「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

「私はこんなだから仕方ない」?「仕方ない」は他人のためじゃなく、自分を愛して愛して愛し抜くために使うもの!

ふと、このブログで好きなことを好きに書いていて、

もっとより多くの人に納得してもらえるような、
もっとより多くの人に共感してもらえるような、

そういう書き方・伝え方がいくらでもあるのだろうな〜と思いました。


要は
「それは確かにそうかもしれないけど、言い方っていうものがあるだろう」
というやつです。

でもわたしはわたしがこういう人間であるということを明らめていて、
わたしはその、

日和らない(日和れない)自分、

ハッキリと思うことを言う自分、

だけれど関わってくれた人に愛情が深すぎるくらい深い自分、

それで違和感を見過ごしては、後でのたうち回ることが時々あるおバカな自分、

けっして強いのではなくて、小さなことでくよくよしたり、
サラッと流せず、いつも立ち止まっては真剣に考えてしまう自分、

そういう、本当に不器用で、なかなかにめんどくさい自分を心底愛していて、
大切に思っていて、
だからこそ他のどの誰よりも、「その自分自身」を、
思う存分自由に、のびのびと笑って過ごさせてあげたい。

「その自分」を「わたしの人生の主役」にしてあげて、
めいっぱい愛してあげたいし、
他人からもまた、めいっぱい愛される経験をさせてあげたい。

 

そういう生き方を望んだので、

それが他人様の期待に沿える「ちゃんとした」「それ」ではなくても
それは仕方のないことだと思っているんです。

 

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(2年くらい前の誕生日に、旦那さんが今までのデート写真をムービーにして
サプライズでプレゼントしてくれたものの一コマ。←旦那氏はクリエイターなのです^^)

 

悩める多くの人は、
「わたしはこんなだから(こんなダメだから、とか)仕方ない」
と言うような気がします。

わたしはこんな生まれだから、こんな容姿だから、こんな性格だから、
人より際立ったところがないから、大して努力もしてこなかったから、

「だから仕方ない」と。

 

その「仕方ない」の種類は、
幸せになれないこと、他人から大事にされないこと、愛されないこと、
今満たされていないこと、何かが手に入らないこと、

そういうたぐいの「仕方ない」です。

 

でもわたしは、それらの「仕方ない」は、なんだか使い方が違う気がします。


諦めるべきところを、間違っているんじゃないか?と。

それは誰のための「仕方ない」なのだろうか?と。

 

わたしが思う「仕方ない」の言葉は、
自分が自分を生きるために、愛するために、大切にするために、
そのために他人や社会の期待に応えられないときにこそ、
大いに使っちゃいなヨ!!と思います。

 

でもきっと、逆をしている人が多いと思うのです。

 

自分が幸せになること、望む生き方に対しては「仕方ない」と諦めてしまって、
他人や社会から求められることに対しては「仕方ない」をけっして使わずに、
自分を追い込んでまでそこに応えようとする。


そういう、自分を愛して大切にして幸せにしてあげるのとは
逆の使い方。

 

たとえばわたし、体力がないです。めちゃくちゃ。

だから会社員時代、週5働くのが本当にきつかったんです。特に生理の時。
今思えば、性格的にどう考えても向いてないことをしてて、
エネルギー散漫だったせいもあると思うけど。


「それなら体力をつけろ」とか「薬を飲め」と周りは言いますよね。


”みんな”それをやっていて、ちゃんとできることが”フツー”なんだからと。

 

だから、仕方ないと思えなかったんです。ずーっと思ってたんです。

「”みんな”が”フツー”にできてることが、できないわたしが悪い」と。

だから”申し訳ない”からそのぶん、
仕事のスキルをどんどん磨いていったのです。

それで評価されて、気づいたら先輩を追い抜いていても、いつも、
「でも体力ないよね〜〜」ってチクリチクリと嫌味を言われ続けていました。

まあ、「その自分がダメ」と他でもないわたしがわたし自身に思ってたからこそ
そういう現実が繰り返されてたんですけどね。

 

「仕方ない」と割りきっちゃいけないと思ってた。

そんなのただの開き直りで、いけないことなんだと。

だって”みんな”の”フツー”と違うわたしがいけないんだから、と。

 

でもそれって、実は、
体力をつけたい!!!ってわたし自身が心底望んでたわけじゃないんですよね。

体力のない自分はイヤ!!!ってわたし自身が心底思ってたわけじゃないんですよね。


むしろわたしの本音は、

体力のない自分だけど、その自分でいいって思いたかったし思われたかった

体力のないわたしは「仕方ないよね!」って
カラッと思えたらどんなに楽だろうかと思ってた


そう、本音はこっちでした。

 

たとえば太ってる自分がいて、
自分が自分として、それはどうなの??ということなんです。

周りが「あんたはぼちゃだよね〜」ってディスってきても
自分が自分を太ってても好きと思えていいなら、
堂々とそのままの自分で胸はって生きたらいいと思うんです。

だけど、自分でそんな自分が嫌ならば、

そこは「仕方ない」とか言ってないで動き出せ!!!
人の期待に応えるよりも仕事するよりも何よりもまず痩せろ!!!
一番尊い自分をそんな状態にしてる自分を許せないのなら!!!
だけれどそれが、「自分を責める」になるならそれも違うからそれは待て!!!


と、そういうことなんです。


全ての基準は一番可愛い自分のために、ということなんです。

 

で、話が戻って、今のわたし。

「仕方ないよね!」って、カラッと思ってます。笑

別に「今」、困ってないから。全く。

むしろわたしが体力ないことで、
旦那さんが本当に男らしく頼もしさを発揮しているからこれでいいくらい。

何も問題ないです。”わたしにとって”は。

 

それでね、こういうことを書くと、
「でも”今”、問題なくても、”いつか”問題になるからちゃんとしないと」
っていう意見もあると思うんです。

むしろその想いで、
「自分は自分でいい」とできない人はたくさんいるんじゃないでしょうか。


だけどわたしはわたしを信頼してるんです。

「それはその時、本当に自分が自分のために変わりたいと思ったらその時は
大切な自分のために、すぐ行動に起こせる」ということを。

 

本当に”自分のために”どうにかしなきゃな場面がきたら、
わたし、全力を尽くせますよ。自分のために。

とゆうか、たぶん誰でもそうです。本当は。


むしろその、
将来の心配と周囲の期待と常識のために
「仕方ない」で切り捨てられないものにエネルギーを割いてる「今」の間に、
本当に向き合わなきゃいけないこと、
やらなきゃいけないことを見過ごしてることのほうが多いです。

そっちを、気に留めなくちゃいけない。本当は。

わたしで言うなら、体力をつけることじゃない。それは。
わたしのために大切なものの優先順位は、「今は」それじゃない。

そしてその自分にだけがわかる優先順位や自分への信頼は
他人の期待や常識や将来の心配からではない「今」を「自分のために」直視して
真剣に生きてきた結果、わかるようになったんです。

ちゃんと自分を生きてさえいけば、
時がきたら、人はちゃんと(自分のために)変化していけるし思い方も変わると。

そこに自信と信頼があるんです。

 

ちなみにうちの姉さん、
わたしより体力がない、体重も40キロ満たない超ガリ子ちゃんで、
病気の後遺症で左手が短いけれど、
超元気な男の子を生んで、4歳の今も健康優良児です。

そしてそれを、片手で抱っこして家事こなしてます。
(本人ガリガリはそのまんま。笑)

 

元来”自分大好き”な姉は、
将来のこととか心配しすぎないで、体力をつける努力もほぼしないで、
「自分」が「自分のためにやりたいこと」をやり尽くして、
常に愛される人生を生きております。

昔はそんな姉が大嫌いでしたけど、それって結局嫉妬してるだけ。
今は尊敬してるし大好きです♡

 

「仕方ない」は、他人のため、
自分を生きることを諦めるために使う言葉じゃなくて、

自分を大切にするために、愛し抜くために、
その自分を自分だけのルールや美学にのっとって、
磨くために使う言葉。


わたしは、何度もしつこいけれど、
人はけっして特別な存在でなくても
自分次第でなんとでも自分を愛せる幸せな人生を選べると心底思っているから、

自分がね、自分のために使う「仕方ない」以外、
本来存在しないって思っていますよ!

あなたの使ってる「仕方ない」は、どっちですか?


自分のために「仕方ない」を使えない方、
どうしてもそれじゃいけないんじゃないかって
周りや他人を優先させちゃう方は、セッションにどーぞ!

「それ、いいよいいよ〜〜!!仕方ないでしょ〜!!!」って
わたしにカラッと笑い飛ばして言ってもらえます。笑


って、冗談でもなんでもなくてね、

心底そうとしか思ってない人に言ってもらえたら、
今まで悩んでたのはなんだったのかってくらい、
アホみたいに簡単に自分のこと許せるようになりますよ。

セッションに来てくださった方がめっちゃ良い顔をするのは
素晴らしいお話をたれる時とかではなく、絶対にこの時です。笑


それで、それが一番可愛い、その人本来の姿なんです。

周りやよくわからない”フツー”と違うから「ダメ」とみなしてる部分の”自分”が
これでいいんだ、って許せたときが。


だって、自分のことを、愛してないわけないから。

愛してるからこそ、悩むんだから。


一番愛してる自分を、ひとと違ったって性格が悪かったって頭おかしかったって(?)、
愛していいんだと心底思えたら
それだけでひとは本当に幸せなの。


その自分を隠して、周りに評価されるための自分になんて
本当は誰もなりたくないの。

だーれもね!


制限なく、素直な愛を放てるときがオンナは一番可愛いんです。

それが一番大切な自分に対してならなおのこと。

だからわたしはセッションをやるんだよ。

自分がいかに自分を愛してるか、いかに可愛いか、
いかに本当は素直でもともと輝いてるか、知ってほしいから。

すっごく美人さんになって(戻って)帰っていただきますからね!笑

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※詳細は以下です☆

santasantasan.hatenablog.com

 

それでは今日もお読みいただき感謝を込めて^0^/
明日からの一週間も、素晴らしいものとなりますように!☆