読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

人間失格レベルまで自分を生きたら、グルッと回って規則正しい健康生活そのものになった件。

自分を大切にする

今日は珍しく旦那さんが夜遅くまで外で仕事なので、

先に寝るためお夕飯を作り置き。

最近、美容のために23時か0時には寝るようにしているのです!

(肌の再生時間が23時〜翌2時までと聞いたので^^)

 

おでんと、かぼちゃのいとこ煮と、

明日の夜用に最近姉のとこに遊びにいったときに買った美味しい里芋を煮てみました。

いつもわたしがそのとき食べたいものを作るので、

バランスも彩りもあんまり良くありません。笑

そして明日もセッションがあるので、

お昼には強制的に、今晩と同じものを食べてもらいます。笑

 

しかしですね。

バランスが悪かろうが、前日と同じものだろうが、

ごはんをそれなりにちゃんと作るようになっただけ、

相当変わりました、わたし。

 

半年ほど前のブログを遡っていただくとわかると思うのですが、

当時はごはん作るどころか、家事全般を放棄してました。

洗濯物もいつも旦那さんにしてもらっていたし。。。

 

あと、23時に寝るのを目指すなんて。

当時のわたしは旦那さんの帰りを待って、

そのあとブログ更新したりして、

ダラダラ過ごして2時3時くらいまで平気で起きてはまた真っ昼間から寝て。。。。

そうそう、お風呂も面倒だった。

一日家にこもっている日もなんて多かったことか。

 

そんな風に、

「いやなことはしない」。

「したいように、やりたいようにやる」。

 

これをとことんまでにそれを突き詰めていったら、

日常生活が人間失格レベルになりました。

 

だけれどとことん自分の気が済むまで

食べたいだけ食べ、

起きたいだけ起きて、

寝たいだけ寝て、

すべきことを放棄するだけ放棄して、と、

とことん突き詰め続けていったら、

 

あるときふっと気が済んで、

洗濯してみようと思い立ち、

ごはんもっと作ってみようと思い立ち、

毎日が楽しくなったから昼間寝るのが惜しくなり、

昼間寝るのを我慢したら夜早く眠くなり、

お風呂にゆっくり浸かる心地よさを知った。

 

そうして気づいたらあれほどまでに人間失格レベルだった日常生活が、

グルッと回って非常に規則正しい健康生活に戻ってました。

 

そしてそこには、当時思っていた、

「家事しなくちゃ(女性として。彼に嫌われないように。)」

「早く寝なくちゃ(お肌に良くないから。健康に良くないから。)」

「早く起きなくちゃ(同上)」

「ごはんは何品は作らなくちゃ(ちゃんとしてないって思われたくない。健康を考えなくちゃ。)」

「お風呂には長くしっかり浸からなくちゃ(代謝に良くないから。)」

 

…そんな「こうあるべき(こうしないとダメ)」がひとつもない。

 

ただしたいからするだけ。

その行為自体が、そのスタイル自体が、

楽しいから、心地よいから、するようになっただけ。

 

だからそこに無理はなくて、わたしにとっては全部が趣味や気晴らしや余暇みたいなもの。

そういえば、仕事(セッション)もまた同じ。

 

それは同じように規則正しい、身体に良い生活をしている人のそれと、

行動の表面は同じでも、

心の軽さが、負担のなさが、ラフさが、

もしかしたら全然違うかもしれない。

 

全てを一度放棄して、人間失格レベルにまで成り下がる以前のわたしが、

いろいろな情報に振り回されて、

「人として」、

「健康に留意するために」、

「ちゃんと」、

…そんな「べきべき」を一心に背負って、

くたびれて疲弊して、

それでもなんとかその行動を取ることで何か(健康とか美肌とか旦那さんの評価とか)を得たり保つことに、実は必死だったように。

「そういうことを、ちゃんとしている自分」に価値をおいて、

「それが出来ない自分」には価値を持てなかったように。

 

そんなバカみたいな人生、

さっさと手放して本当に良かった。

そして結果論だけれど、

好き勝手やった結果、自動的に無理なく正常に戻れたのなら、

こんな美味しい話は無いと思ってる。

 

たとえば今でも、

「こんなんやってたら、この先大丈夫かな?」と思うことはいっぱいあって。

たとえばこんなに好き勝手生きていて、

子供が出来たら幼稚園や学校の行事とか、

そもそもその子供の生活リズムに合わせてわたしちゃんとできんのかな、とか。笑

 

でもそれって実は、考えるだけ無駄だと思うのです。

だって、そのときにはもう、また今と違う自分にきっとなっているから。

【今】を自分の本音で生きたら、

その延長線上の未来は、まだその本音を積み重ねてない【今】から想像する未来とは

まったく別物になるから。

そもそも、未来に子供に恵まれてるか自体わからないし。笑

 

だから、いかようにもありなされ。

いい加減であれ。

怠惰であれ。

変人であれ。笑

【今】の自分の望む姿が、生き方が、そうならば^^

 

少なくともわたしは、

自分の家族関係においても、

旦那との出逢いにおいても、

仕事においても、

結婚においても、

新しく出来た義理の家族との関係においても、

そのようにダメな自分を堂々生きて

今のところ困ったこと、一度も無いですよ☆

 

それはきっと、先程のこの図のとおり☆

f:id:santasantasan:20161014114509j:plain

 

ダメな自分=凹みも自らが受け入れて生きる。

すると凹んでるから、助けが入る。そんな自分でも認められ、愛される。

たくさんたくさんギフトが入ってくる。

それは、凹みを明らかにしたから。

取り繕って、自分を偽って、否定して

凸ろうとしなかったから。

 

そしてそんな嬉しい結果が起きる保証があったからそうできたんじゃない、

ただ自分を、明らめて、そうでしか生きられない自分だったから。

嘘がもう、つけなかったから。

そんな人生はもう、心底嫌だったから。

ただ正直に【今】、【自分】であろうとしたら、

いい加減だったし、怠惰だったし、変人だっただけ。笑

 

そうしてそれは、わたしたちの本当の実在に後からくっついたもので、

つまり本来【無い】ものだから、※これはかなり真理的なお話なので、わかんなくてもいいです^^

いかようにも変化を遂げていくんですよ。

自分を満たして、目をそらさず、見つめて認めていきさえすれば。

 

だから今の自分の、いわゆるダメと感じる姿に、

恐れおののいて、

隠そうとしたり、

無かったことにしようとしたり、

矯正しようとしたり、

何かを諦めること自体、とてつもなく意味のないことなのだと思います。

なので、さっさと明らめて(諦めて)、

今の自分を認めてその自分で踏み込んで生きてみるべし☆

 

お、さっそく好き勝手書いてみたつもりですが、

夕飯の話から、なんとなくそれらしい話にちゃんと繋がった。笑

わたし、天才。笑

 

【そのまんまの自分】を、

そのまんまに生きていきたいけれど一人では勇気が出ないしやり方もいまいちという方は

継続コースでお待ちしてます♪

 

【継続コース詳細】

santasantasan.hatenablog.com

 

それでは、また♪