「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

弱さ(弱点)は、認め受け入れたときに強さになる。だからわたしはいつまでも自分を「ただのオンナ」と思えているわたしがいい。

大事なことだと思ったので、

先ほど、スクールのFacebookに投稿したものを

こちらにも全文貼り付けておきます。

 

☆ ☆ ☆ ☆


【受け取ることのほうがよっぽど怖いし、むしろよっぽど鬱になりそうです】
 
ちょうどここのところの皆さんの投稿が「受け取る」ということが続いていたので、
少し自分の話をシェアさせてください。
 
わたしはこの数週間ほど、5月末の結婚式の招待状発送に追われていたのですが、
ここで改めて、
【受け取ることのほうがよっぽど怖いし、むしろよっぽど鬱になりそう】
と痛感しました。
 
ここ数日はとくに、エネルギーをものすごく消耗したようで、ぐったりと疲れています。
 
ほんと、めげそうです。
 
 
で、なぜ?どんなことに?というと、
結婚式の準備を通して
人から助けられる(受け取る)ことしか基本的に無い!!とものすごく感じるんです。
 
たとえば昨日は、皆さんに講義受けてもらった会場の社長さんに、招待状と主賓の挨拶のお願いをしてきたんです。
 
もともと3月中にこれを済ませなくちゃいけなかったのに
(招待状に「3月吉日」って入れちゃったから…)
 
わたし、逆算とかスケジュール立てとか、ひとつ以上のことを同時並行とかが基本できないから、
社長のアポを取って無くて。
 
ある意味で”◯◯地域のドン”くらいのおそろしい、多忙な社長さんなのに、
昨日当日になって何度も電話を鳴らして
 
「◯時だったら空いてますか!?」
 
「(社長が都合良いという時間に対して)あ、その時間はわたしがムリですごめんなさいッ!!!」
 
とか、
 
まあ非常識。
 
まあ図々しい。
 
 
それでもなんとか社長は時間を作ってくれて、
無理やり夫婦でおしかけて、
なんとかお願いしてきました。。。
 
それでも「本当におめでとう」とか
「準備大変なんだから、まあちゃんとできないのは仕方ないよ」
とか言ってくれるんです。
 
事務の女性の方々も、ほんと、いつも温かい目線で迎えてくれて。
 
 
あと他の方の失態としては、連名で送る招待状の宛名が一部抜けてたり。。。
 
さっきそのお詫びの電話も入れたんですけど、
「いそがしいし初めてのことだし、しょうがないわよ〜」って気持ちよく許してくださって。
 
とにかくわたしたちが超絶至らない&めちゃくちゃにもかかわらず
誰も怒ったり批判したりしないで
応援してくれるんです。
 
それが「わたしたち愛されててすごいでしょ?」って話ではなく、もう、
いたたまれなすぎるよってことなんです。。。
 
 
わたしたち夫婦は本当に、自分たちが発達障がい並にやばいことを知っているので、
本当は自覚している以上に常識がなく
人さまにも迷惑をかけていると思います。
 
それでも、こんなわたしたちでも、
世界はこんなに優しいのかと。
 
こんなにも、ダメな自分でも、受け入れてくれるのかと。
 
その愛を受取るばっかりで、
事実、何も返せないんです。
 
こんないたたまれないことってない。。。
 
 
だからやっぱり、どうしたって思うんですよ。
 
「自分ばっかり!!」ってやってた頃のほうが、
 
勝手にムリして、勝手に人を見下して、ジャッジして、
 
勝手にやった気、できる気になってるほうが
 
ずっとずっとラクだったと。
 
心は悲鳴をあげていたとしても、
それでもある意味ではずっとずっと
気分が良かったと。
 
自分が優位に立てたと。
 
事実その頃は、5つ6つくらい同時並行で仕事のプロジェクトを進めていたり、
 
ものすごく「デキる風」でした。
 
前にどなたかの投稿で「わたしは事実できなかったから」みたいなことを書いた気がしますが、
それはちょっと謙遜したなと思って、
 
事実その頃の自分は仕事ができたし、
周りにもとても評価されていたと思います。
 
だけどその「デキる(やってる)」は
【ものすごく自分を酷使した上でなんとかかたちにできた賜物】だったので
ものすごくストレスで、
そのストレスを
人を見下し、自分が優位に立つことで発散していました。
 
「わたしはこんなにやってるんだから」と。
 
そしてそれが当時のわたしの、ささやかな人生の喜びであり、
プライドでした。
 
 
…こうして他人のこととして読むと、
超くだらないのが伝わるでしょう??^^;
 
 
そんなとき、たぶん何かの拍子に(ダメとばかり思っていた姉が退職金も大量にもらって幸せな結婚を果たしたときかな?^^;)
 
「そんなに仕事ができたって(やってたって)、
結果的にちっとも自分が幸せでも豊かでもない事実を見て
絶望しろよ」
 
ってたぶん自分につっこんで、
 
そこから、
 
「本当はできない(やっていて苦しい)のに、優位に立ちたいがため、
 
そしてそこから喜びとぷらいどを保ちたいがために、
 
必死こいてやってたこと、そのゲームを
 
一つずつ手放していった」
 
のでした。
 
そしたら、
 
できると思ってたことのほとんどが実はできないということがわかり、
 
できないことも増えて、人をバカにできなくなって
(むしろバカにしていた人より自分のが大概だとかいう現実がどんどん明らかになり)
 
なんなら人にバカにされ
(自分がバカにする立場だったから、自分のこと実はバカにしてる態度も透けるようにわかる^^;)
 
 
本当にいたたまれなかったです。
 
プライド、ぼろぼろです。
 
築いてきた、がんばってきた
すべての自分の価値が崩壊するような気持ちでした。
 
でも、その絶望も(じぶんの)株価急落も底をついたかのようなときに
 
ちょっとずつ、
 
そんな自分でも、世界は優しいことが見える視力が戻ってきたんですね。
 
あ、それでもお給料もらえるんだなとか。
 
それでもクビにはならないなとか。
 
住める家あるなとか。
 
ちょっとくらいなら、買いたいものを買うお金はあるなとか。
 
こんなダメな、ただのオンナのわたしでも。
 
もうそのころは、本当に事実大したことなさすぎる自分をもう
ごまかしようないほどまでにとことん明らかにしていってたので、
 
自分がそんな、
何もできない何も価値のないボロ雑巾くらいに思えていた当時だったので、
 
心が弱りすぎていて(笑)
 
そんな、今までだったら当たり前かむしろ人と比較して不満に思ってたようなことに
 
ありがたいな〜。。。。
 
ってじんわりきてしまいまして。
 
 
これってたぶん最初の【受け取った】だったんですよね。
 
そうして、そんな感動や感謝を繰り返していったら、
 
いつのまにかそれが人の優しさ的にも、金銭的にも、あほみたいにどんどん拡大していって、
 
今はもう、【こんなただのオンナなのにこんなに与えてもらって、申し訳ない】
くらいになったんです。
 
※ここで「申し訳ないとか思わないほうがいい(受け取れなくなっっちゃう)」とかって定説で聞きますけど、
わたしは事実弱いビビリなんで、そうは思えません、まだ^^;
 
でもそう思ってたところではどめきかないくらい、その良い循環はずっと加速し続けているような気が。。。
 
 
だけど最初は、そんなところからのスタートだったんです。
 
清廉潔白ではない自分を認めていったからこそ、
周りに感謝ができるようになって、
可愛げが生まれて、
たくさんの愛を受け取れるようになったんです。
 
そしてだからこそ、皆さんにも
 
「大した事ない自分を明らめろ(&諦めろ)」
 
「そしてその自分として生きることを少しずつやっていくこと」
 
と、こんなに口酸っぱく言ってるんです。
 
そこからしかはじまれないからです。
(たくさんの人を見てきたけど、やっぱり明暗の分かれ道はここだと思う。)
 
そして大したことある人なら、
悩み続けてここには縁していないはず。
 
心底、本当は大したことないのに、
大きく見せようとか、
本当の自分はもっとできるんだとか、
 
そんな幻想をいだいていることがアホ以外の何ものでもないと
心底思っているからです。
 
 
そしてそのことを明らめられなくて、ハリボテのプライドを抱えることに固執している小さい人間は、結局、
 
【本当の大したことある人たち(仕事や人生で成功している人たち)】
 
から見たら、
透けるようにすべて丸見えなのだと気づいたんですね。
そのダサさ、貧相さ、くだらなさが。
 
そうしてそんな人たちに何を言っても、
自分の小さな世界で小さなプライドを維持することばかりに躍起になっているぶん、聞く耳を持ってないとしってるので
 
やんわり距離をおいていくんだなと。(ただのオンナによるすごい人観察録より。)
 
そうして、だからいつも、ハリボテプライドに執着している人の世界には
そんなその人と同レベル世界しか展開しません。
 
(皆さんやわたしのように、自分でそこを抜け出そうと機会に手をのばす人以外は。←それでも、そこに来て受け取らなかったら、やっぱりチャンスがムダになっちゃいますけどね!)
 
冒頭の社長や、そのほかもわたしたち夫婦のもとに
手前味噌ながら良い方ばかりが溢れていて、
結果人や仕事やお金や運や縁にも今、恵まれているのは、
 
わたしたちがすごいからじゃなくて、
 
わたしたちがいかに大したことない、周りによって生かされ助けられてるだけの存在かということを
 
心底認めているからです。(卑下ではないですよ)
 
認めた上で、せめて大して何もできないならできないなりに
自分が「好き」で自然にがんばれることを本気で探して見つけて
それを一所懸命磨こうとしているからだと思います。
 
せめて大したことないなら大したことないなりに
そんな自分たちを愛してくれる人たちがいるならば
そんなキトクな人たちを
わたしたちも本気で愛していこうとしてるからだと思います。
 
 
夫婦間でも同じような姿勢でいます。
 
その素直さが、人や神様の気持ちを動かすんだと思います。
 
ブログ並にめーーっちゃ長くなってしまいましたが、
結論として受け取るのはやはりこわい!
だからこそ今の人生を創ってきてしまったはず。
 
そしてそれがしんどいと思うなら、こわくてもさっさと負けて(いろんなことに)
こわいなりに受け取っていきましょう、
わたしもまだまだこんな程度ですけど、
一緒にそこをがんばっていきましょう!
 
というお話でした^^
 
また感想や質問などもよかったら聞かせてくださいね。
それでは☆

☆ ☆ ☆ ☆

 

長文なのでこれ以上今日は書くこともあれかもですが、

 

つまり、弱さ(弱点と思えるようなことも含む)は

自分で認め受け入れていこうとするときに、強さや魅力になります。

受け取れる自分になっていきます。

 

それを自分で自分にしない、自分に対して怠慢になってしまうと、

劣等感から人を攻撃するか、

自分でやらない分、不足感を感じて人から言葉や何かをもらおうとするか、

不安や”本当はまだそう思えていない自分”を見たくなくて

自分を”できている!”とか”大丈夫だ!”とか”シンクロがあった!!”とか

自分で自分を変に煽るような、躍起になるような、自分に無理を重ねさせてしまいます。

 

(それが無理しているのか、もしくは他人に向けてアピールしているのか、

そうではなく、事実純粋に喜びで放っているかは、

落ち着いて自分の胸にようく手を当てて聞けば、

その人だけがわかることです)

 

だからわたしは、すごい人じゃなくて、

「ただのオンナ」と自分で思えている自分がいい。

 

昨日いろいろな気づきがあり、

自分のすべてがなくなったあの頃と同じように

またわたしは、今までのわたしを捨てていくときがきているなと思います。

 

自分なりに消化して、ゆっくりでも、進んでいきたいと思います。

 

お読みいただき感謝を込めて^^

 

【募集中☆】

Just a womanスクール
〜自分を大切に生きる方法〜第二期☆

 

【日時】2017年4月15日(土)

13時〜18時

【場所】JR東京駅徒歩10分圏内の貸し会議室

(お申込み者様に直接ご連絡いたします)

【特典】

①Facebookでの秘密のグループページ(参加していることが外側に漏れないタイプのものです☆)でのフォロー(スクール当日から一ヶ月間)

②卒業生向け音声配信サービス4月分の配信

【代金】140,400円

 

【お申込み】

フォームからか、
メール(thanksandhappydays☆gmail.com←☆を@に変更願います)にて、
「スクールについて」などの件名でご連絡ください。

2日以内に事務局より折り返しご連絡いたします。

※2日以上経っても折り返しのご連絡が届かない場合はメールの不具合等ですので、

お手数ですがメールアドレスや迷惑メール設定などをご確認の上、再度ご連絡をお願いいたします

※5月の開催予定はありません(第3期の開催は未定ですが、開催する場合は6月もしくは7月を予定しています)

 

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santasantasan.hatenablog.com