「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

【続き】重さを感じる時はいつでも、自分を誤魔化し自分から逃げいている時。わたしはわたしのしたいように生きていく!

以下の記事の続きです。

 

santasantasan.hatenablog.com

 

そしてもうひとつ、わたしはわたしを誤魔化していた大きなことに気付いて、

それが

「今のわたしは相当ラッキーだし恵まれている」

だから、

「こんなにもういろいろと手に入ったんだから、

もう十分だよね。もういいじゃない。」

という想いがそもそも、

わたしが心底そう思っているかどうかではなくて、

他人目線だってことだったのです。

 

つまり

 

一般的な同世代の女性よりは相当ラッキーだし恵まれている(だからもう十分満足だよねと思わなくては。)」

 

みたいな、超よくわからない他人目線。

一般的って何よって話ですしね^^;

 

そこには、【自分が自分に対してどう感じているか?】よりも、

【社会的に見て、世間的に見て、他人様から見て、どうか?】で

わたしの満足や幸せを「これでもう良いだろう」と思おうとしたということなんですよね。

 

旦那さんはカッコイイって言われるし

自分は綺麗って言われるし

ふつーの人よりお金あるし、

一般的な社会人に比べたら時間的にもだいぶ自由だし、

こんなに恵まれているのだから(他人よりも)、

だからもう十分満足(であるに当然決まっている)よね

っていう他人目線の逃げ。

ふつーってなんだよ!!ですね。。。

 

全然自分のこと、【自分にとってどうなの?】って見てあげてない。

 

見ようとしてあげてない。

 

決めつけて、満足していることにして、強制終了。

 

全然、自分のこと大切になんか、していない!!

 

 

そうしてそう思ってすまそうとすることの奥の想いを捉えてみたら、

全然これで大満足!って思ってないモンスター級に貪欲なわたしの存在

わたし自身が無いことにしたいのだと気づきました。

 

本当のわたしは本当にモンスターのようで、

 

・え?お金?もっと全然あるだけほしいですけど!

・え?こんなに奇跡まみれで毎日楽しい?いやいやまだまだ全然奇跡まみれウェルカムなんですが!

・あれもやりたいしこれもやりたいし、

もっともっと楽しい毎日にしたいですー!

 

って悪びれもせず思っているのだとどこかで自覚していて、

そんな自分が恐ろしくて、

蓋をして誤魔化して、「もう十分(なフリ)」をしていたんだなって思いました。

 

最低…。

いや、人としてって意味の方ではなく、自分を大切に生きると決めたくせに、、、、!っていう意味の方でですね…。

 

もう、ここまでくるとだいぶ、

「自分」の中心からズレた道を歩んでいることがおわかりかと思います…。

 

で、ものすごく自分を恥じた。自分に対して怒りも感じた。

そんな自分を恐ろしいとも思ったし、逆にそれを認める=ただ見やる をしてこなかったことに「かっこ悪い!」とも思った。

伊東にいくまえ、綺麗な感じで

「やりきったので」的な感じでフェイドアウトしていこうとしていた自分ヤバイ!!とも思った。

 

とにかく一人で阿鼻叫喚みたいな。笑

 

でもそうやってのたうち回っている間に、

もしかしたらこの経験は、

女性がみんなぶち当たる一つの山場なんじゃないの??と思った。

 

それはね、

自分は不幸だ、あれも足りない・これも足りない と思っているうちは、

わたしのような人間の言ってることを糧にして、

求めるものを求めて大切な自分の幸せのために

自己中心的に突き進むことができるかもしれない。

 

でもある程度満たされた時に、

女性の本質は、本当は、

自分だけで終わりたくない、っていう想いが本能的にあると思うのです。

 

自分だけ、より多く、より全てを得ることよりも、

わかちあって、誰かの笑顔にもつなげたい。

 

わたし、自分で実際に全てのステージを経験してみて、

そういう本能があるんじゃないかな、って思ったんです。

 

だってあるときからわたし、

自分のために何か買うよりも、

いつでも自分のために何でもほしいと思ったら買えるんだ、ってことが感覚でだんだんわかってくるようになったら、

大切な誰かにごちそうしたりプレゼントしたり、

そういうことを自然と望むようになったんですもん。

 

それは誰かに喜ばれて自分の自己肯定感を満たすとかっていうやつじゃなく、

ただ、誰かの喜びが自分の喜びになるっていうことだと思った。

 

この肉体の「自分」だけのために得続けようとするには

パワーもエネルギーもなかなか続かないけれど、

それが誰かにも繋がることならまたもっと先に進みたいパワーが素直に出てくる。

 

そういう感覚も感じてました。

 

だがしかし!

 

それがともすれば、

「自分ばっかりはいけない」っていう、

自己犠牲的な精神に、気づくと寄っていってしまう弱さも

同時に併せ持っているんじゃないかと思ったの。

 

つまりたとえるならばですね、

アンパンマンは、自分の顔を食べさせて誰かを元気にするじゃないですか。

 

それをするのは、アンパンマンが

自分だけが勇気リンリン無敵の愛されヒーローであっても

それだけじゃ楽しくないって知ってるからだと思うんです。

 

自分の存在によって、自分が何かすることによって、

誰かをも笑顔にすることができたら

それが自分にとってもっと嬉しい!って

知ってるからだと思うんです。

 

だけどアンパンマンだってさ〜〜、

それだけやり続けてたらいつか無くなるじゃないですか?

あ、顔がね?アンパンがね?

 

そしたら自分がやっぱり困るわけでしょ?

だからそれだとやっぱり、

厳密には自己犠牲的な部分があるわけです。

自分の一部を切り取って、相手に渡す、っていう。

自分か相手かどっちか、っていう、有限な発想なわけです。

 

だから、だったらね!!

それならアンパンマンが、

喜びいっぱい幸せいっぱいになればなるほど”あんこ”が溢れて、

無限に”あんこ”が溢れ続ける、

そうしてその溢れた”あんこ”を他者にわかちあう、

そんな新種のアンパンマンに、

女性はならなくてはいけないと思うわけですよ。

パンは無いの?ってツッコミはここでは空気を読んで差し控えてくれたまえ。

 

でも実際は、自分がある程度大きく満たされると、

自分の顔切り取ってあげなくちゃって思うのが

実際の今の女性の姿勢だと思う。

 

この自己中のカタマリのわたしだって、

そんなよくわかんない空気を読んでしまったんだもん。

(もちろん、選択したのは自分の責任ですよ!)

 

わたしはスクールで、進化発展が命の本能だよ!そこに添えば人生まるっと上手く流れていくよ!!って語っているけれど、

それなのにこのままでは、

その進化発展(拡大)がある程度のところで皆止まることになっちゃうでしょ。

 

それは宇宙の流れに反しているし、

自分だって絶対に苦しくて、

結果、人のためにもなんないわけなのだ。※今回のわたしの経験より。

 

そんなの絶対、ダメだ!!いやだーー!!!

 

…って、

偽善的に自分の中心からズレてしまっていた自分、

なぜズレたほうを自ら選んでいたのか(それを選ぶことで何を誤魔化し何を自分で守っていたのか)、

それに気付いて悶絶していく中で

そういう想いが(文章で書くとやたら長いけど)頭の中で瞬時に巡ったときに、

 

ブワーッ!!!って全身にエネルギーが戻った感覚がしました。

 

わたしは、ここでとどまりたくない。って。

ここで、止まりたくない。って。

 

もしかしたらどんなに、周りから「もう十分でしょ?」って言われても、

もっともっとと純粋にワクワクする自分の気持ち素直に認めて、

ますます自分のために自分の好きなことだけやって、

ますます軽やかに多くを受け取って、

たくさん喜んで、豊かに味わって、

そうして溢れたぶんで、勝手に周りにもわかちあったるわ!!!って。

 

それで、それにはですね、

自分があんこ溢れまくるアンパンマンにならなくてはいけない(てゆうかなりたい)と思ったし、

自分が100%なれてない、むしろこんなとこで躓いたただのオンナなわたしのくせに、

それでもね、

全ての女性が、同じように、

自分からあんこ溢れさせ続けられる女性に

なってほしいと心から思ったんですよね。

 

「わたしは不幸」「わたしは問題がある」と思ってる人を引き上げようというほうにはパワーが湧かないわたしだけど、

 

自分の人生を楽しみたいとか、喜びを感じて生きていきたいとか、

自分を活かしたいとか、

 

仮に今がどうであっても、その今の自分から、

そういう前と希望に向かおうと立ち上がろうとする女性に

あんこ溢れさせ続けられるアンパンマンになってもらうことなら、

それは、わたしにとってものすごい喜びだって、

わたしにとって、わたしのために懸けたいことだと

心から思ったんですね。

たとえ、それが、旗から見たらどちらにしても(スクールをやるだとかっていう)同じ行動であったとしても、

それはもう、わたしには全然違うものなんです。

 

それで、パワーがめっちゃ戻った。笑

  

そしてまだわたしは、今年の2月頃に、

スクールに切り替えると決めてどこかの記事に書いた

「小さな幸せで満足していた平凡で純粋な主婦が誘惑にかられて家庭崩壊」

みたいなことを本気で恐れて、

(そうなることが申し訳ないとかじゃなく、人の目にどう映りどう思われるかという点においてです)

踏み切らないでどうしようどうしようと遊んでいる自分だったということにも気付かされました。

 

それをもう止めると決めて、その一つの選択肢としてスクールに切り替えた。

だったらスクールを続けていたって、根本のその想いを手放さなかったら

全然意味ないんです。

それは全然、違うんです。

 

もう、自分がますます幸せになっていくことに、

遠慮するフリをして自分から逃げるのは止めようと肚が決まった。

 

”何をするか”は、そんなのは随時変わってよいのであって、

その根本の心はもう、

絶対に戻るのはやめよう、と決めたんです。

もっともっとただ、自分のためにわたしは生きていく必要が、唯一無二に大切なわたしのために、ある。

 

 

 

そんな、わたしのここ数日の心境の変化でした。

 

今日の話はよくわかりにくいところもあるかもですが、、

ただのわたしの自己満の覚え書きが

また誰かの何かの気づきに繋がったらとても嬉しいです。

 

 

長くなりましたが、これにて、完!

 

今日は以上でーす^^