「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【Just women新年会レポ②】”ただのオンナのただのわたしに戻っていく”ことで、纏うものが変わり、その人本来の輝きも露わになる◎

こちらの記事の続きです〜!!

santasantasan.hatenablog.com

 

ちなみに「雨が気持ち良いわ〜♪」なんて言ってたら、

気付いたら外、雪に変わって軽く吹雪いてました!!

自然のパワー!!都内もすごいみたいですね…皆さん大丈夫ですか?

 

しかしそして、これが昨日だったらとっても大変だったなと思い、

お天道さまに感謝感謝です◎

 

さて、上記の新年会レポ①に書いたとおり、

皆さんの醸し出す温かさや優しさに感じ入るとともに、もうひとつ印象に残ったこと、

それが、

今回再会できた参加者さんたち全員が全員、

前回お会いしたときより明らかに綺麗になっていたということでした。

 

そしてそれは、前記事で書いたとおり、

容姿の変化のようであってそうではなかったといいますか。

 

そしてその違いというか、感覚を、

どこかでも同じように感じたことがあったな…?と振り返ってみた時に思い出したのが、

昨年、伊豆に越してから一ヶ月ほど経った時に、

たまたま東京で川べりを歩いて感じて気付いた【違い】と

おんなじじゃないか??

ということでした。

 

そのことを、この記事では前回の続きとして書きますね◎

 

 

このブログの長い読者さんなら覚えているかもなんですが、

わたし、

去年東京から伊豆に引っ越しした際に利用した

業者の日通さんのキャンペーンで、

夫婦でディズニー・オン・アイスのチケットが当たった、って去年の夏に記事に書いたと思うんですが。

 

その日、東京はものすごい真夏日だったんですね。

 

めっっちゃジトジトしてて。

今思えば、伊豆に住み慣れてからだったので余計に、

空気の悪さを敏感に感じたようでした。

 

それで、その日、ディズニーオンアイスが始まる前に別件で行くところがあり、

そこに向かうために、

ある川べりを歩いてたんです。

 

それは、伊豆にもあるようなフツーにキレイな川でした。

 

伊豆の川も、東京の川も、同じ川、じゃないですか。

 

草も生えてるし、虫もいそうだし、川にはゴミなんかは見当たらなかったし、

砂や土が混じっていない、比較的水も澄んでいる、キレイな川だったんです。

 

けっして汚いわけではない、

十分に綺麗な、”フツーの”川だった。

 

でも、それを 見たときに、

伊豆の地元の川とは全然違うな〜〜と、感じたんです。

 

それで、

「え?なんでだろう??」って、

我ながらすごく不思議に思ったのです。

 

繰り返しますがゴミも落ちてないし、水も澄んでるし、

なのになんで、全然違うと今、感じてるんだろ??と。

 

そしたら、あーそっか。と、すごく単純なことに気付いて。

 

この感じた【違い】は、

川本体の違いの話ではなくて、これは、

空気だ。光の屈折なんだわ。と、思ったんです。

 

 

単純な話で、わたしたち、

空気に様々に反射している光を通して、目の前の物質を見ているじゃないですか?

 

その空気には、これも当たり前ですが、

いろんな物質が含まれていて。

 

まっすぐに、そのものを通して見ているというつもりでいても、

必ず、

その空気(光の乱反射みたいなもの)を通って、目にその光景を入れているんですよね。

 

で、これも当たり前ですが、

やっぱり東京と伊豆とを比較したら、

圧倒的に、伊豆のほうが、空気が綺麗なんです。

これはどっちが良いとか悪いとかの話ではなくて、当たり前に事実としての、ただの【違い】ですよね!

 

だから、川の流れのキラキラとした輝きなんかが、

仮に水本体の透明度?なんかは同じだったとしても、

目に入ってくる姿としては、全然違って見える。

 

これはつまり、

纏って(まとって)いるものの差なんだ、と納得したんです。

 

なんか、それだけのことなんですけど、そのときは妙に

ふーん、そっかそっか〜〜とか一人で納得していまして。笑

 

それで、そのあと普通に忘れてしまったんですが、

昨日の皆さんの綺麗になった(ようにわたしには映った)姿を受けて、

これを思い出しました。

 

このことと、同じなんじゃないかな??と。

 

つまり、皆さんの本体(肉体)が変化したというよりもむしろ、

みなさんが”纏っているもの”が変化したのではないか??と。

 

 

骨休めに、昨日の素敵なお料理のお写真をどうぞお楽しみください♪

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前菜♪ 

 

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スープ♪
 

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パスタ♪

 

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お魚♪

 

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お肉♪

 

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そして昨日も掲載しましたが、素敵な心遣いの溢れたデザート♪

アンジェロコートさん、素敵なお料理と温かいおもてなし、ありがとうございました!!

 

 

肉体や容姿の変化ではなく、

みなさんが纏っているものが、もう大きく変わっている。

 

それはたとえば、かつて、

 

・自分責めをしていたり、

・起こる出来事に一喜一憂して振り回されたり(正確には自分で勝手に振り回ってたり。^^;)、

・しあわせなときさえ、「わたしはこれでいいのだろうか?」と不安グセが抜けなかったり、

・自分を見つめず、「良い気分でいないと悪いことを引き寄せるから!」と

頭で自分自身に蓋をしていることにいそがしくしていたり、

 

・自己啓発本を読んでもんもんとしていたり、

・明るく盛り上げ役な自分を演じていたり、

・勤めていた職場等、関係性や状況が【すでにそこに無い】にも関わらず、安める環境に身を置いても、そのことが常に頭から離れず、ほんとうの意味で心安らぐことができなかったり…

 

「かつての皆さん」は、そういう、

唯一無二の自分自身を曇らせる、抑圧する、重くする、苦しくつらい気持ちにさせるような、、、

 

そんな”空気”を”自ら”纏っていて、

 

本来の輝きが出てこないどころか、すっぽり隠れて、

届いていなかったのだと思うのです。他者に、世界に。

 

それはまるで、

わたしがあの真夏日の東京で見た川が、

川本来は”問題なく”美しいのに、

いろんな空気のゴミや汚染を纏ってしまっていることで、

いまいちパッとせず、この目に映ってしまったのと同じように。

 

”川”にとっては”空気”だったんだけれど、

わたしたち人間にとって、女性にとって、

いちばんに纏っているものは、

【自分が自分に対する”心のありよう”】ではないかなと、思うんです。

 

当然、どんなに素敵な個性や魅力をそれぞれに持っていても、

自分が自分に対して、責めたりいじめたり、不安を抱えることばかりでは、

纏う空気が淀んでしまうのも仕方ないことです。

 

しかし、今回の再会では、それが無くなって見えた。

それはみなさんが皆さんなりに、昨日のこの日までの間にそれぞれ

それを、その”纏っていた不要なもの”を

皆さんお一人お一人のペースで、

手放して、ほどいていって、自分を解放させていくことを

コツコツとやってきた結果だったんだなと、感じたんです。

 

そしてそれは、皆さんの自己紹介や近況のお話からも、感じられました。

放っている言葉とその人の”在りよう”が一致しているときに、

それはその人それぞれの魅力をより深めてくれるんだなあと、

これも強く感じたことです。

 

そしてそのお話もまた、けっして何かが大きく変わったわけじゃなく、

でも、その

”ただ、オンナであるただのわたし”に戻っていく積み重ねは確かに、

纏うものを変え、その人本来の輝きを露わにし、

他人、すなわち世界に与える印象をも、変えてしまうのだと思ったのです。

 

 

そしてその”綺麗”と、わたしが表現したところも、

”美しさ”みたいなものも、

際立つ何かや、誰かと比較したときに発生する”美”ではなくって。

 

じゃあどんな??と言ったら、これも、

書いていてひとつ、「こんな感じ」というのを思い出しました。

 

まさかの…記事3つめ(笑)に、続きます!

 

※続きの記事はこちら

santasantasan.hatenablog.com 

 

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