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「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

【ココロは何で出来ている?】結局、なんで自分を大切にしないと人生上手くいかないの??やっと年末の続きを書くの巻。

皆さん覚えていらっしゃるでしょうか、年末にこんな記事を書かせていただきましたことを。

santasantasan.hatenablog.com

 すっかり遅くなりましたが、↑の続きです!良かったらぜひお目通しくださいませ!!


・前記事まででお伝えしたこと。現実は100%、ココロの反映。

復習ですが、前記事まででお伝えした主なことがこれでした。わたしたちが体感している現実を映画館とするならば、

・スクリーン=わたしたちが認識してる現実
・映画のストーリー=人生(現実)で起きていること
・フィルム=ココロ

とお伝えさせていただきました。

で、今日はこの「ココロ=フィルム」のとこです。
フィルムでたとえられたこのココロって、結局何でできてるんだい??というお話です。そこまで知る必要があるの??と思われるかもしれないのですが、はい!!めちゃ大事です!!
なぜかとゆうと、これを知ったら、人生をより楽に、ハッピーに、強運に、自分らしく生きやすくなります。もっと大きく言ってしまうと、「なんのために自分は生まれてきたのか?」ということの糸口も、見つかる可能性があります。

でも、ちょっと説明が多くて面白くはないかもしれません…。
でもいいんだもん、これはわたしの自己満ブログ。(←安心のための最高の自己暗示)
気にせず進みます!


・フィルムにたとえられたその「ココロ」。つまり「あなた」は何で出来ている?

ちょっとまた前回の記事を思い出してほしいのですが、「ココロ=フィルム」で「映画のストーリー=自分の人生(現実)で起きていること」だとしたら、そのフィルムのストーリーは必ずどこかで撮影されてきたものであるはずですよね?で、撮影されてきたものということは、イコール「記録」です。人間的に言うと「記録=記憶」。そう、わたしたちみんなのココロは、「過去の記憶の集積体」としてできているんですね。
で、その記憶ってどこからの記憶??というのがありますよね。撮影されてきたものであるなら、撮影場所があるはずじゃんってなりますよね?で、その撮影場所というのが大きくわけて3つ


・自分が生まれてから今まで生きてきた人生間

・自分の両親、おじいちゃんおばあちゃん、ひいおばあちゃんひいおじいちゃん…と、過去さかのぼって全ての先祖の記憶(←遡ると人類の記憶レベルですね!)

・(あるかは不明ですがもしあるとするならば)前世の記憶


となります。


これは特別なことではなくって、以前の記事にもちょろっと書いたのですが、私たちの身体を構成しているDNAは生命誕生からの「記憶」全てが入ってますよね。
それを解明していくことで、わたしたちの祖先があんなだったとかこんなだったとかを現代から知ることができていますよね^^
「ココロ」も全く同じで、「何一つ本当は忘れていない=記憶(記録)として残ってる」。本能の部分なんかはまさに人類の記憶レベルの一番遠いものですけど、だから赤ちゃんは生まれてすぐにお母さんのお乳を求めることもできたりする。ちゃんと生きるための本能(=記憶)が引き継がれているからなんですね。スゴイですね〜。生命の神秘。

・↑を前提とした時に、じゃあ嫌な感情はなんで出てくるのかの解説。

で、わたしたちがココロのことで悩むことがあるのは、思いたくないのに思ってしまうとか、苦しいとか寂しいとか不安とかの想いが止まらないとか、そういうのがあるからですよね。それが出てくる原理を今度はCDレコーダーでたとえてみます。


思い浮かべてほしいのはレコーダーにつき1枚のCDが入る普通のレコーダーではなくて、プロ仕様みたいなたくさんの音源が入るやつです。そんなのあるのか…?まあいいや!とにかくたくさんの種類のCD(=音楽)が入ってるやつです。で、決まったボタンを押すと、決まったCDが流れます。Aボタンを押したらボサノバ、Bボタンを押したらポップ、Cボタンを押したらクラシック、みたいなやつです。
それでこれをココロにたとえると


・スピーカー自体=あなた(のココロ)

・中に入っている無数のCD=あなたのココロの中の記憶

・ボタンを押された時に流れる音楽=あなたの感情


となります。

で、ボタンを押されたときって何よ?というのが、アレですよ、アレ。
上司から怒られたとか、大事なプレゼンをしなければいけなくなったとか、急なトラブルが起きた、とか(なんか嫌な例ばっかりでごめんなさい)…そういう外側の出来事です。外からの刺激、とでも言うのでしょうか。


つまり何かと言いますと、
・外側から何か刺激が起きた(出来事が起きた)とき=ボタンが押されたとき、

・あなたのココロの中で瞬間的に無数の記憶の中で一番それに近い体験の記憶が選出されて=CD起動

・その時と似たような反応が感情として出る=CDが流れる(外にまで流れなくても、自分の中で響きわたる)→ジャジャジャーン!!

みたいな感じです。
すごく気合を入れて説明してみたんですが、いわゆるトラウマというのを想像してもらえればよりわかりやすいと思います。あれは本当にショックな出来事が起きた時にココロに傷が残って、同じような状況の時にその反応が出やすいというものですが、大小関わらずなんらかのインパクトが起きれば傷(=記憶)はかならずフィルムに刻まれるということです。もちろん、良いことも同じです^^

 

なのでたとえば、小さいころに学校で急に先生に当てられて、上手くしゃべれなくて周りから大笑いされた、みたいな記憶があると、大人になってもプレゼンの前はすごく緊張してしまったり。親と性格が似るというのも、育った環境というのもあるのですが親の記憶を引き継いでいるというのもあるかと思います。

・大人になるってどういうことさ。感情をコントロールしにくい理由。

で、大人になって、ちゃんとできるようにならなくちゃ、と誰もが思うので、普通だったらこれを、今度はコントロールしようとするか克服しようとすると思います。ガマンする、とか、気を紛らわすとか。

小さな傷だとそれで対応できると思うのですが、なかなか大きなものはやっかい(と自分自身で)感じてるヒトも少なく無いと思います。それで、たとえばマイナス感情になっても「ポジティブに考えるようにしよう」という風にするとします。外から、何かを取り入れて変わろうとします。


でもこれ、根本的な解決になることは少ないかと思われます。本とか読んでヒントを得た時は一時的にモチベーションが上がるけれど、その後失速すると聞くことが多いです。
というのも、マイナスを感じるのは「感情」なんです。
「思おう、思おう」としてるのは、「思考(理性)」なんです。
そして外から取り入れるものは、外のものであってあなたではなく…。
ペタッと貼り付けたら身になるというのでもなく…。(そうして身についた経験のある人は、外から学んだものを実際に行動を通して”自分の体験にできた”人だと思います^^)

全くの別物なんです。で、感情の方が強い…。
なぜなら思考(理性)は生まれてから今までの間に身につけたもの。感情は、過去の記憶の集積なので、量とねちっこさが全然違うからです。

たとえるならば、生ごみを押し入れに隠して、何重にも布団を重ねておいても(汚いな)、絶対にいつか臭ってきますよね?

記憶が反応してマイナス感情が飛び出てきたのに、それを嫌なもの(=生ごみ)扱いしてココロの奥底(=押入れの中)に仕舞いこんで、外から被せちゃえ!!(=布団)ってやっても、
残っているので嫌なニオイをいつか放つ(=フィルムそのまんまなのでスクリーンにいつか映る)という悲劇が起きます。

それで「まだ(こんなに学んだのに)自分は変わってない。なんてダメなんだ‥‥」って落ち込んでしまう人がいたら、こんなにもったいないことはないと思うんです。


ちなみに前回の記事で、「超・スタミナがある方はそれもぶち破って望んでいたものを獲得していったりする」こともありますが、不思議と仕事が上手く行ったりお金は入っても家族などに問題が出たりすることがあると書いたのは実際にカウンセリングのクライアントさん家族に多い事例です。これは単純で、フィルムについた傷が本人はフタをしたつもりでいても、子どもに継承されていくからなんですね。(お金持ちの人生が悪いもになるっていう意味では全くないです!!)

 

と、これだけだと絶望的です。わたしも書いてて嫌になってきました。面白くなかった?わたしもあんまりおもしろくなかった…(絶望的)

でもですね、だからこそ、「自分を大切にする」の道なんです!!(力説)
特に女性の場合は外に自分に合う答えがあまりないから(世のヒントの多くがまだ男性性ベースのものが多いため。これは以前の記事とかぶってしまいますが!)だからこそ「自分(の中)を大切にする」。そうするとやっかいに思えたこの記憶というのもなんもかんも、すごく愛だった♡というようなことが見えてきたりします。


ここまで書いてあとちょっとのところなのですが、やはり長くなってしまったので続きはまた後で書きます!

ここまでお読みいただき感謝を込めて!


☆この記事だけでもう、自分を大切にしなくちゃって思っちゃった賢いアナタはこちらがオススメです。絶賛大募集中!

santasantasan.hatenablog.com