「すみません、ただのオンナに戻ります」。

良い子を卒業して、「ただそのままの自分(ただのオンナな自分)」を大切に、がんばらずに生きる方法をお伝えしてます◎

女性性を本気で開こうとしたら、女性に嫌われるかも疑惑。それでも構わないと観念し、開ききると決めました。

このブログは、

長らく男性との良縁に恵まれず、

やっと彼氏ができたと思っても3年以上同棲しても結婚が決まらず、

両親との関係もなんだかわだかまりがあり、

仕事も転職を繰り返しても上手くいかなかいなど

 

いろんなところで悩みを抱えていたブログ筆者(わたし)が、

「女性である自分を、女性性を開いて生きていきたい」と試行錯誤していく日々を綴ってきたものです。

 

この記事で書いてあるようなことををはじめ、

「女性である自分を生きるということ」をコツコツと続けていった結果、わたしは、

 

・半年後には結婚が決まり、

・自分が無理なく、心から楽しいと思える仕事が見つかり、

・両親やきょうだいと本当の意味で安心して心が通じ合えるようになり、

・旦那さんとなった彼の仕事(自営業)が軌道にのって、

 

そして、2017年には

・大好きな場所で心から満足のいく結婚式が挙げられ、

・その後、なぜだか1000万円弱のお金が流れ込んで。

 

・都会を離れた伊豆という地域で両親の家をリフォームして、

自然に囲まれた広い一軒家でゆったりと、大好きな旦那さんとともに

生活することができるようになりました。

 

(その軌跡は、すべてこのブログで綴っています)

 

それらの現実の変化もわたしにとってはとても大きなものでしたが、

一番の変化は、わたし自身が心穏やかに、

毎日ほっこりとした気持ちで

「しあわせだなあ」と思えるようになったことです。

 

このブログで書いている、わたしがやってきたひとつひとつはとても小さなことですが、

続けていったら、

自分のことを自然に大切に、

自分らしくただ在ればいいんだな。大丈夫なんだな。と

思えるようになっていくのはわたしが実証済みです^^

 

前置き長くなりましたが、この記事やこのブログがどなたかのお役に立てますことを願っています◎

 

では、記事をどうぞ御覧ください^^

「良い子を捨てる」

これ、先日の勉強会でもひとつのキーワードだった気がします。

良い子を捨てて女性性を開いて自分を大切に生きよう!!と提唱(?)しているわたくしですから、
今日はわたしも、また一つ、勇気を出して良い子を捨て、

なかなか過激なことを書きたいと思います。

どうか心してお読み下さい。


勉強会を終えてさらに昨日今日と、

わたしにしては珍しくいろいろと予定が詰まっていたので、

やっとそれらが一区切りついたささやかなご褒美に、ふと思いついて、

お気に入りのジュースバーに行きました。

 

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アサイースムージーを飲みました☆


こちらはショップ全体がすごく素敵な雰囲気のところ◎

身体もだいぶ疲れてたので、

お店の空気感とフルーツたっぷりのジュースに

パワーを注入してもらおう!と、駅から少し歩いてでも、普通の喫茶店ではなくて

そこにわざわざ(←もちろん自分が好きで勝手に、ですよ)、

ルンルンで向かったわけです。

 

ところが。
(※ここからの表現は、わたしの性格の冷徹さがもろに表れています、ご注意下さい)


とても小さなジュースバーの裏の小さなイートインスペースに、

並の男性以上に全てのパーツが大柄で、

絶対にかわいらしいということができない

足を開いて大声でおしゃべりし倒す、

なぜか姉妹のようにそれぞれそっくりな女子高生5人組が

ドカンと真ん中の席を占めていました。

 

ジュースバーのさわやかな雰囲気と、

その大柄女子高生5人組の姿(と大声)が全く似つかわしくなくて、衝撃を受けたのち、

一瞬殺意にも似た感情を覚えたくらいです。

どうでも良いことかもしれませんが、何か、

柔道部なのかな?とかっていうしっかりとした大柄体格ではなくて、

まじまじと眺めなくても

ただただそのまま肥えていった(←この表現がもう自分が最低人間と自覚しています)
という体つきで。

同じ女性として、本当にひどいですがわたしのそのときのすなおな気持ちは、

 

醜いし、汚いし、見たくない。

 

目も心も汚れる。

 

ということでありました。

真面目に、怒りレベルでした。

それで、運良く少し離れたショップ内のスペースが空いていたので、

そちらで一人ジュースをごくごく飲んでいる間に、怒りもだいぶ落ち着いてきて、

冷静になってきたところ、ふと、思ったのです。

 

楽だよな、と。

 

女性としての自分の体、心、容姿と向き合わない

(まず向き合って自覚しなければ愛することもできないわけです)、

そこにおいて同じように怠慢な女性たちと一緒に過ごしていたら、

安心だし、楽だろう、と。

当たり前ですがその女子高生たちの友情がどうかじゃなくて、「わたしだったら」の話ですよ。全てその話ですよー!


女性性って素敵なやさしく甘い響きがありますけれども、

でもそこには尽きない欲望とか、したたかさとか、

そういうものも含まれていると思うんんですよね。

絶対、あると思うんですよね。

 

てことは、本気で女性性を開こうとしたら、

仲間である女性に、嫌われるかも疑惑。←今回のことで気付いた

 

それでも、

「自分はどうしたい??」か??

たぶん、女性らしさを薄めて薄めて、そぎ落としてそぎ落として、

中性的になればなるほど、

人間関係は円滑になりますよね。

 

だからよく、母親になると女性らしさを発揮できなくなると云いますがそうではなくて、

今の社会なりの生存本能・防衛本能で、

そこをそぎ落としていく選択を無意識にしてるのかもしれません。

 

女性の輪の中で生き残るために。

 

もちろんそれが良い悪いではなくて、

単にわたし自身の選択の話ですが、


わたしはずーっと、ホステスやろうがどうだろうがずーっと、

そうやって上手く生き延びるために女性性を閉じるクセが抜けてなかったと思います。

たぶんもう、10代の頃とかから。

それはやっぱり、嫌われるのが怖かったから。

そうすることでやっぱり、自分を守ろうとしてたんです。

でも、もう良い!!

 

人間関係のなめらかさを重視するよりも、

せっかく女性に生まれてきたのだから、

女性性を開ききることにもっと踏み込みたい。

 

そこに踏み込んだときは優しさもやわらかさも受け取る器の大きさも、

比例していると思うから。

 

どこかで「それではいけない」「女性として、それでは生きづらいから」と、自分で自分をどこかに置いてきただけ。

 

全て、取り戻して生きたいんです。

 

スピリチュアルや、道徳観の

「愛だ」「感謝だ」でわかった気になることもできるけれど、

生身の身体で、感情で、全部抱えて挑んだそのときに、

自分の人生でどういう景色が見えるのか??

 

それを、ちゃんと自分の人生で見たいんです。

そうしてね、こんな傲慢な心も、

愛して貫き通せば生き様、美学になるのだと。

 

わたしなら、おデブでおブスで女を捨ててる=自分を大切にしていない人は、

なんならどんなに仕事ができようが、どんなに稼いでようが

なんの免罪符にもならないくらい地球規模で悪の存在だと思っていることにも気付き
(女性が輝いてないと、男性のパワーが低減するため)、

それが女性性を開くとか、自分を大切にするとかを、伝える原動力になっていること。

 

そしてわたしは本当に自分に構わない人間だから他人のこと言えた義理じゃないけど
絶対に大切にしてるのは、

旦那さんでも、お世話になってる社長でも、父親でも、

自分にとって大切な男性が、一緒に連れて歩くのに恥をかかせる女にはなりたくない、
という想いをいつも持ってることにも気づきました。

 

そのために自分を曲げることはないけれど、

「自分として」その最大限の努力はしているなと。

それはわたしにとっての、わたしのプライドなんですよ、きっと。

 

そうしてその上でも、好きと言ってくれるひとがいたらそのぶん大切にすることにします^^

そして同じように、そこに進もうとされている方には

本当に深い応援のこころと尊敬の心を持つのです*^^*


なんか、書きだした時はドキドキしていたのですが、

今とてもスッキリ気持ちが良いです♡

やっぱりどこまでも、「自分に正直に生きる」ですね♡

それでは今日もお読みいただき感謝を込めて!

 

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