「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きていく軌跡☆

自分らしい人生を見つけるヒント。やりたいことがわからないという方へ。【伝説の波乗りジャーニー物語】

・伝説の波乗りジャーニー物語。

ここに、目の前に海があるとして。
サーファーを夢見る少年Aは、本当は大波に乗りたいカッコいいサーファーを目指しているのに、その海岸はとても穏やかで、単調な繰り返しで、面白い大波なんかとても来そうにありません。すると思うんです。
「ああ、自分のいるこの海には、大波なんてこないんだ」
と。
そして諦めて、海に入ることもしないで、ただそれを眺めるだけのおっさんになります。

でも同じ想いをもった少年Bは、単調な繰り返しの、最初は穏やかでつまらないものでしかない海にサーフィンボードを持って入っていって、小さな波をずーっと真剣に観察してる。いつもどおりの小さな波が、繰り返し起きては消えているだけのような気がするけど、でもよーくそれを見続けている。
そうして、少しいつもと違う波が来たような時はすぐわかる。ワクワクして乗ってみる。でも、すぐにそれも消えて落っこちる。そうすると海の外にいる人達に笑われる。恥ずかしいけどでも、それを何度も繰り返す。そうしたら、それを繰り返しているうちに、あるとき小さく思えた波が、大きな波の流れを作り出し…。
そうして少年Bは伝説の波乗りジャーニーとなったのであった。

〜伝説の波乗りジャーニー物語 完〜

 


ってなんでしょうこれ。(わたしもわかりません)

ただ、人生ってコレと同じでないかな〜とふと今日思ったのでした。

・伝説の波乗りジャーニー物語から学べること。

自分の人生をですね、もし、つまんない、どうせ大波なんてこないゼって思ってたらその前触れの小さな波も気付けないし、気付けなかったら大波に乗れないし(そこに繋がる小波に乗ってないんだからね?)、そもそも海に背を向けたらその時点で何も起きようがなくて。

逆にどんなに本人的に(小波に夢中になることが)OKでも、他人から見た大波に乗ってるとみなされない間は白い目で見られたり笑われたりもするだろうし、「自分がOKならそんな小さなことは気にならないゼ」っていう人なんてのもそうそういないだろうし、そして一生「他人から見た大波」には乗れないで終わるかもしれないけど、でも、小さな波なりの面白さは何百回も味わうことはできて、そして「それ(自分にとっての波を見つけて乗ってみる)自体が毎日楽しい行為」になってたら本人的にはトータルで楽しい人生だよね?っていう。

反対に、他人や世間から評価される大波に乗ろうとしてたら、それは合わなくて苦しいことか、毎日がつまらんことかもしれませんね。


・どんな単調に見える毎日でも、必ず波は来ている。ただ、見つけようとするかどうか。そして乗ってみようとするかどうか。

一見良い波、一見悪い波、とか、乗りやすい波、乗りにくい波っていうのはあっても、波自体は絶対誰にでも平等に与えられている!!これは絶対だと思います。そしてこの波というのが、人生で言うなら機会(チャンス)というのかもしれないですし、人とのご縁というものなのだと思います。

ただ、見つけようとしないと見つからないし、乗ろうとしなかったら乗れないしということで。
たとえば最初から大波で来るとしか期待してなかったら、それを導く小波には気付けないですし、「わたしは大波じゃなきゃ乗りたくないんだ」ってやっていたら、絶対に一生大波に乗れないし。(そこに乗るための小波に乗れてないから)

そしてそれ以前に、ジャーニーは自分が「波乗りジャーニーになりたい」ってわかっているけれど、普通の人ならば大抵は「自分は何をやりたいのかわからない」「自分らしさって何?自分を活かすって何?」っていうのが普通だと思うんですね。(少なくともわたしはそうです)


・自分らしさを活かす生き方がわからない。だから、来た波には取り敢えず乗っておく

これはきっと、40代50代の方なら経験則を持ってらっしゃるので当然じゃんと思われると思うのですが、自分らしさがわかってるから、自分がやりたいことがわかってるから、それに関する波を見つけてそれに乗ろうというのじゃないんだと思うんです。それじゃそんなものは一生わからんと思うのです。そうではなくて、なんかいつもと違う波が来たみたい→それなら取り敢えず乗っとけ、なのです。

取り敢えず会っておけ、取り敢えず話だけ聞いておけ、取り敢えず一回やっとけ。

そんな勝手なマイルールで行くのです。(そうしなきゃダメって話ではもちろんないです!

そうすると「あれ無駄だった(わざわざ会いに行くんじゃなかった)」とかもたくさん出てくるのですが、無駄と思うということは対極である「自分にとって無駄でないもの(=価値あるもの・こと)」がなんなのかを知れるんです。そういう「知る」の積み重ねで、自分が、自分らしさ、やりたいことがわかってくる。そして自分が分かってくるから判断力もついて、無駄がだんだん無くなってくるのだと思います。

だいたい重要な縁やチャンスって、そのときは大したものに見えなかったものが後から化けたり、繋がったりする気がします。(Aさんはあんまり重要な人じゃなかったけど、そのAさんとのご縁で繋がったBさんがキモになった、とか。そうしたらAさんいなかったらBさんには逢えなかったなあ、とか。1年後くらいに仕事に繋がったりとか。)

そういう意味で本当は無駄なんかないんですよね。

本当は、波が教えてくれてるんです、自分に何ができるのかを。向いているのかを。もっと大きく言えば、この人生で何をすることが求められてるのかを。(それはけっして大層な意義に限りません)そうして波にひとつひとつ応えていけば、途切れ途切れにしか見えなかったその波が、確実に「自分らしい生き方」のできるフィールドへ導いていってくれるのです。

自分がわかり、そしてわかるためのことをしている中で、そのフィールドに自然と導かれていく。同時にそれを起こすことができるのが「波を活用する醍醐味」だとおもいます。

 

・でも、何かあったらどうしよう。それが強すぎるなら、せっせと自分大切に活動に励むべし。

そしてそのような時に、「でも、何かあったらどうしよう」という想いが出てきたりするじゃないですか。特に女性は「何か危ないことがあったら…」などいうのはありますよね。それは誰もゼロにはならないと思うのですが(わたしなんて超・小心者なので、全てに置おいて命削りそうなくらい毎回ビクついています)、そんなものゼロにできたら人間じゃない!!

ということで、そのままそれも小脇に抱えて進むのです。それさえできないほど、もう全然ミリも動けないということであればきっと、まだ自分の命への信頼が足りなすぎるのだと思うのです。(ご先祖さんが守ってくれるだろうとか、なんか根拠のない大丈夫ってやつです)

ただ今そうというだけなので「ああ、自分は今そうなのね」と認めて、その自分を優しく抱きかかえ、自分を大切に活動に地道にコツコツと励むのが良いかと思います^^

・そして一番大事なこと。義務感や「こうあるべき」でそれらをしないこと。

そして一番大事なことはこれだと思うのです。進むっていうのは自分がより自分らしく人生楽しくしたいから進むのであって、義務感やこうあるべき(こうあらねば)で進んでしまったらその流れからズレることズレること。

最初にお伝えした、なんか世間的に他人的に評価される波には乗れそうな道進んでいるけど、何かつまらないし苦しい、っていうことになりかねません。これだけはダメゼッタイ!!(それが良いという人がもしいるなら良いのですけどね!)

 

・まとめ

では今日のまとめです!

・素晴らしい波が来る(いつも来ている)という大前提で自分の人生を見つめ始めたら、絶対にそれが見えてくる。

・しかしそもそも自分にとって何が大きな(=価値ある)波なのか、たいていの人はわからないもの。自分らしい人生が何なのかも、やりたいことが何なのかも。

・だからこそ何かの波を探す。そしてそれがどんなに小さく意味なく見えても取り敢えず乗ってみよう。

・すると大波に導いてくれる流れと、自分にとっての大波(=自分らしい人生ややりたいこと)がなんなのか見えてくるとが、同時に起こる(自分と現実が近寄りあう感じ)

・しかしそれさえまだコワすぎて動けない時は、焦らず自分を大切にする活動を続けていくべし(すると先に現実が動き出すので、怖さが小さくなってくるよ)←怖さゼロは目指さない

・大切なのは、その過程の中で「自分にとってのソレ」を探すこと。義務感や「こうあるべき」の視点から進むと、どんどん自分らしさは曇って見えなくなってくる(同時にそこに縛られて、自分を大切にもできなくなってくる)

 

以上、まとめだけ読んだ方がわかりやすかったんじゃないか?むしろジャーニーいらなかったんじゃないか?と思いながらめんどくさいのでそのまんまのサンタサンタでした!今日もお読みいただき感謝を込めて〜^^


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