「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

【続き】頭ではわかってるけど自分を大切に出来ない自分にビンタ食らわせてくれた出逢いの話。

↓の記事の続きです!

santasantasan.hatenablog.com

・自分の生き方がどのようなものかを、鏡となって見させてくれた人たち

過去の記事で何回か触れているのですが、ご縁があってわたしはココロのことを学んでいた組織でスタッフ側として受講生のフォローやカウンセリングをする立場になりまして。

これがもう、大変勉強になる貴重な機会だったのです。

何がかというと、カウンセリングというか、他人の限界というものです。
いくら外側から「あなたは素晴らしい」「あなたはそれでいいんですよ」ってキレイな言葉を並べても、それって外からくっつけてるだけだから時間が経つと消えるっていうこと。

自分が自分にOK出そうと本気でならないと、いくら話たっていくら外から認めてもらったってそのやり方を伝えるセミナーを受けてたってムリなものはムリ。(だって人間、自分の都合の良いところしか見ないし聞かないから!!)ということでした。


そしてじゃあ、自分を本気にさせない(逃げ道を作る)もっとも厄介なものは何だろう??ということに対しても一つの仮定を持ったんです。

それが、被害者意識というものでした。

わたしは過去にこーされた。あーされた。あれがあったからわたしはこういう性格になった。あれさえなければ。あのせいで。

そしてハタと気づいたんです。
あれ、これ、わたしですやんということに。(あまりの衝撃によりなぜか関西弁)


そう、わたしずーっと、この被害者意識なるものを握って生きてきていたことに気付いたんです。人生良くしようととっても一所懸命生きてきたつもりで、唯一その点だけはしっかり見ないフリ。しっかり握って放さない。

 

たぶんなんですけど、自分が何か人生上手くいかないとき、自分より認められている人、できる人が現れたとき、落ち込んでどうしようも無いとき、苦しいとき、

「自分が小さいとき、あんなひどいことを親がしないでくれたら。あんな過去さえなかったら(わたしは違っていたかもしれないのに)」

っていう想いを握っていることで、少なくともそこにいつでも逃げれたのが良かったんだと思うんです。100%自分の人生は自分次第という現実が、少なくとも自分は違うもんね〜って、思うことができたからだと思うんです。

それで、そうしているうちにだんだん、「親」の代わりの対象物を見つけることが上手くなっていた自分にも気が付きました。


「旦那さんが◯◯だから」。
「あの上司が☓☓だから」。
「会社が▽▽だから」。


自分の人生にとって大切なところであればあるほど、そういう外の誰かのせいにすることばっかり上手になっている自分に気づきました。

気づいたというよりも、気づかせてくれたんですね。そういうお客さんが、鏡になって。そうしてあえて気持ちよくないそういうお客さんに、ご先祖さんたちがたぶん出逢わせてくれて教えてくれたんだと思います。ちゃんと、なるようになってるんですね。


・わたしがわたしに求める品格が、こんなわたしにだってあった。

で、そうだと人生上手くいかないっていうのは、わたし一番わかってるわけなんです。(勉強してきたし、お客さん見てるから…。)

だからもう、自分に対して超・恥ずかしい。超・絶望。ってしたのち、(仕方なく)ヨロヨロと立ち上がったんです。(ここ、感動の瞬間です)

でも一つ言えるのは、自分もその人も、弱かったわけじゃなくて、それくらいクタクタだったということです。全部を誰かのせいにしないと生きていけないくらい、それくらい、確かにつらい経験をしたのだという。でもそういう人こそ、本当は幸せになっていいはずだという、勝手なる想いがふつふつと湧き上がってきました。

そうしてそこからわたしは、「自分を大切にする星人」に生まれ変わりました。
自分をまず大切にしてみる。めっちゃ難しいけど、できるところから。
自分が世界を創っているので、自分が変われば世界も他人も変わってくる。そうして実際に、今出逢うお客さんたちは随分変化してきました。


だから本当の意味で自分を立ち上がらせてくれたのは情報や知識じゃなくって、「絶対にこうはなりたくない」っていう今の自分を直視した不快感だったんだと思います。自分を傷つけてきた、底辺みたいに思ってた自分でも、生きる上でわたしに求める品格がわたし基準でちゃんとあって、それが「被害者意識は美しくない」と言っていたのでした。

やっぱり、どんなに望んでも起きた出来事は変えられないんですよね。今だって、当時のことを思い出したら勝手に涙が出てくるくらい、わたしは強くもなんともなってません。
でも、被害者という立場でいつづけるかどうかは自分の意志で、今この瞬間から選べるんです。だってそれを決められるのは自分だから。他人は関係ないから。
過去起きた出来事は変えられないけど、自分のは変えることができるし、望みさえすれば、そのチカラも絶対、誰の中にもあるんです(なんせわたしにもあったんだからっていう想い。)

そしてわたしは、知識という情報(前回の記事で書かせていただいたようなこと)を一つのココロの支えにして、それでも感謝できない前を向けない自分がいるときはその自分も認めながらちょっとずつ進んでみて、今ココであります。

そしてこれらも、あくまでわたしがわたし自身に感じることなので、それは、他人がどう言うものでもないし、わたしが他人にどう言うものでもないんです。「こうあるべき」なんて一つもないんですよね。

自分は、どうしたいか。今、どう生きたいか。

制約はもちろんたくさんあるけれど、すべての人が自分の進みたいように、自分に正直に、少しずつでも生きることができたらいいなとわたしは勝手に思っているのです。というか、わたしがこれからもわたし自身にそうあれますようにって思ってこれからもブログをポツポツと続けたいと思います。

それでは、今日もお読みいただき感謝を込めて!^^