「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

愛されることに正しさは要らない。

最近、旦那様との仲がますます深まっていると感じています*^^*

そんな中、
「愛されることに正しさは要らない。」←これ、

すごく基本的なことなんだけれど、
最近改めてそうだよなあとしみじみ感じています。

 

きっかけは、例のさっちゃん事件(※過去記事参照)で、
わたし、あの記事ではすでに元気が戻っていて
「うるせえ!!!ブス!!!」と吠えていますが、
やっぱり悲しくてけっこうな時間、大号泣したんです。

旦那さんの膝を抱えて。笑


なんで、ブログを、しかも全記事読んでくれたという人が、
こういうふうに言うんだろう。

わたしの表現が悪くて誤解も与えていたようで、

だけど過去の記事に対するとても細かい指摘に、
なんか、

そんなにわたしは間違っちゃいけないんだろうか?


間違ったことを書いたり、失敗しちゃいけないんだろうか?


そのときそのときで変化していって、
それを「こうでああでこう変化しました」と
逐一はっきりわかるかたちで明記しなくちゃいけないんだろうか?と。


ドキドキしながらブログを始めたとき、
自分に少しずつ勇気を出して踏み込んでいったとき、
少しずつその勇気を、縁してくれる人につなげていったとき、

そういう行動のひとつひとつに、どれだけ勇気を出して進んでいったか、
何も知らないで出されたものの結果だけ見た人に、好き勝手言われること。

「わたしもこんなことしてきたなあ、アイタタタ…と思って読んでました」という表現があって(もう消しちゃったから正確ではないかも)、
それはとても嬉しいけれど、
ただ「アイタタタ…」と思って読んでいるだけの人と、
アイタタタ…を自分からいっこいっこ真剣に見つけて、
ひとつひとつ生き方を真剣に変えて発信してきた自分、

発する言葉の奥に、
見ているもの感じているもの、今の自分からはわかれないことわからないことがあるのかも、と
慮ってもらうことさえできないのかあ…と。

与えたとまでは思ってないけど、受け取って全ての記事を読んでくれたという人でも
そういうものなのかなあと、 

全部わたしの勝手なエゴだけど
すごい悔しかったし悲しかった。

 

だから、旦那さんの膝に抱きついて本当に声を上げて泣きました。笑


それでわたし、そのときから、
ブログも止めちゃおうかなあという想いが時々わくようになって。(今もけっこうな頻度で思う。)

なんか旦那さん、お仕事がんばってるし、
もうわたし、全部任せていい?

ほんとに何もしなくていい?

って思えたのです。

これはですね、さっちゃん事件の前から、
トークライブの日、マサエさんと、
実はマサエさんを車で迎えに来てくれたマサエさんのイケメン彼氏さんにお逢いすることができて、お二人の様子を見てハッとしたのですよ。

わたし、まだ旦那さんに全てを委ねきれてないなあ、と。

委ねきれてないのが悪いのじゃなくて、
委ねきりたいなあと。

ほんで、自覚したらやっと、
委ねきることができた。
今、ほんともう、「よろしく〜頼んだよ〜」って感じです。笑

 

そうしたら、旦那さんがますますかっこよくなっていって。

こいつは本当にもうどうしようもないから、俺がなんとかしないと!!!と
ますますなっていってて。笑

 

それで改めて思った。

旦那さんは本当は、わかっているはずです。

わたしの身勝手さも、今回の件も、わたしが100%”正しい”わけではないことを。

けど、そういうのって正しさを気にしていた自分としては拍子抜けするくらい
どうでもいいんですね。愛されるかどうかには。

男の人にとって、
自分の隣にいてくれる女性が、
清く正しく”ちゃんと”生きてるかなんて、ほとんどどうでもいいんだと。


大事なのは、幸せなのは、嬉しいのは、
自分を”男”にしてくれるかどうかなんだなと。
昔憧れていた、”姫を守るスーパーマン”に
なれるんだって思わせてくれるかどうかなんだなって。


確かに女性がしっかりしてくれて、自立的で、
負担が減れば男性も「ラク」かもしれないけれど、
そのぶん、自分の中の”男”に誇りや自信を持てることにはなりづらい。

ふだん隣にいるのが理詰めで迫ってくる、
正論を振りかざす奥さんや彼女さんだったりすると、
なんだか自分が”男”でいなくても、こいつはきっとだいじょうぶだって、
ラクを選びたくなるのだと。
むしろオンナの”ちゃんと”しようとする気張りが
男性に「こいつは大丈夫だ」って思わせてしまうんだと。


だから男の人は、大金出してもクラブに行くんですよね。
頼られたいし、カッコいい!!って思われたいから。
”男”として扱われたいから。”男”でいられる時間を得たいから。


でも男性も、
一度「ラク」を感じてしまうとそこが居心地よくなってしまうから、
やっぱりオンナから負けに行くというか降伏してしまうというか、
任せきる、頼り切る、その覚悟、
そこに肚を据えると、男も眠っていたスーパーマンへの想い(笑)が目覚めるのだろうと思います。

 

なんかちょっと話が逸れた気もしますが、
「愛されることに正しさは要らない」。


汚く間違って生きろというのではもちろんなく(笑)、
ただ、清く正しく生きて愛されるのは、
そこに”素直さ”がベースにあればこその話だと。

素直さのない、自分を守ろうとする、
そのために振りかざすタイプの”正しさ””ちゃんと”は
人を萎えさせるしかないんです。

先日も少し触れましたが、
わたし自身も絶望シリーズでそれをやってブス化したので、
大いに反省して今後に活かしたいと思います。笑


そしてですね、今日のような記事、
ノロケかよ!とか、「相手がいるから言えるんでしょ」とかって思う人もいれば、
「ああ、わたしつい正論振りかざしてた><」「ここを変えたらもっと変われるかもしれない^^」って素直に前向きに自分に活かそうとしてくれる人もいて、
わたしは前者の人たちがとても怖かったんです。
そういう、無駄なプライドが高い女性たちの存在が。めんどくさいから。。。

だから、その人たちのご機嫌を損ねないように損ねないように、
気をつけて書いてきました。

誤解がないように、それでも指摘されたとき、「正しさを主張できる範囲で」、
とゆうかそもそも、指摘されないように、って。


今でも怖いですよ。
でも、もうそれに疲れたので、
後者の女性たち、
素直だからこそ、可愛い愛されオンナに戻れる素地のある女性たち、
そういう人たちに向けて書こうと決めました。

そこにエネルギーを割くの、もう嫌になったから。
その人たちの幸せまでは、まったく願えないわたしだから。

実際、エネルギーをそこに割くのをやめた結果、
不満をぶつけてきたのがまさに「理詰め」な人だったので、
この選択はこれで良かったと思っています。

そんな感じで、間違いも表現の拙さもこれからたくさん出てくると思いますが
そんなんでよろしければこれからも宜しくお願い致します。


それでは今日もお読みいただき感謝を込めて。

どうぞこの記事を通じて、素直な可愛い愛されるただのオンナ(本来の姿)に
女性が戻っていきますように*^^*