

そしてそのタイミングの悪さ、続き過ぎ。

 

っていうのがありました。

これにしこたま、苦しめられ。。。。

 

だから、苦しいし、のたうち回るし、もう、苦しいの通り越して

しこたまドーーーーンってなるし。。。

 

でも、

こんなにもタイミング悪いことが続くときって、どうしたって、

完璧なくらい最高の展開の序章でしかないでしょう。。。!

 

っていうことも、これまでの経験でもう、

どうしたって確信しかなくって。

確信してることと、そのとき苦しくないのって、全然違う話ですよ!わかってたって、痛いものは痛いしムカーー!!て感じることは感じるわ!!!

 

タイミングをでもなんでも「悪い(最悪)」って思っているときって、

今のわたしの観点(価値観・視点)からでしか、無いんですよね。

 

次元というのかな、

今の自分の立ち位置が変わるときって、

”その視点を持っている今のわたし”そのものを含んだ立ち位置(次元)が丸ごとグニャグニャに歪んで、

別の次元を生み出すんですよね。

まさに、「排出し、新たに生み出される」。

 

でも、それが完了するまでは、

見えないんです。その完璧さとか、意味とか、最高じゃん!っていうことが。

 

だって、今のわたしの立ち位置からの観点しか、

どうしたって持てないんですもん。

 

だからわたしの場合、絶対にその通過点では、

「最悪〜〜〜!!」

「アホみたいにタイミングの悪さが重なるわ!!!アホか!!」

みたいにどうしても”感じて”しまいます。。。

ここで大人な人間で来ている人ならば黙って待てるのでしょうが

わたしはその都度吐き出したりジョーさんに聞いてもらったりしないとできない。。。

人を巻き込みがち。。。(ごめんなさい。)

 

その中で、排出すべきもののカタマリをだんだん、認知というか、感じ取れていって、

ごっそり、あるとき出ていく感じ。

 

それは

「手放します!」なんていうよりも、

それこそ出産のように 出産したこと無いけど。

陣痛がきて、いきむタイミングがあって、

それが上手く重なったときに排出されるというか。

 

自分の意志で決めることで手放すものも確かにたくさんあるのだけれど、

もっとより本質的な根本的なことは、

こっちの都合やタイミングだけではない、というか。

タイミングを見計らっていきみ続けて、

いずれかのときにそれが重なって、排出されたわ〜〜〜〜って

後から察知、みたいな感じ。

 

それはもう、自然界の大いなるリズムとのコラボレーション、

ダンスみたいなもののようにわたしはいつも思うくらいの生み出し(排出)なんです。

実際はそんなキラキラした感じじゃないけど。。。

 

だから、、、

あーーー…、なにこれ、久々キターーーーみたいな、

でもそのときはジョークにもできないような重々しいドーーーンとしたものにヨロヨロとして、

でも頭の片隅には大丈夫しか感じてない、

どこかで肚がドンと座った自分がいて、

そうしてむしろドMか?と錯覚するかくらいの

この最悪がどう最高に、自分の認識が変わるんだろう??という

密やかにワクワクした気持ちと。ほんとに密やかですが。。。

 

同時にそれが存在していて。

 

そしてやっぱり、排出されて、新たに創造されるときって、

月のリズムと重なることが多い。

 

ふと気がついたのは、

前回の「なにこれーーー」なドーーーンな出来事が起きたのは、1/3。

前回の満月の直後。

 

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この日の出来事がきっかけで、鏡張りの世界を認識できるようになった。

 

santasantasan.hatenablog.com

 

このときも、ほんとうに感情はドーーーンと持って行かれたけど、

いやむしろ肚にまで悲しみが落ちていったけど、

このことですごく、

ジョーさんとのパートナーシップの、自分の課題がしっかりと見えて。

 

そしてそれがあったから、今回も、

やっぱり落ち込む、翻弄されるわたしにはかわりはないけれど、

ジョーさんの言葉やアドバイスがすごく受け取れて。

 

また一段と絆が深まったこと、

自分のパートナーシップ、耳を傾ける姿勢はものすごく変化したことを、

強く実感しました。

 

だから、

人生はどんなときも必ず、日進月歩で、より良くなっている。

 

これは、自分を生きるようになってから、

間違いなく感じていること。

 

わたしの人生、一度たりとも、悪くなっていったことがない。

常に、より良く前進してきた過去しかない。

それは「自分が頑張って前進した!」のではなく、「勝手に人生がどんどん前に(より良い方に)進んでいった」のです!笑

 

それはいっときの、外側の良いこと悪いことがどうの、、、ではなくて、

感情が揺さぶられないこと、、、でもなくて、

もっとトータルで、わたし自身にとって。

そしてそれは、より自分に戻っていっている、ということと絶対にイコールなのです。

 

今回のことで変わった視点や気づいたことなども書きたかったのですが、

お夕飯時なのでまた。。。笑

 

お読みいただきありがとうございました^^

 

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