「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

自分の意識で、問題を固定化させて遊ばない!【わたしがダイエッターを卒業した日の話。】

今日はコミュニティ新年会レポの番外編を書くかも、と言っていたのですが、

ちょっと別の角度からの記事を書きたいと思いました◎

 

ちなみに、前回のレポ記事にも少し繋がっています^^

前回の記事にて、ちょろっと触れた

【自分が綺麗であるかどうか?なんてことに頓着しなくなったら、かえって肌なんか今までで一番調子が良い】と書いたところです。

 ※前回の記事です!

santasantasan.hatenablog.com

 

これについて、いつか詳しく書きたいな、なんて思っていたら、

ちょうど先日の新年会にも来てくれたコミュニティメンバーさんが今日、

こんな記事をアップされていて◎

bonobono-happylife.hatenablog.com

 

あ、書くの今だあ〜〜と思ったので、

今書きます^^笑

 

というのも、この”ぼのぼのさん”の記事を読んでわたしも、

自分の学生時代の記憶が思い出されまして。

 

わたし、高校生のとき、めっちゃダイエッターでした。

 

 

もう、すーーーーかり忘れていた遠い昔の記憶。

 

わたし、高校生のときはめちゃくちゃ優等生、良い子ちゃんを親に対して演じたくて、

一応、地元の進学校で、

すごく勉強をがんばってたんです。

 

ただがんばってたならそれでいいと思うのですが、

根が真面目で、なまじっか手の抜き方がわからないため、

試験期間が終わるまでは息抜きも上手くできなくて。

 

それで、テスト前になると、

いつもストレスでお菓子、ドカ食い。苦笑

 

しかもあの頃ってなんとゆうか、

体重の増減がもろに顔とかに出たりしませんでしたか?笑

 

今思えば、ぽっちゃり健康的なくらいで良いじゃない〜〜◎って思えるんですが、

如何せん多感な時期に、

お腹ぽっこり、お顔ぽっちゃり…の状態が、

すっごく悩ましくてですね^^;

 

試験前にストレスでお菓子やごはんドカ食い→試験後、ストイックに食事を減らしたり変えたりしていったん落ち着く→また試験時期が来てドカ食い→以下エンドレスリピート

 

みたいな感じで 運動しろヨ〜〜!!

 

ダイエット本とかそういう情報とか、

当時だと低インシュリンダイエットとか??懐かしい…!

カロリー表示とかも、必ずチェックしていましたね。。。

 

そういう、ダイエットに関わるもので目につくモノは片っ端から意識し、試しては

試験前にオールゼロリセット(←笑)…みたいなのを繰り返していたんです〜〜^^;

 

そんな波を繰り返し、いよいよ大学受験が近づいたとき、

わたし、人生の最高体重を叩き出したんです。^^;

 

たぶん、数字だけ見ると、そこまでめちゃんこ太っていたわけではないと思うのですが、

わたしは3つ上の姉がとにかくガリガリの痩せ体質だったこともあって、

 

「わたし=太っている」っていう、

そんな自分に対するイメージがこの受験期を堺に

ますますしっかりと染み付いてしまっていたんですよね^^;

 

大学進学後も、この悩みとたぶんずっとおつきあいしていたのですが、

しかし、

あるときから、おそらく年齢的なもので、

高校生のぽっちゃりパンパンとした体格から、

徐々にほっそりとしていって、体重も落ちついていき。

 

ところが当時のわたしはどうしても、

お腹まわりだけはぽっこり!!が気になって仕方なかったんです。。。

 

せっかく手足がほっそりとしてきても、

「このお・腹・が!!」

って(笑)

ずーーっとお腹のことばっかり、憎々しげに眺めていたんですよ。

 

今思えば、どう考えても、当時のわたしは、

そのぽっこりお腹に対して憎しみを燃やすことを楽しんでいたとしか思えないのですが。笑

 

それで、そんなあるとき、

それがなぜ、いつだったかは忘れてしまったのですが、

「もういいや!!」

となったんです。

 

当時、彼氏もいて、

「オマエは実は子ブタだな」とからかわれたりもしていたものの、

それでわたしが「きー!!」ってなるのを楽しんでいたようでした。笑

子ブタなわたしを嫌がるでもなく、

その当時なりに仲良く彼とおつきあいできていたし、

たぶんそんな安心感もあって、

 

もう、お腹ぽっこりコブタなわたしでいい。

 

もう、(どうでも)いいわ!!!

 

って、なったのです。

自分の中で。

 

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このワタシで生きていくワ。。。←違います

 

 

あれだけ、何年も悩んで、毎日お風呂上がりにはお腹を眺めてため息をついていた日々を過ごしていたのにも関わらず、なんかこれ、書いてて笑えますね。笑

 

ある時ある瞬間、

もいいーや!!!(このまんまで!!)

 

ってなった。

 

それは、問題は何も解決していない、

お腹ぽっこりのコブタのわたしのままで、です。

 

問題としていた事象は無くなっていないまま、

わたしの中で、それを問題視しなくなったのです。

 

「やばいまたお腹がちょっと太った?(アセアセ)」

とか

「前よりも少しは痩せれたかな?(ルンルン)」

とか

「わたしは世間的に同世代の女子から見たら、太っているほうなのか?痩せているほうなのか?(マジマジ)」

とか…

 

そういうの、全部もう、考えなくなったのです。

考えないようにしたのではなく、考えなくなった。

だって、もういーや!ってなったから。

 

そして、体重の増減や、お腹のぽっこり度合いうんぬんが

わたしの(意識の)世界からすっかり消えて、はやウン年…

 

ちょうど約一年前、

結婚式のために、ウェディングドレスをオートクチュールすることになったときのことです。

 

採寸のため、ドレスデザイナーさんのアトリエを訪れたときに、

デザイナーさんとアシスタントさんがわたしのお腹まわりを測りながら、

 

「え…何…ほそ…!!(細い!)」

 

って、驚愕してくれた(してくれたっていうのも変ですが。。。)んです。

 

そのとき、わたし、

 

え?わたし??

細いの??(痩せてるの??)

 

ってなり、

 

あの日(っていってもいつだったか忘れましたが)

「もういーや!!!」

としてから、太いも細いも、痩せてるも太ってるも、

一切頓着しなくなったあの日から数年経って初めて、

 

デザイナーさんのアトリエで、デザイナーさんの言葉で、

自分の体型を再び意識した(=自分の意識の世界に、自分の体型という概念がそのとき以来、初めて現れた)んです。

 

その後も、

「こりゃ細いですね〜〜〜…!!」っていちいち驚いてくれるデザイナーさんとアシスタントさんのやり取りに、

 

「いやいや。わたしは太いはずですから。

太いですよ。(自分ではそれを随分長い間意識してなかったので知りませんが、記憶によると。)」

 

みたいなよくわからない返しをすると、速攻で、

 

「いや、何言ってんですか!!

細いですよ!!」

 

と瞬殺され、

 

「え。。。?おかしいな。。。(世の中の、花嫁さんっていう部類の、このデザイナーさんの担当してきた女性たちだけが、異様に太かったのだろうか。だからわたしを細く感じるのかな。。。)」

 

とか、けっこう真面目にナゾとして残っていたのです。このやり取りが。

 

だってもちろん、その頃から、

食事制限もしていなければ特に運動もしておらず、

食べたいときに食べたいものを好きなだけ食べて、

食に関しては特に、

ガマンという文字がわたしの辞書にないほどに、

もう、それこそ何にも気にせず生きていて。

カロリー表示とかも、ここ数年意識したことが無いです。見ても、ただの数字の羅列にしか映らない。。。

 

でも、人がみなすには、

わたしは「どっちかって言ったら」、痩せているほうに入るらしい。 ←これも、頓着していないので、なんというか、「そうですか〜〜。。。ありがたいです。。。」と、なんだか他人事のような感覚です

 

 

わたしが今何を言いたいのかというと、

心のありよう次第で、誰もが必ず痩せるなどと言いたいわけではもちろんなく。

 

ただ、確実に言えるのは、

 

自分の自分に対する認識が、

問題(と捉えている事象)をかえって固定化したり、

悪化させているという可能性は実はとても大きいと思う

 

ということなんです。

 

よく巷では、

「不足感からくる”痩せたい”とか”綺麗になりたい”は良くない=結果が出にくいけれど、

ポジティブな意識からの”痩せたい””綺麗になりたい”なら良い=結果にも反映されやすい」

などと言うけれど、

不足感からだろうが、ポジティブな意識からだろうが、

その「太っていること」「綺麗であろうとすること」を

【強烈に常に意識している】のならば

結局は同じことだと思うのです。

 

むしろ「自分が努力したり、学んだりすることで変化を実感するのが楽しい」

みたいなことであれば、かえって、

「その一歩一歩、1つずつ解決させていく”達成感”」を「楽しんで(心の中で握って)」いるので、

まさにその願いどおり、現実は

「一歩一歩、1つずつしか進行して」いきません。。。><

 

 

わたしが、成長とか、立派になるとか、そういう前に進んでいく感じのことよりも、

「ただのオンナに”戻っていく”」ということをこんなにも(勝手に)推奨しているのは、

自分の【こうありたいという意識】というのはつまり、

同時に必ず【こうなっていない】と認識していることになり、

 

結果的に必ず、

その【意識の強くとどまっているところ】に、

現実の物事や事象が【固定化】しちゃうからなんです。

これは、科学的にも、きちんと立証されていることだそうですね◎

 

ということはつまり、逆を言えば、

「どっちでもいいや!(なんでもいいや!)」と、

拘泥しなくなったときに、

勝手に本来あるべき姿に「戻って」いく=一番、自分にとって心地よく、自然である状態に整う、ということなんですよね。

 

わたしで言うならば、恋愛のこと、お金のこと、体型のこと、肌荒れのこと、住まう場所のこと、、、

全部、同じで、

勝手に、わたしの一番自然体で、わたしの存在が一番生きる場所や関係性の中に

”おさまった”というだけ。

 

それを他人様が見たときに、たとえば、

「幸せそうなことばっかりだな」「良いことばっかりだな」とか

映ることもあるというだけ、なんですよね。

 

(逆を言えば、人様からそうは見えないことでも、わたしにとっては「一番わたしにとって良い」というころも、きっとあると思います◎)

 

だから体型の話なんかも、

自分がブランコのように、

「痩せた?」「痩せてない?」「痩せた!」みたいな楽しみ方と

まるごとさよならしたときに、

誰もがモデルみたいなスタイルになるわけじゃなくって(笑)そんなの知らんがなー!←最近マイブームになってる言葉。笑

 

その人の適正体重みたいな、

「自然なところ」に戻っていく可能性はとても高いと思うよ!ということ。

 

それはたぶん、太りすぎとかには、ならないでしょうし!

 

そしてたとえば、この記事引用させていただいたぼのぼのさんのように、

体型がどうとか、そこで遊んで拘泥しなくなる姿に、

「あなたのことが大好きです」と言ってくれる男性が隣にいてくれたりとか^^

(ぼのぼのさんは、彼と大ラブラブ中です♪)

 

体型のことにせよなんにせよ、自分が自分のことばかりを気にして、

自分がそればかりを気にしているのだとしたら、

たとえスタイル抜群とかって他人からは見えたとしても、

 

【その(スタイル抜群になった)自分でないと】、

誰かと心安らいで気持ちを通わせあったり、近づいたりすることができないようであれば、

なんかそんなの、なんのための人生??という感じですもんね。

きっと、さみしいです。

 

そして「その問題に頓着しないこと」と「美容(メイクとか、身だしなみとか、そういう基本的なところ)に頓着しないこと(何もしないこと)」とは、

全然違いますから〜〜!!

 

 ただ、そういう気にしい遊びを止めるということ。

止める前に、やっぱり、まずは自覚かなと。

 

自分が何のブランコゲームに遊んでいるのか?

本当にそれ、楽しいか??

 

自分のために見つめてみることが、

それこそ、

本当に自分を愛するということだと思います◎

 

長くなりましたが、今日はそんな感じで♪

ぼのぼのさん、素敵な記事をありがとうございました!!

 

★【予告】コミュニティJust women、近日メンバー募集再開予定です★ 

santasantasan.hatenablog.com