「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

どいつもこいつも大馬鹿もの〜!!という怒りの奥。

汚い言葉で失礼します。

土曜日の朝である今朝、

スクールの第二期フォローページでわたしは怒りまくりました。

 

そんなときはもう、本当に口が悪いんですが、

「どいつもこいつも大馬鹿もの!!!!」

っていう気持ちになる。

 

でもそれって、当たり前ですが

その人個人を見下したり叱責したりしたい気持ちになっているんじゃない。

 

スクール生はみんな好き。伝わってると思うけど。

で、【人間・青戸真穂】は

好きな人には怒ったりぶつかったりせず、

そういうのを楽しむのじゃなく、

穏やかにあったかく人間関係を築きたいタイプ。

だから、わたし個人のそれではない想い。

 

少し前の記事にも書いたけど、もっと、

その人がきっかけとして現してくれた、

人間全体の業(ゴウ)みたいなものに、

わたし(←人間青戸じゃないほうの)は

ものすごい怒りを覚える。

 

こんなに可能性が溢れてる命という存在があるのに、

それを活かせていないこと。

それどころかあると知りもしていないこと。

 

 

「こんな社会はお先まっくらだ」という人がいる。

時代や社会をいつも悲観して批判する人が多数いる。

 

でも時代も社会も、絶対に

どう考えたって明らかに良い方に行ってる。

 

この前DVDで「ベン・ハー」見ましたけど、

ローマ帝国では無残な殺し合いばっかりやって

それ喜んでばっかりいましたよ。

 

その人間の野蛮な負の性質が完全に無くなったわけではないけれど、それでも

弱肉強食だけじゃない、

助け合って支え合って尊重し合って生きていきましょう、っていう世界も

その頃よりは圧倒的に育っている。

 

少し前、わたしたちのおじいちゃんおばあちゃん世代でも

お国のためという名目上で

死ぬとわかってて行かなきゃいけないところがあって、

それは拒否できなくて。

 

それをわかってて、「おめでとう」とか「喜ばしいこと」とか

顔で笑って心で泣いて、

大事な人を死に送り出さなきゃいけない時代だって、すぐそばにあった。

 

そんな頃から100年も経たないうちに

世界は、社会は、時代は、少なくともこの国では

こんなに進歩・発展して、

こんなに自由が手に入ってる。

 

当たり前のように、生まれたときから。

 

なのにその自由を、当たり前にある豊かさを、

 

自分や周囲の大切な人と笑い合うために使いこなせている人が

いったいどれだけいる?

 

おじいちゃんおばあちゃん親世代が、

自分たちの幸せにかえてまで築き上げてくれた自由、豊かささえ、

 

自分をいじめ、苦しめることにしか使えてない現代の大半の人たち。

 

いのちっていうもともとの無限の可能性は、個々の中にどんな時代もずっと在って、

 

だけど社会がそれを発揮して生きることを許さなかった時代がずいぶん長くあって、

 

やっと今、内外から、

こんなにもその可能性の姿そのままで生きることを、

許されてる時代なのに。

 

それなのに。

 

足りない、足りない、

あれができてない、ここがダメだ。

あーあーあーあー。←嘆きの声。

 

 

自分にも社会にも、そんな揚げ足取りの目線しか向けられない未熟者たち。

 

大馬鹿なんだよ、そんなのは。

 

傲慢なんだよ、そんなのは。

 

 

そうしてそれを、

そのことを

たとえ怒りをもってしても

伝えることをしてこなかったどころか未だそこに至っていない大半の世界。

 

心の病になれば

「そのあなたのままで素晴らしいんですよ」

「あなたは悪くない」、

 

しまいには親のせい。

育った環境のせい。社会のせい。誰かのせい。

 

 

そうやって、無限の可能性の個人を

弱者にして、甘やかすことしかしてこなかったこの大勢。

 

いのちの可能性がこんなにも最初からある一人ひとりの存在を、

弱い者としてしか扱わないことで

その可能性に本人が気づくチャンスさえ奪った。

 

そしてそこに甘んじた一人ひとりの個人。

 

常識や社会の当たり前を疑うこともせず、

ただ易きに流れることばかりに甘んじた一人ひとり。

 

その一方で、途上国の、環境問題の、被災地の、障がい者の

なになにが誰々が可哀想とかなんとか。

 

ばかじゃねーのか。

自分で自分が可哀想で苦しいだけだろ。

 

人として、恥を知れ!!!

 

本当に、怒りが止まらない。

 

「こんな日本に誰がした」とかっていうけど、

それは間違いなく、

こんなに豊かで自由で温かい今の時代に生まれてきたことの愛を受け取れない

その人自身だよ!!!

 

で、もう、

そんな世界に甘んじていたい人は

静かに自分で自分の首を締めながらジワジワと死んでいったらいいと思うの。

本気で。

 

別にわたし、人を救いたいとか思ってないから。

 

てゆうか生きてるだけで最初からこんなにも救われてる人間が、

勝手に自分で穴蔵に落ちてイジイジイジイジ自分で自分をいじめてるだけのところを

救うとか、そもそもないから。

勝手に自分で選んでそれやってるんだから。

いないから、救われるべき人間なんて。

 

だからわたしは人類全員の発展とか幸福とか願ってないし、

でもこんなわたしのとこにお金払って来てくれたスクール生には

本人が望んでるなら、本人が

いのちに目をさましてもらうきっかけにはなりたいと思うし、

その対価としてお金いただいてるんだと思ってる。

なんかナヨナヨ優しくしてあげるとか、

お仲間ごっこするとかじゃなく、

何かの情報をあげて頭良い気分にさせてあげるのでもなく。

 

こんなにも、時代が大事なことを無視してきて

易きに流れるほうがラクでトク、と思えてしまうような世界で

(本当はよっぽどそのほうが、真綿で首を絞められるかのごとくツライんだけどね。。。)

 

自分だけで重い腰上げて、

自分の人生を自分の足で歩もうとすることって、

最初の立ち上がりはやっぱりとてもしんどいし重いのはやっぱりあると思うから。

 

(あれですよ、PIXARのウォーリーって映画知ってるかな。

あれに出てくる、便利さに甘んじ続けた結果、肥えて肥えて肥え続けて、

しまいにゃ椅子から自分の足で立ち上がって歩くことさえできなくなった、

それでも自分にはあれが無いこれがつらい不幸だと嘆き続けてる

もう精神的にはそんな状態ですから、今の「悩んでいる人」って。)

 

もう、絶対に!!!!

 

そんなんであってはならないの!!!

 

あってはならないとは押し付けがましいかもしれないが、

もう二度と、

少なくともわたしたちみたいな仕事をしている事業者は、

 

本当はこんなにも可能性のカタマリそのものの人間の本質を忘れてしまうような

そんな易きに流れ、甘んじる

 

そんな人間を産み出してはいけないの。

 

それができないなら、こんな仕事、するな!!!!

 

自分の不足感を埋めるために、

人から必要とされたいがために、

良い人と思いたいがために、

そんなちっぽけなダサい打算でこんな仕事、するな!!!!

どうせ売れないからそんなんじゃ!!!!

 

そして受けるほうも、

自分を甘やかしてくれる、

おんぶにだっこしてくれる、褒めてくれる、満たしてくれる、

そんな中途半端な優しさで

あんたのいのちを最初からなめくさってるような事業者は選ぶな!!!

そんなんでそのサービス受け終わったあと、

あんた何か変わるのか!!!

 

【そこ】で満たされようとするな!!!

【その先に】、【自分】で満たせる自分になることを、

たとえ痛くてもとことん誤魔化さないで示す人を選べ!!!!

 

(怒ってばっかの人もある意味でちょっと違うと思いますけど。

「わたしの怒りは愛です」とかね。

なんでもダメ出しばっかりしてる人は結局は相手がどうのじゃない、

自分をわかってよ!!!」なのかなと思います。)

 

こんなに社会が豊かで自由に成熟していったのは、

それを求めた先人たちがいて、

それを許した宇宙や神様の意志がそこにあるならばそれは、

 

わたしたちを甘んじた、怠慢な生きものにさせたかったからじゃない、

「あれが足りない」「これが足りない」って嘆くワガママモンスターにさせたかったわけじゃない、

 

その成熟した、より満たされた安心ある基盤のもとで、わたしたちに、

もっとひとりひとりの、宇宙のかけらとしての、

神の言葉を受け取りつなげられるものとしての、

ものすごい才能を、財産を、開花させて

 

そうして自分のそのままのいのちの存在の価値を知って、

その悦びを感じて、

 

そうして【幸せに】【安心して】【調和して】生きて欲しい。

 

その想いがあるからだ。

 

 

そうしてわたしたち一人ひとりも、本当は、何よりも、

【そのこと】を求めているはずだ。

渇望しているはずだ。

 

お金よりも、夢の達成よりも、パートナーを得ることよりも、

何よりも。

 

もう止めたいはずだ。

そんな、自分をいじめて、自分に鞭打って、

心の中でマイナスな感情に飲まれて、

「あれがたりないこれが足りない」と数えて、

いつも外に答えや評価や安息を求める生き方とその人生を。

 

本当は、みんな、

【そう】なはずだ。

 

 

そう信じているから

わたしはやっぱり、

どうせお金を稼ぐなら、

どうせ生計を立てるなら、

この仕事で稼ぎたい。

(ただブログだけ書いていればいいとは思わない。それは人間のほうのわたしがつまんない。)

 

 

随分と先になるのでまだいいかと思っていましたが、

昨日、スクールの第3期の日程を先に決めました。

 

3期日程は2017年7月1日土曜日の13時〜18時。

場所は前回同様、東京駅徒歩10分圏内の貸し会議室です。

本日からお申込みは受付開始します。

 

わたしが、そう思う。

そう思う先に、必ず、

同じようにそう望む、誰かがきっといると思う。

 

今日は書きたいことを書き連ねましたが

湧いて出ることを自分の中で止めたくはない。

お会い出来る皆さま、どうぞ楽しみにしています。

 

【募集開始】

Just a womanスクール
〜自分を大切に生きる方法〜第3期

 

【日時】2017年7月1日(土)

13時〜18時

【場所】JR東京駅徒歩10分圏内の貸し会議室

(お申込み者様に直接ご連絡いたします)

【特典】

①Facebookでの秘密のグループページ(参加していることが外側に漏れないタイプのものです)でのフォロー(スクール当日から一ヶ月間)

②卒業生向け音声配信サービス4月分の配信

【代金】140,400円

 

【お申込み】

フォームからか、
メール(thanksandhappydays☆gmail.com←☆を@に変更願います)にて、
「スクールについて」などの件名でご連絡ください。

2日以内に事務局より折り返しご連絡いたします。

※2日以上経っても折り返しのご連絡が届かない場合はメールの不具合等ですので、

お手数ですがメールアドレスや迷惑メール設定などをご確認の上、再度ご連絡をお願いいたします