「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

「こうあるべき」のレールから落ちないようにビクビクして過ごすのなら、一生幸せなんか感じられない。

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(今日は伊豆のおうちの壁紙をふたりで一所懸命考えました…!)

 

 

わたし今日、

わたし自身にとって、すっごくすっごく大事なことに気がついたのです。

 

わたしは2015年の11月末にこのブログを始めて、

その頃って本当にひとつずつ、

自分のことを大切にして、

良い子でも立派でもない、ただの自分(オンナ)に戻る、ということを

やっていってたんですよね。

 

もし、最近わたしのブログを知って、

「自分のことを大事にできないな」とか

「自分のことを愛するってどういうことか全然わからない」

っていう方がいたら、

ぜひこの頃の記事も目を通してみてほしい。

 

ほんとうに、今のあなたときっと何も変わらない、

自分を大切に生きるってどうしたらいいか、

右も左もわからないまま、

思いつくことを怖がりながらもひとつひとつやっていっては

小さなことに一喜一憂しながらコツコツ進んできた

等身大のわたしの歩みが記録されていますので!

↓ 

※2015年11月末のブログスタートから、2015年12月31日までの記事のアーカイブです♪

santasantasan.hatenablog.com

 

それでその頃やっていってたことって、

当時は無意識だったんですけど、

ひとつひとつの「わたし=青戸真穂」に付随する役割や期待されていること(そう勝手に思っていたこと)を

手放していくことをしてたんだなあ、って思うんですよね。

 

たとえば、

 

・【娘としての】青戸真穂

・【嫁としての】青戸真穂 ※当時は同棲する彼女としての、ですね

・【妻としての】青戸真穂

・【30代女性としての】青戸真穂

あるいは

・【人としての】青戸真穂

 

という、

青戸真穂=わたし に、

そういういろんなカテゴライズがくっついていますよね。

 

で、そのカテゴライズの全てに、

【◯◯というのは(当然に)こうあるべき(が好ましいに決まってる)】

っていうようなものがくっついてきますよね。

 

たとえば、

【娘としての】青戸真穂 であれば、

【娘=親の期待に応えるべき(育ててもらったんだから)、親のことをおもんぱかってあげるべき】

とかっていう【(当然に)こうあるべき(が好ましいに決まってる)】がありますよね?

伝わりますかね??

 

さらに【娘】と【30代女性としての】のミックスカテゴライズだと、

【嫁にいっているべき】とかね^^;

 

本来みんな、

まっさらな【ただの◯◯(あなたのお名前を入れてください)】でしかないのに、

そこに、

そうやっていろんなカテゴライズをしょって、

生きているわけなんです。わたしたち。

 

そしてそのカテゴライズに、

育った環境や所属している環境の【当たり前(常識)】という価値観をくっつけて、

さらにそれが苦しい重荷になって、

それを自ら背負って生きております。たっくさん。

 

苦しい人っていうのは、

その本来の「ただの◯◯(自分)」では無い、

余計なものをたくさんしょいこみすぎてるんですよね。

 

で、それに従って生きなくてはいけないと思っている。

いや、従うどころか、その中で【より勝たなくては(優れなくては)いけない】とくらい思っている。

そしてそのための努力やら自分磨きやら自己啓発やらの学びに走る。

 

苦しいの、当たり前です。

(本来の自分じゃないし、本来の自分が望んでることでもないから。)

 

だからわたし、

自分を大切に生きることと、ただの自分(オンナ)に戻ることは

絶対切っても切り離せないって言ってるんですよね。

 

で、わたし自身がそれをやってきて、HAPPYな今があるからこそ、

それを絶賛オススメしてるんですよね。

実感しているからね。

 

つまりわたし、

30代の娘として、嫁として、妻として、

当たり前に世の中が「こうあることが望ましい」としているレールから

すでに自ら降りているんですね。

 

親孝行のために何かをしないし(自分が親を喜ばせたいという100%自己満のためならいろいろやるけども。)、

親の期待にも応えない。

(というかわたしに何を期待しているのかさえ知らない。今となっては特に何も期待してないんじゃないかな…?)

 

 

30代であれば、親に頼らない、というのが立派な女性とされるのかもしれませんが、

今回のリフォームのことでも、

親がお金を出してくれると言ってくれるならばその言葉に素直に甘えているから、

よそさまからしたら「子に甘い親」であり「自立していない子」として批判されるのかもしれない。

(けど関係ない。うちらがそれで互いに納得し、満足していることなので。

そして自分がそうだからこそ、姉弟に嫉妬したり、周りの恵まれてる人をジャッジする気もまったく起きない。素直に「良かったね!」って言える。)

 

妻としても、わたしは家事をちゃんとやったりできていないし、

旦那さんに甘えてばかりだし、家計の管理もしていないし、

けっこうぐーたら寝てばっかりだし、

 

嫁としても、旦那さんのお母さんへのメールの返事もしょっちゅう忘れる。

最近は何かにつけてお小遣いもらうことも多く、何も返せてない。

わたしがダメ嫁って知ってる。

 

これって別に

「どこまでダメでもわたしのこと愛してくれるか?」

というゲームに懸けたんではけっしてなく、

ものすごく良い子を演じていたわたしが、

世の中のレールから外れてただのわたしに降りたら、

ここまで堕ちてしまったというだけのこと。

 

それがただのわたしだっただけということ。

 

ただのわたしというそのままの姿が、

世の中の「こうあることが素晴らしい」姿から

大いに逸脱していただだけのこと。

 

ただそれだけのこと。

 

そしてわたしはこんなだけど、

わたしは親からも、姉弟からも、旦那さんからも、旦那さんの家族からも、

ありがたいことにものすごく大切にされ、

愛されていることを骨身に染みて知ってるのです。

 

何をしなくても、

何をできなくても、

真穂はただ、生きているだけ、存在しているだけでいいと

みんなが思ってくれていることを知っているのです。

 

ここ。

 

ここが、たとえわたし独りきりであっても、

自分だけは自分を愛し、

大切にすると決めて生きることで起きる奇跡なんですよね。

わたしが特別だから、じゃあ無いんだよ。

 

しかしそれを、この文章だけを読んで、

ほんとの意味で理解してもらうことが大いに難しいことも知ってる。

少しずつでも自分で体感してもらう他ない。

 

 

そして今日わたしが気付いた衝撃的なことが、

そんな、娘としても、嫁としても、妻としても、いやいや人としても、

「こうあるべき」を全て手放して生きているつもりでいたのに、

そこまでやっといて(っていうのもなんですが)

今なお、手放せてない役割(=こうあるべき、みたいなもの)があるって気付いたんですよ。

 

 

で、それが何かというと、

 

【ただのオンナブログを書いている】、

【Just a womanスクールをやっている】、

【青戸真穂】

 

っていうものだったのですよ。

 

 

超衝撃。

これだけバンバン捨ててきて、

今さらそこか!?と思ったよね。

 

でも自覚したら、

出てくる【こうあるべき(こうあって当然)】が

これでもかこれでもかと。

 

ものすごい衝撃とともに、

わたしは気づいた今、

これをしっかりと手放そう、と思ったのです。

 

だって【こうあるべき】というその枠組みの中で、

いくらお客さんが来てくれたって、いくら稼げたって、

なんにもわたしは少しも自由じゃ無いんだよ。

 

わたしにとっての【自由】は、

どこかへ行けるとか、何をできるとか、そんなことじゃない。

 

その、唯一無二のただのわたしという存在に

くだらない足かせをわざわざくくりつけないことなんだ。

 

それをした瞬間に、わたしはどんな世界に生きていようとも

自ら自由じゃなくなるんだよ。

 

それをした瞬間に、わたしの本来のパワーも可能性も半減なんだよ。

 

わたしがわたしを自ら縛り、自由にさせないということは、

わたしをこの世に産み落としてここまで育ててくれた両親、

その両親、おじいちゃんおばあちゃんはじめ、

ここまでわたしに命をつないできてくれた何代もの先祖、

そしてわたしが生まれ、出逢って今までのわたしをかたちづくってくれ

育んでくれた全ての人の命に対するとんでもない冒涜なんだよ。

 

てめえのいのちをなめんな!てなことなんだよ。

 

わたしもそうだがこれ読んでるあんた、

自分を生きないっていうのはそれだけのことなんだぞ!!と、

わかってんのか?!ああん??

とアゴ突き出してヤンキー風に言ってやりたくなりますが、

そこはまあ今回はまずわたしっていうことで、置いといて。

 

そしてそれはすなわち、出逢ってくれるお客さんにとってだって、

まったくプラスにならないってこと。

 

わたしが良い娘、良い嫁、良い妻を、

ムリして演じることを今もなお止め続けていられるのは、

そのことが、わたしだけでない、

親も、旦那さんも、旦那さんの家族も

HAPPYになってると

誰よりも実感してるから。

 

これが無理の演技だったら、その無理がどこかに歪みとして生じて、

誰かのせいにしたい、誰かを責めたい、被害者を主張したい、ってなるからなのだ。

 

わたしがただ、ストレス無くわたしであることが、

わたしの本来の良さも花開かせてくれたということ。

それが、周りを幸せにもしてくれてる。

そうしてそれは、世の中の尺ではけっして測れないものだったのですよ。

 

 

わたしはこの仕事を通して出逢う人ともそういう関係性でありたいから。

わたしがただわたしであることで、お客さんもHAPPYに。

 

「16万円もするんだから」、

「どれくらいちゃんとしてるのか」、

「どれくらいそれらしいのか」、

「どれくらいのものを与えてくれるのか」、

「どれくらい得をするのか」、

 

そんな基準で、頭の計算でわたしのことを判断する人はきっと

このブログを素通りすることはあっても

ずっとは読んでくれてなんていないはず。

 

だから、わたしはもっと、ちゃんとしない。

もっと、この場でも、ただ、わたしである。

それがわたしの命にとっての「ちゃんと」なんだわ。

世間様が判断を下す「ちゃんと」じゃなくってさ。

それで続けられないことならば、

それはそれでもうここは違うという意味なのだと思うから。

 

わたしが証明してきたことは、

ただ、自分に戻れば、

誰も悲しまない、誰も損をしない、誰も被害者にも加害者にもならない、

そういう生き方が、

そういう世界があるんだということ。

 

すっごい無駄な足かせを勝手につけていたんだな…と大反省。

しかし決めたので、これにてサヨナラです。

 

 

皆さんは、自分に無駄な足かせつけていませんか?

つけているとしたら、どんなものですか?

 

みんなと同じであることで安心できたって、それで幸せを感じられるわけじゃない。

そのレールから落ちないように、外れないように、

いつまでビクビクしてこの一生を過ごすの?

 

「ただ、自分」であろうとすることは

こわいけれどものすごい喜びに満ちている。

わたしはそこに、縁してくれた人と一緒に、

いつも挑戦して生きていきたいから。

 

皆さま、改めてただのオンナなわたしを

今後ともよろしくお願いいたします☆

 

今日はこれにて♪

明日から素敵な休日をお過ごしください♪

 

【募集中!☆】

Just a womanスクール
〜自分を大切に生きる方法〜第4期

【日時】2017年8月26日(土)13時10分〜18時 

 

<just a woman school冒頭動画☆>

youtu.be

 

☆Just a woman スクール詳細はこちら☆

santasantasan.hatenablog.com