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「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

【人って本当にすごいんだってこと】こちらこそ、心から有難うございます。

お客さまの声 自分を大切にする

あと数日で、継続コースの3ヶ月間を終える予定のお二人からの素敵なメール。

 

真穂さん

こんばんは!
昨日また気付きがありましてご報告します^_^

随分前に真穂さんがブログで、

ただのオンナに戻るのは玉ねぎの皮を剥いていくような感じだと例えられていた記事があって(うろ覚えですみません💦)
それを読んだ時の私は、あまりピンときてなかったんです。
で、継続コースを進めていく中で、私には、

細かった木の幹がどんどん太くなっていくような感じがしていました。

それが昨日、玉ねぎの皮を剥いていくのがやっとわかったような気がします^_^

完璧愛ポストをやったり、自分に正直に生きようとしていたけど、

上辺だけ見てたんだなって。

私の本当の気持ち、わかって欲しい、気づいて欲しいところを

まだまだくみ取れてなかった。

何層にもなってて、段階もあって、根深さも色々で、

自分を大事に、正直に生きるってそんな甘っちょろいもんじゃない。

ほんとに玉ねぎの皮を1つ1つ剥いていくようだなって。

昨夜それに気づいて、自分にごめんね、ごめんねって1人大泣きしました;^_^A

ずっと自分をないがしろにしてきたから、

本当に真剣に見てあげてないとスルーしてるんですよね。

だから、自分のことちょっとでも蔑ろにしたら、

それに気づいてよ!!!ってすぐ色んな問題起こしてくる。

イラつくことも人も、起きること全て本当に完璧なんだなって。

なんかもう、すごいです。

そして、このことに気づかせてくれた真穂さんにほんとに感謝してます。

ありがとうございます!

 

 

青戸真穂様

(前半略)

ずっと、仕事はするのが当然、当たり前だと思って来ました。

働かなくていい立場を与えられても、早く就職しなくちゃって焦ってました。
その割には、どの職場でも上手くいかず、どうしたものかと思っていました。

その後、真穂さんのセッションを受け、
ゆるゆるに至った自分で思う事。

今まで、この根本である、何にも出来ない、
だらっとしている自分を認めたくなかった。

とにかく何かしないと、自分は存在してはいけないような気持ちを持っていた。

ゴロゴロしている◯◯を見るのが嫌だったのは、
本当の自分を見ているようだからなんだと。

仕事は自分を大きく見せるため、
誤魔化すための道具だったと気づきました。

上手くいくわけないですね。

もちろん生活があるから、お金は必要だけれど、
生活のためっていうよりは、やはり自分の見栄によるところが大きかったなーと。

なので、周りは心配でしょうし、自分の不安や焦りも認めるけど、
今は、やっとゆるゆるした自分の求める道を探していきたいなと思うようになりました。

 

これら見てジーンとしてしまいました。

お二人以外にも、昨日最後のセッションを終えられた方も、

やっぱり同じようなことをおっしゃていて。

 

お三方とも、これまでの人生で

なんのオプションもついていない、”ただの自分”を見つめることをずっと避けて、

何か価値ある自分になろうと仕事をがんばったり、

外から何かを学んだりしてきてた。

 

それはそのただの自分は、

情けないとか、価値がないとか、汚い(性格が悪い)とか、

そういう気持ちがあったから。

 

自分をないがしろにすることしか出来なかったのは、

そのままの自分を愛することができなかったから。

 

見栄を張らなくてはいけなかったのは、

そのままの自分ではいけないと思い込んでいたから。

 

だけど、全部全部、そんなことはなかった。

 

自分をないがしろにすることを止めて、

どんな自分をも見てあげようと思えるようになったのは、

ごめんねごめんねって自分に涙してあげられるようになったのは

誰かに認められたから、何かができるようになったから、じゃあ無い。

 

見栄のためじゃなくて、誰かに評価される道じゃなくって、

何もできない、ダラっとした自分なんだと認めて

その自分の求める道を探そうと思えるようになったのは、

誰かがそれで良いと言ってくれたからじゃない。

その道の可能性や希望が見えて、安心できたからそう思えるようになったわけじゃない。

 

こだわっていたあんなことや怖かったそんなこと、

自分そのままで生きることに気持ちが定まったら

そもそも問題でさえ無かったことに気づいたから。

 

それまでの3ヶ月間、三人共

自分と不器用なりに懸命に向き合ってきて。

その過程そのものが、自分を愛すること自分を大切にすることそのものだったから。

だから今、こんな気持になれてる。

 

なんか本当にこみ上げるものが。。。

 

皆さんわたしにありがとうって言ってくださるけど、

こちらこそ本当にありがとうですよ。

大げさでなく、人間っていうものの可能性、

世の中から必要とされたり、人から好かれたり、

何か立派なことものを持っている人じゃなくったって

そのままの自分から、

自分を愛し認めることができるようになるってこと。

その悦びが、今度は自分のために、

人生を進んでいったり何か動き出したくなる原動力になるってこと。

そしてそれは、拙いながらも進んでいったら必ず勝手に社会や誰かのためになる。

わたし自身がこんな未熟でも、そうなれていけているように。

 

昨日ちょうど、継続コースで2回めのセッションの方が

ご自身でこうしたセッションを仕事としてやりたくて、聞かれたんですよね。

「こういう業界って資格とかもなくてもできて、でもあるところもあって、

だけど実際売れている人は資格を持ってない人のほうが多いのはなんでだろうか」って。

 

わたしそのときなんて答えたか忘れたんですけど(おい^^;)

これ読んで改めてわかったのは、

資格や誰かのメソッドがあると、

それに頼ってしまって自分の実体験がおろそかになりがちなのが一つ。

 

そしてやっぱりまだまだ巷では、

知識や情報として複雑にしたほうが、

価値がある=お金を払ってもらえる っていう売り手側の考えが強いと思う。

だから資格社会は、やたらめったらどんどん複雑にしていくでしょう。

「やり方」とか「前提となる知識とは」とか、「新しい情報」とか。

 

それをたくさん知っていること正しく知っていることに資格授与の価値があるなら、

その前提はやっぱり

「何かをたくさん持ってることが偉いし尊い」ということになる。

オプションいっぱいつけることが、進んでいるということになる。

 

でもね、わたしは改めて思うけど、

もっともっと、人は賢くなってる。

本質に一番大事なことはそういう外側の何とか、量とかじゃない、

簡素過ぎるくらいシンプルなことを淡々と継続していくことが

尊い価値があることに、

もっとお金を出す側の人達も、ちゃんと気づいている時代なんだよ。

 

わたしたち提供者側がそれをもっと

真摯に受け止めなくちゃいけない。

誰かが弱く見えるなら、依存しているように見えるなら、変わらないように見えるなら

それはそうさせてるだけなのかもしれない。

 

むしろわたしたちが、

彼女らの命をナメていないか?

助けてあげるべき教えてあげるべき存在と決めつけていないか?

そうすることで本来の可能性を潰してないか?

 

本当は、学ぶべきはこちら側なのかもしれない。

いえいえむしろ、学ぶことがこうやって、

現にたくさんあるんだよ。

 

こんなにも、その姿で、

人間ってすごいチカラを持ってるんだって

いくらでも変わっていけるんだって

まざまざと見せつけてくださって本当にありがとう。

 

もっともっとその前提で、わたしも一人ひとりと向き合っていこうと。

改めてまた勉強させていただきました。

きょうの継続コース生は山梨からの方。

今日もそんな気持ちで向き合うことができたらいいな。

皆様も、お読みいただき感謝を込めて^^

 

【募集コース要項】

santasantasan.hatenablog.com