「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

【全面鏡張りの”ワタシしか映らない世界”は本当に楽しい??】わたしは、本当の自己愛を育んでいきたい。

先日、とても楽しい新年会を終えて、幸先の良い新年だなあ〜♪

なんてルンルン気分でいたところ、

昨日は一気に、

まるで奈落の底に突き落とされたか!?

というような悲しい出来事がありました。。。涙

 

とても悲しかったのですが、でも、冷静になってみると、

楽しい新年会も、嫌な気持ちになったその出来事も、

出方によって感じたわたしの感情はまったく違っても、

根っこは同じ、

【自分が感じていること・大事にしていきたいことを深めさせてくれる大切なシグナル】であったことにほかならないな、と感じます。

 

それは、いうならば、

 

全面鏡張りの、自分しか映らない世界を生きている人がいるんだ。ということを知ったこと。

 

そして、その生き方をしている限りは、ずーっと、

満足と不満足との間を行き来するしかない。

 

だから、ずーっと、

ほんとの意味で心が満たされ、安心して生きていくことはできないんだよ。

 

っていうことです。

 

 

全面鏡張りの世界というのは、

自分しか見えていない、っていうことなんですけどね?

 

そのことについて、もう少しわかりやすく、

順を追ってちょっと説明してみますね。

 

 

わたし、ごくごく身近な人で、

自分のことが好きになれなくて、自信がなくて。。。。っていうことで

ずっと悩んでいる人がいます。

 

気持ち、わかならくもないんですよね。

 

なぜならかつてのわたしも、同じだったから。

 

 

自分のことが、内面も外見も、好きになれなくて、、、

だから心の勉強をしたり、

逆にここのブログで書いてきたように、

”自分を大切にする”ことに試行錯誤してみたり、

気持ちに余裕が出てきたりしたら、外見もいろいろ意識してみるようにしたり、、、

そうやって、自信をつけようと思っていたときが、

確かにわたしもあったんですよね。

 

 

でも、今は、気付いたら、

その悩みはもうほぼ無いなあと、思うんです。

 

 

それは、わたしが、

自分を好きになれたから、

自分に自信がついたから、だと思いますか??

 

答えは、NOです。

そうじゃないんですよ。

 

 

そこで悩まなくなったというのは、

「どんな自分のままでもいいんだ」と自己肯定できるようになったわけでも、

「こんな自分の性格も愛おしいと思えるようになった」というわけでもないんです。

 

まして、

”どんな人と接していても揺るがない自信”みたいなものがついたわけでもなく。

 

 

そうではなくて、

そんなことを考えることが、ほぼまったく無くなった

っていうことなんです。

 

 

全面鏡張りの、”ワタシ”しか映らない世界を抜け出すって、

つまりこういうことだと思うんです。

 

つまり、

 

”自分を好きか?嫌いか?”

”自分に自信が持てているか?持てていないか?”

 

これって、たとえどちらであったとしても、結局は、

自分のことしか見てないんですよね。

 

鏡に映ってる自分を、マジマジ見つめてばかりで、

その自分がどうなのか??

 

そんなことばかりを、クヨクヨずーーーーっと気にしている、

っていうことなんです。

 

つまり、言い方があれですが、一番近いのは、

ただの自意識過剰

 

そしてある意味で、

ただの自己陶酔者(ナルシスト)

 

ナルシストって、自分のことが大好き〜!!!っていうことだけじゃないんです。

 

自分のことが嫌い!であっても、

自分に自信が持てない。。。であっても、結局は、

 

自分が自分が自分が…って、

自分のことしか気にしてない時点で、

それに対して出て来る感情が好きだろうが、嫌いだろうが、

まったく同じっていうことです。

 

そう思うと、ぶっちゃけ、

そんなの(=自分が自分に対してどう思ってるかなんていうことは)、

超どうでもよくないですか??

 

なんならむしろ、そんなに自分のことしか気にしてないって、

超超恥ずかしくないですか??

 

だって、鏡張りの世界って、自分しか映ってないので、言うならば

超自分オンリー

 

それって、

誰と接していても、

誰が

「そんなことないよー!あなたにも良いところあるよ!」って言ってくれたとしても、

誰がそばにいてくれたとしても、

 

自分が鏡に映ってる世界に自分で閉じこもっているのだから、

見事にぜーーーんぶ

取りこぼしっていうことだと思うんです。

 

 

 

わたし、なんで今年のいとこたちの新年会は純粋に楽しめたんだろ〜〜〜??って思ったら、やっぱり、ここだったと思うのです。

 

かつてのわたしは、全面鏡張りの自分しか映らない世界に見事に閉じこもっていて、

いとこたちと自分を【勝手に】比べては、

【勝手に】落ち込んで、いじけて、自己卑下して。

 

当時、従姉妹たちの中で結婚もしていないのも、子どももいないのもわたしだけだったので(一人行き遅れ〜^^;)、

わたしはそのことをやっぱりすごく気にしていた気がします。

【勝手に】比べて劣等感を感じていたと思います。

 

で、そのことを気にしていることを穴埋めしようとするかのごとく、

たとえばすごく気合い入れてメイクして、

「結婚してないけど、綺麗ではあるわたし!」を保とうとして(なんかよくわからないけれど)安心しようとしていたり、ほんと意味不明ですね?笑

 

「結婚はしていないけれど、自営の仕事でいっぱい稼いでいるし!」って自信をもつことで、

わたしを尊重している気になっていたんですよね。

 

めちゃくちゃ恥ずかしい、だいぶ残念な勘違いです。

 

誰もオマエのこと、そんな気にしてないわ!!!勝手に気にしてるのオマエだけだわ!

この全面鏡張りナルシストオンナ!!!←笑

 

そしてそんな、超・厳戒・警戒態勢を自ら張っていれば、

いとこたちとの楽しい会話も、おじさんおばさんの優しさも、言葉も、

ぜーんぶ取りこぼすことしかできなかったなと。

 

だって、自分のことしか気にしてないんだもん。

 

目の前にいるおじさんおばさん、いとこなんて、

目には映っているのに、見えていないわけです。

 

耳に言葉は確かに入ってきているのに、でも、聞こえてないわけです。

 

だって、全面鏡張りの世界だから。

そこには、”わたし”しか映っていないからです。

 

何を言ってくれていても、どう接してくれていても、

そこにどんな温かい想いや、

大事なメッセージやサインやらが込められていても、

ぜーーーんぶ取りこぼし。

 

そういう、自分しか映らない人生を、生き方を、

【自分が】選んでいたわけなんです。

 

そうして、そうであれば、

鏡に映る自分の心の状態、

一挙一動、メイクのノリ、髪型の決まり具合、肌の調子、

たとえでしかないですけど、

そんなことばっか、

気にしてるというわけだったのです。

 

それをちまちまいじって、どうにかしようとすることばっかりに、

夢中なわけです。

 

これだけでも、自己愛とは全然違うのが、

きっと伝わりますよね。。。

 

長くなったので明日、次の記事に続きます!

(たぶん。。。)

 

 

どうでも良いですが、今日の一枚。

来客用で外に飾っていたお正月のお花を、2階の出窓に飾ってみました◎^^

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では^^

 

☆後日追記☆

続きの記事を書きました^^

santasantasan.hatenablog.com