「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

【”自分を大切にする”違い。】だからいつもチャンスを逃すしいつも大事にされない。それに、気付こう。それを、学びに変えよう。それは、ただの【自爆】です。

伊豆のほうでは急に涼しいを越えて寒くなってきて、

その影響か、

数日前から心も体もものすごーーーい体調(心調?)不良に見舞われまして、

ここ数日冬眠に入ったかのように眠り続けていました。

コミュニティの皆さん、いろんな投稿やコメントの御返事が止まっていてごめんなさい。。。

でもわたしなんかが特にいなくても^^;

皆さんそれぞれで、とても素敵な気付きの共有をされてるみたいで感動しています。。。

 

 

数日明けて、だいぶ落ち着いてきたかなあと、

ナポリタンスパゲティなど作って食べ、

夫婦で口周りケチャップまみれになっていたところ、

 

2週間前にセッション希望のご連絡をくださってから

ずっと連絡&ご入金のなかった方からのメールが入りました。

 

それを拝見して、結果的にわたしのほうから今回のご依頼

(セッションとコミュニティ参加のご希望)はお断りすることに決めて、

その旨御返事しました。

 

そのときわたしがした返事、

けっこう大事なことを書いたなと思い、

ブログを読んでいる方にもぜひ目を通してほしく、

読んでいる方は前事情わからないままかもとも思うのですが

一部ここに記載します。

もちろんお名前は伏せて、そして口周りのケチャップを拭ってからお返事しましたよ。←そこ誰も興味ないとこ

 

 

 

◯◯様

 
メール拝見いたしました。
 
結論から申し上げまして、
今回のセッションもしくはコミュニティのお申込みの件ですが、
こちらからお断りさせていただきたくご連絡いたしました。
 
いろいろと最初の時点で、
名字も含めたご本名の記載が無いことや、
 
当初問い合わせフォームにお送りいただいた文面には
「セッションを受けたい」とのことで
コミュニティのコの字も文面に出ていなかったにも関わらず、
やっと返信が来たと思いきやここに来て
 
コミュニティには出たいが、
30分の電話のみのほうで、等々、
 
(中略)
 
「こうしたい」ということもその都度変わってグラグラしていて、
なんにせよ気持ちが定まりきっていないのだと思います。
 
言い方は失礼なのですが、
30分の電話であろうがコミュニティであろうがセッションであろうが
そういう気持ちが中途半端な状態でフラフラとしている方であれば何をしても大して変わらないと思いますし、
わたしもそういう方にはたとえお金をいただいてもご縁を持ちたくはありません。
 
何より、今のコミュニティのメンバーは、
電話セッションが付くかたちに変更になったことを当初知らなくても、
全員それでも受けたいと参加して来てくださった方たちのみなので
 
なるべくご自身の出すものを減らしたいことを望む◯◯さんがその中に入っても
温度差が大きく、お互いにためにはならないと思います。
 
 
今のコミュニティメンバー含め、
これまで引き受けてきたお客様は皆、
金額如何の前に、
わたし自身が応援したいとか、より良くなって欲しいという気持ちがあって、
お引き受けしています。
 
本当にお金に困っていて、それでもどうしても受けたい、という方は
たとえメールの文章からでもその気持ちってにじみ出るものです。
 
そういう方には、わたしもその都度検討し、対応してきておりますが、
 
◯◯さんのそれ(メール)からは、
どちらかというと気持ちがどうのと言うのは感じられず、
相手(=わたし)の至らない点のようなところを探して、
「だからこうしてもらえないか」というような
一種駆け引き的他者との向き合い方なんですよね。
 
文章はとてもしっかりしていますが、
なんというかとても、お仕事的というか。
 
だからこそ、お仕事でリーダー的な立場も任されているのでしょうし、
仕事は頭でするものなので、それで人を動かすこともできるでしょうが、
 
仕事や立場を抜いた、人と人とのおつきあいの中では
人の心はそれでは動かないどころか離れていくばかりだと思いますよ。
 
きっと、婚約?していた彼の心が手に入らなかったのも、
今、わたしが◯◯さんに何かしてあげたいという気持ちが起きないのも
同じ姿勢からではないかなと思います。
 
 
わたしは、もちろんお金をいただいて仕事としてコミュニティやセッションをしていますが、
結婚も経て、今、どうしてもお金を稼がなくてはいけない状況ではないこともあり、
 
お客様となる人は、お金をいただければ誰でも良いわけではなく、
わたしがわたしの家族や友人のように、
心からより良くなってほしい、応援したい、その役に立ちたいと思える人たち、
そしてそういうわたしの「気持ち」「心」を、
同じ「心」で受け止めてくれるような、そんな心ある方たちを迎えて、
 
お互いに向き合って、切磋琢磨していきたいと思っています。
 
◯◯様には、最後(今回)いただいたメールから、
わたし自身がそういった気持ちになることができませんでしたし、
◯◯様自身も、わたしに対して、
【(自分は必要最低限の出し分で)どれだけのものを得られるか】
という、
ご自身の保守的な姿勢しか感じられませんでした。
 
自分を大切にする、ということは、
自分の利益だけを考えることではなく、
自分にとって大切なことが学べる人や機会も、
同じように大切にする、という姿勢だと思います。
 
結局はそれができないと、
自分が損をし、失うものも大きいのではないかなあ、と、
わたしは思います。
 
 
そんなわけで残念ですが、
今回のご依頼はこちらからお断りさせていただきます。
 
わたしは、自分の時間とエネルギーは大切にしたい人たちのためのみ取っておきたく、
もうエネルギーをかける価値がないと決めたお相手には
時間もエネルギーも少しも使いたくはありません。
 
ですので、こちらのメールに関してもお返事はいただきたくなく、
(とてもお忙しいとのことですので。)
今後一切、わたしに連絡、及び接触してきていただきませんよう、
何卒よろしくお願い致します。
 
それでは失礼致します。
 
青戸真穂

 

 

 

 

 

わたし、いつも、

 

いただいたメールの文章そのものではなく、

 

そこからにじみ出るものを、

 

感じ取って、読み取っています。

みんなそうじゃない?

 

 

だから、メールの内容は同じでも、

それを引き受けるとき(耳を傾けるとき)と、

引き受けないとき(耳を傾けないとき)と、

どっちもある。

 

 

そしてものすごく多くの女性に感じること。

 

 

人と人とのおつきあいは、

仕事のようにはいかない。

 

 

なぜなら、仕事は、

頭で、するものだから。

 

人と人とのおつきあいは、

心で、するものだから。

 

 

こんな簡単なこともわからない、

いや、

自分がわかっていないことにさえ気付いていない女性が

現代には多すぎる。

 

 

それをわたしは、

心底ヤバイと思うべきじゃないかと思う。

 

 

 

今回の方は、メールも丁寧で、

言っていることも別に何も間違ってはいなくって。

 

それでも、すでに申し込みをしたあとに、細かいことが気になってしまうのって、

自分が「とにかく受けてみよう」「やってみよう」の

その何をも、「決めて」ないからだなあと。

 

 

今回この方の場合は、

最初の問い合わせの時点では、

コミュニティに関しては一切触れられておらず、

「セッションを受けたい」とのご希望の連絡でした。

 

その後、お返事をしたものの、

何日もメールの返事がないままに、

やっといただいた返信で、

今度は9月始めの頃のコミュニティの参加要件に当時、

35000円の電話セッションをつけていなかった頃の記事のURLを引っ張ってこられて、

「コミュニティには参加したいけれど、

自分にとっては35000円は簡単に払える金額ではないので、

セッション無しで9月のこの条件が今も適応できないものか」

という相談だったんです。

 

もうこの時点で、

セッションを受けたい→セッションはお金がかかるから、それを除いたコミュニティだけが受けたい

という希望が変わっていること。

 

こういう細かいところが気になってしまったり、

気になるがゆえに気持ちがフラフラしてしまうこと、

そして返信をいただけるのに毎回一週間ほど過ぎてしまうことで、

 

この方はコミュニティであろうがセッションであろうが、

「受けよう」という気持ちがそもそも定まっていないんだなあと思いました。

 

 

そして書いたとおり、

 
本当にお金に困っていて、それでもどうしても受けたい、という方は
たとえメールの文章からでもその気持ちってにじみ出るものです。
 
そういう方には、わたしもその都度検討し、対応してきておりますが、
 
◯◯さんのそれ(メール)からは、
どちらかというと気持ちがどうのと言うのは感じられず、
相手(=わたし)の至らない点のようなところを探して、
「だからこうしてもらえないか」というような
一種駆け引き的他者との向き合い方なんですよね。
 
文章はとてもしっかりしていますが、
なんというかとても、お仕事的というか。
 
だからこそ、お仕事でリーダー的な立場も任されているのでしょうし、
仕事は頭でするものなので、それで人を動かすこともできるでしょうが、
 
仕事や立場を抜いた、人と人とのおつきあいの中では
人の心はそれでは動かないどころか離れていくばかりだと思いますよ。
 

 

本当に、ここ。

 

こういう女性が、すっごく多いなって。

そして本人がそれに気付いていないことがほとんどということが、

ものすごくこわいことだなと。

 

 

メールが丁寧か?とか、書き方がドライだ!とか、

そういうことではないんです。

 

自分の弱さ、本音、恥ずかしいところや情けないところ、
ストレートに開いて見せることができないかわりに、
相手の至らない点、頭で攻めていけそうな点で ※「責めて」じゃないよ!
【交渉】する。
 
自分の望みを叶えるために、
自分の弱さ、情けなさ等々を
本当の意味で晒して、まっすぐ向き合って相談することができないから、
かといって、「自分は不幸でこんなに困ってるアピール」をするのも全然違いますけどね!
 
建設的、のように見せて、
自分の望みを【通しに】来る。
(今回のことは、もう一ヶ月以上も前の条件についての話だったので、
相手の至らない点をつく、にさえなってないんですが、
「つい最近までこうだったよね?」と
「それだと自分が”損”」と疑いなくみなしているという姿勢がなんとも。。。)
 
 
その、【仕事】と同じ姿勢で物事が通ると、
その通る確率を上げられると、
人の心が動かせると、
 
疑わない姿勢が、
ものすごく高慢。
 
 
そしてそんなのはまったく、
”オンナ”じゃない。
 
 
人とどう向き合い、【何をもって】、
その人を動かそうとするのか。
 
 
【頭(正しさ)で】か?
 
 
【同情で】か? 「わたしこんなに不幸で困ってるんですアピール」はここですね!
 
 
【心で】か?
 
 
 
【心】であるときは、
【人を動かそう】という姿勢でさえ無いんだろうと。
 
【動いてもらえたら、ありがたいけどそうならなくたって全然構わない!】という、
ただそれだけなんだろうと。
 
 
相手(※わたし)と、
心と心とで向き合い、
心と心とでお付き合いする気(勇気)が、この方はない。
 
 
ただ、自分が安心したいだけ。
 
ただ、自分がそのときの欲求(「望み」でさえないよ、これじゃあ。)を
通してモヤモヤをスッキリさせたいだけ。
 
 
スッキリしたら、ラクになるのかもしれない。
 
でも、そのことでまた、
自分が自分を信じて、
勇気を出すこと、
たとえ間違ったと後悔しても、経験してみること、
 
そのチャンスを失うんだ。
 
 
そうして、そんな風に、自分を守るために、
守るって言っても、自分が嫌な想いをしたくない、間違いたくない、出し惜しみたい、という意味の打算の、自分をけっしてしあわせにしない”守る”だよ!
 
心と心で向き合うことから逃げている人は、
 
いつも大事にされない。
 
そうして、独りになる。
 
自分を大切にする、ということは、
自分の利益だけを考えることではなく、
自分にとって大切なことが学べる人や機会も、
同じように大切にする、という姿勢だと思います。
 
結局はそれができないと、
自分が損をし、失うものも大きいのではないかなあ、と、
わたしは思います。
 

 

自分が自分にそうしているんだよ。

今のあなたの結果は、だからだよ。

ちゃんと、わたし、書いている。

 

だから、わたし、断りました。
この方とは、一緒に成長していけないと思ったから。
 
今がどんなに劣等生だろうが、
できていないことがあってもわたしはそこで人を測らないけれど、
【自分で決める】
 
まずそれができない人とは、その勇気を、リスクを取ることをできない人とは
一緒に成長していきたいとは思えないから。
そのために、全て開示してきているんだから。
それだけでは決めきれない、という人は、
決めれなくてよいのです。
ただ、その、決められない状態でわたしに【決めたふり】して接触してこないでください…。
 
そんなことを、ここまでブログに書いていたら、
「忙しくて」とあんなに返信がこなかった方から
ソッコー、こんな返信メールが入っておりました。
接触してこないでって言ったのにー!
青戸様
 
貴重なご意見をありがとうございます。
 
青戸様のサービスですし、ルールがあってそれに沿わないのであれば提供したくない、ということであれば、残念ですが致し方ないので諦めます。
 
接触いただきたくない、と言われて返信するのは心苦しい次第ですが、青戸様の今後の発展のためにも1つ言わせてください。
 
このご時世、インターネットという繋がりの中からどこまで会ったことがない相手を信頼してよいものでしょうか。
そのような相手に支払う金額に対する価値がどれほどまでにあるか、それを検討するのはそんなに悪いことなのでしょうか。
 
青戸様は、少しでも多くの女性によりよい生き方を…と仰ってる反面、このようにまだ気持ちが定まっていない人は簡単に切り捨てる。
この点について、とても矛盾を感じました。
 
「非常に残念です」の一言ですが、エネルギーを使いたくない相手にまで長い文章のメールをありがとうございました。
 
失礼します。

 

 
わたしが送ったメールは、
わたしはこの人のためを思って…とかって意味で書いていなくって、
自分がただ書きたいから書いた。
 
だから勝手なのだけど、
読んでやっぱり、悲しいなあ、と思いました。
 
確かに厳しい、切り捨てなのだけど、
(感情としては間違いなく、わたしもそういう気持ちで書いてますが。。。)
 
でも、そこからさえ、
受け取ろうと思えば、学ぼうと思えば、気付こうと思えば、
たくさんのことが受け取れるはずなのに。
 
それが、女性の素晴らしさなのに。
 
 
だけどやはりこんなにも、
受け取らない人はやはり受け取らない。
 
女性としての自分の可能性を自ら潰して、
仕事のように、オトコのように、
正論で振りかざす。
それも、自分を一切しあわせにしないことにエネルギーを割いて、
ふりかざす。
喚く。
 
そんなオンナ、オンナじゃない。
 
 
 
わたしはこのヒトとのやり取りの中で、
お金としては一銭もいただけていないです。
 
でもこういう仕事をしているというだけで、
お金も払っていない人から、
勝手に理想像を押し付けられ、
勝手に自分の身の上を語られ、
 
勝手に頼られたと思ったら、
「優しい言葉をかけてくれたっていいじゃない」と言わんばかりに
勝手にキレられる。
 
そしてお金もいただけず…涙 バカです。。。
 
悲しいです。
この状態では、わたしがどうにかできること(人)じゃない。
 
 
わたしは辛辣なことけっこう書きますが、
別に強いわけじゃない。
 
だから、ふつうに、悲しいです。
もちろん、自分が放った言葉の責任ですけどね。
 
 
でも、この仕事をしていれば、
ブログを書いていれば、
こういう悲しいことがいつもある。
 
力になりたいと願い、
頼られ、応えたいと思い、
でもそれは、その人が、勇気を出してこちらに踏み進んできてくれなければ
わたしからできることではないんだ。
 
だけどそれができないことで、
勝手にがっかりされて、
文句言われることを引き受けてまで、
この仕事、わたしはもう続けて行きたくない。
 
 
自分に正直に生きたら、より、緩んでいったら、
そういうしんどい、という気持ちも誤魔化せなくなっていった。
 
だから、コミュニティにして、ブログの更新も減らして、
閉鎖的な安心できるところで、
ほそぼそ活動しようと思った。
その悲しさを、わたしは上手に受け止められないから。
 
 
久しぶりにこういう人がやってきて、
とても悲しい気持ちになったけど、
そのおかげでこのブログが書けて、
このブログを読んだ卒業生やコミュニティメンバーは、
またたくさんのことを受け取るんだろうと思う。
 
それだけで今は十分で、
やっぱり、わたしはわたしが嫌な思いをしてまで、
この活動を拡大させたり、
構ってちゃんにつきあったり、
正直、どうしようもない人まで
その人にあわせて優しい言葉をかけてあげたりなんて、できないし、したくない。
 
そのために強くなりたくもないし、
そのために器用にもなりたくない。
 
今のわたしには、そうなる必要もない。
 
最初からそうだったんじゃなく、
そこまで、自分と向き合ってきたんだよ。
 
そして今も、やってる。ずーっと。
まだまだ、全然なんです。
本当に。
だけど、その、まだまだ全然な自分とも、
一所懸命愚直に向き合っている、
そういうただのオンナです。
 
 
検討するのは悪いことじゃない、
だけど検討って、
自分の中ですることです。
 
 
あなたがしたのは、検討じゃない、
自分が自分で失敗する勇気、
リスクを取る勇気が出ない差分を、
相手の出方・言葉に求めた、
そうして自分がスッキリしたかった、
モヤモヤを解消したかった、
ただの自分の保身です。
 
それを歪めて正当化した、
そうして【相手を測った】、ただそれだけ。
それをやってても、
あなたにとっても全然意味がないし、
わたしもまた、それを引き受けたくありません、と言ったんです。
 
自分がムカついたから言いたくなっただけのことを、
「青戸様の発展のために」
なんて誤魔化しているような人に、
わたしはわたしの何をも与えたくない。
そもそもべつに発展を望んでいない。。。
 
けど、与えたくないと決めているなかでも、
本人さえ、その気になれば
勝手に受け取れること、
きっとゴマンとあると思うよ。
 
 
今日は、そんな話。
 
しょぼんとして、ジョーさんにいっぱい甘えて、慰めてもらいます。
そしてまた、
わたしはわたしと心で向き合ってくれている人たち=コミュニティメンバー の力になれるように、
わたしなりのペースでがんばります。
 
今日は、そんなところで。
皆さん、いつも、ありがとう。