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「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

見ててねお母さん、っていう気持ち☆〜オンナを生きる96日目。

今日はちょっと個人的な話ですが。

度々このブログでも登場してくるサンタサンタ母。
去年1年間、神奈川の実家から離れて、祖父母(母の父母)の介護のために
1年間伊豆に帰省していました。

その間、ほぼ寝る暇もなく、介護を続けてたお母さん。

去年6月の祖母が、今年1月に祖父が天国に召されて
1年ぶりに自分の時間が持てるようになりました。

それでね、そんなサンタサンタ母。

介護をしているときは、睡眠不足と疲労で
永遠にそれが続くかのように感じられたって。

自分の両親に一日でも長く生きて欲しいと思う気持ちよりももう、
とにかく解放されたいって何度も思っては
自己嫌悪で自分を責めることの繰り返しをしてたつらさ、
遠くからでもわたしも感じてました。


でも終わりは急にやってきて、ふと、
あんなに望んでいたはずの自由な時間が手に入ったのに、
全然こころが喜ばないと。

1年以内に両親どちらも亡くした悲しさももちろんあるけど、たぶん、
疲れきっちゃったんですよね。
こころもからだも。

そうして思うのは、
「今、何もしてない自分が良いと思えない」ってことなんだと。

「介護」っていう、
24時間自分の時間を占めてたモノが無くなって、
何をしたらいいんだろう、って。

特に祖父は寝たきりだったので、
母がいないと「生き続けることさえできない」状態。

赤ん坊じゃないけれど、そういう、
まさに自分がいなければ生きていけない人に
24時間心身すべてを注いで、
怒涛のごとく過ぎ去った1年。

あんまりにもそれを乗り越えていくのが当たり前で
いざ自分の時間ができたら、介護をしていたときと比べてしまって、
「何も産み出していないように思える今の自分がダメに思える」と。


これが、ちょっと前の、うちのお母さん。

最近は読書をしたりして、少しずつ、
のんびりできる時間を、
それを与えてくれてる旦那(サンタサンタ父)の優しさを
受け取れるようになったようで、
電話の声が随分明るくなりました。




わたし、今、このブログで、
「オンナはただのオンナでいい」
ってことだけひたすら言い続けてるじゃないですか。
(しつこいくらいに。)


でですね、本当にそう思ってるし、
本当に自分もそうありたいと日々思ってるから、

だから母にもひたすら、ずーっと、
「いや、お母さん。何もしてなくてもいるだけでいーんだって。」
って言えたんです。


「何もしなくても、家にいるだけでお父さんは嬉しいんだよ。」


「寝たいだけ寝なよ!!人間失格くらい寝てるよわたしも。」


「寝れば寝るほど、こーじくん(サンタサンタ旦那)と仲良くなってるから、
これが我が家の社会貢献だよ!」


「寝まくったら、ちょっとやりたいことわたしも出てきたからさあ。
それまではのんびりしてたらいいんだよ。がんばらないことをがんばれ!!」


って、超・確信をもって言い続けた。
説得力ありますよねえ。(笑)


それでわたし、思ったんですよ。

自分がバリバリ働いてたら、
自分が自分にだらけることや怠惰なことを思い切り許せてなかったら
自分で自分を満たすことに没頭しなかったらきっと
母にもこんなこと言えなかった、と。
(働くことが悪いということじゃないですよ!!)


そう思ったら心底、
「自分を一番最初に幸せにしようとして本当によかった。」
そう思ったんです。

 

今だって見渡せば、地震のことをはじめ、
いろんな悲しいこと、ありますよね。

何もできない自分、っていうのはたぶん嘘で、
何かしようとすれば、
募金でも情報発信でも、どこまででもなんでもできる。
そう、どこまででもできてしまうんです。


それも、もちろん大事。
絶対に、大事。


でも、わたしがわたしの立場で思うのは、
優先順位を間違えない、ということ。

まずは自分を一番、幸せにする。
自分の心の隙間は、自分で埋める。
自分の足元を見つめることから、逃げない。


この世界の悲しいこと、理不尽なことに
目を向け始めたら、それらは本当に果てしないから。

だからこそどこかで心の線引を取ることは、
とてもとても大切なんです。

そしてその線引は、
あくまで自分を直視し続けることの中に、
それでもまだ創り出せるスペースの中で、その余裕分で、
誰かを思うこと。誰かのための行動を尽くすこと。


その“間合い”をきちんと取れることが、
本当の意味での自立だし互助だと、わたし個人はそう思ってます。

 

このブログ、最初から見てくださってる方は知ってると思うのだけど、
わたし自分を一番最初に幸せにするために、
介護真っ最中で一番つらかったときの母へのフォローはほとんどせず、
3つ上の姉や父に任せて
自分は心の上で一線を置いてました。

今、すべてが終わった母に対して、そのこともハッキリ伝えてます。

でも、だからこそ今は、
お母さん見ててね、って言ってるんです。

何をしなくたって、できなくったって、
ただ自分で在るだけで、それだけでもう充分なんだってこと。
人を笑顔に、幸せにできること。


ただの自分で良いなんてとても思えないでいた過去のわたしを
一番見て一緒に苦しんできたのが他ならぬお母さんだからこそ。


だからわたしがただ、ただのオンナでいることで
笑顔で自分を許せていたら、お母さんもそれだけで幸せでしょう、と。

そうしてお母さんも、そうあることで、
天国のおじいちゃんおばあちゃんが幸せだということ、
わかるでしょうと。

だからわたしが先に、見本見せてあげるね!と。

それで、そんなわたしが今いるのは、
わたしがわたしを幸せにできるのは、
お母さんがこの世にわたしを産んでくれたから。

お母さんが最高の仕事をしてくれたことを、
わたしがわたしの人生で示していきたい☆

そういう気持ちも、あるんです^^


自分の親はそんな親じゃない、
そう思う人もいるかもしれません。

でも、そんなことゼッタイないよ。

素直になれないだけ、なれなかっただけ、
自分で自分を幸せにすることがどうしてもできなくて、
だからあなたにつらくあたることしかできなかっただけ。
そうでしか、表現できなかっただけ。

そのことを、態度には出さなくても
深いところで後悔してない親はいないです。

人間っていうものの本能が、そうだから。
あなただって、本当はそうでしょう??

 

だからやっぱり、「今」、「自分」が、
自分を満たして幸せにしてやれるとこからしか、始まれない。
やり直せない。

そうしてそれは、本当に、
親はもちろん、家族を越えて、
たくさんの人に貢献していくことでもあるから。


…なんか今日は、なぜかマジメな話になってしまいました!
たまにはこんな日があってもいいですよねえ。

明日からまたお休みですね^^
皆さん、どうか素敵な休日をお過ごしください☆
今日もお読みいただき感謝を込めて♪

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