「すみません、ただのオンナに戻ります」。

オンナはみんな、「ただ、オンナであるだけでいい」。“がんばる良い子な生き方”を止めて、自分を大切に生きたい女性を応援中☆

「そんな身分じゃない」って思っても、身分とか無いし!望むことはきっと、誰にとっても自由。

↑なんだか大層なお題をつけてしまいましたが、そんな大層な話ではなく^^;

今さら過ぎるのですがクリスマスに「どこに行きたい?」みたいな話になって、本日仕事の旦那さんの代わりにいろいろと調べていたら、「あ、いいなあ」ってピンと来たところがあってですね。
(自分を大切にし始めたときの物事の選択は、この「ピン!」がとても大事です!)
なのにそのとき、わたしの中で
「そんな身分じゃない」
っていう言葉が出てきたんです。

なんだその身分って??
と自分にツッコミを入れつつ、ちょっと立ち止まって考えてみました。
ちなみに今、「そんな身分じゃない」でgoogleで検索したら、全くヒットしなかったどころか「もしかして:そんな気分じゃない」とご丁寧に指摘されたのですが(※違います)、こういうことを感じるのはわたしだけなのでしょうか??
まあいいや!と思って続けますのでよかったら読んでくださいね。

・自分を生きるとお金を使う(使いたい)ところが変化していく

前回の記事と重なってしまうところもあるかもなのですが、自分を大切にしよう!自分は最初から豊かで最初から幸せという前提でそれに沿って生きよう!と肚をくくり生きてみると徐々に、「自分がこれまでお金を使ってきたもの」と「今の自分が本音で使いたいと思うもの」との間に違い(変化)が生じてくる気がします。
↑ちなみに「肚をくくる」ってかっこ良く書いてますが、単にそれしか道がなかっただけです…

具体的にわたしの場合だと、今まではココロについての学びや、身体にとって良い物(マッサージやオーガニック商品など)と、あとは食費にお金のウェイトが大きく占められていた気がします。で、今それらにお金をほとんど使わなくなったのは、止めようと決意してそうなったのではなく、気づいたら自然と使わなくて良くなっていった感じです。
具体的にBefore&Afterで順番に見ていくと、こんな感じ。

・ココロについての学び
☆Before:自分が足りない、不幸、豊かじゃない。だから学ばなくちゃ、変わらなくちゃ、という想いでせっせとお金を使う

☆After:自分は最初から幸せで豊かなようだから(※100%そう確信してるわけではけっしてないですよ!)、何もあくせく学ばなくていいや。変わる必要ないや。いかにこの自分のままで生きるか?人に頼るか?(頼ることで人に貢献するか?)にエネルギーを使う。(結果として自己啓発本さえ一切見なく(買わなく)なる)

・身体にとって良いマッサージやオーガニック商品

☆Before:自分を好きじゃないし自分を足りてないと思っているから、いつも身体や肌にどこか不調をきたす。それでも仕事しなくちゃ、学ばなくちゃとがんばるから、サロンなど色々通う。高くても身体のためと思ってオーガニック系のものなど使用。(でも足りてない自分が前提なのでちっとも良くならず、そのことでまた自分を責めて永久ループが続く。)

After:そのままの自分をOKとするので肌とか多少荒れてもあまり気にならず(忘れた頃に治ってる)。具合が悪いならそもそも休めば良し。いかに休まないかじゃなく、いかに上手く休むかに全知全能を注ぐようになる。(周りもそもそもそういう人間と思って、変に多くを期待しなくなる。)
※心地よいものだから買ったらオーガニックだった、ていうことは有ります。サロンとかは今は一切行かないです


・食費(ここが被服費とかの人もいるかもしれませんね)

☆Before:ストレスフルなので、とにかく何か食べたい。必要以上に量を食べるので、胃腸の調子が悪くなる→肌が荒れたり身体が重かったり。美味しいものを食べれる機会があれば、ここぞとばかりに食べる。

After:外側に対してはほぼノーストレスなので、食に走ることがなくなる。外食時も食べ物以外のものに楽しみが見いだせるようになったので(食器とか雰囲気とか)少しの量で食事を楽しめるようになった。
※旦那さんとウェーイ!!とかいって楽しんでケンタとか食べることは全然あります^^(そこに罪悪感が生まれないので楽になった)


てな感じなのですが、改めてこうして見てみると自分の病みっぷりに自分で引く…
記事をアップするのに若干ためらいが…。(と言いながらも続けます)

 

・けっして「今」払えない金額じゃなくても、「こういうことにお金を使っていいのかな?」のブレーキ

まだまだ課題は残りつつも、それらもこれからのステージで自然と消えていくのだと思い、そこもそのまま受けて入れてみようとしている最中です。
それで今日の議題は、自分にフタして生きてきた方ほどこの「自分がこれまでお金を使ってきたもの」と「今の自分が本音で使いたいと思うもの」との間の違い(変化)が大きいと思うんです。で、それを認めるところが第一歩で、その後は「実際に、使っちゃうの??」ってところだと思います。
とどのつまり、けっして「今」、払えない金額のものじゃなくても、「こういうことにお金を使ってしまっていいんだろうか?」というヤツです。これは面白いのですが、今まで自分が苦しさが原因で使っていたお金のことを考えてみたら「全然安いじゃん!!」っていうものでさえ、思い切り違和感というか、罪悪感が出てくる可能性があります。(まだ買ってないのに。)

わたしの場合だったら、この前のティーカップしかり、今回のクリスマスはホテルでのランチなんですね。そのホテルが歴史がすごくあって、食事の内容どうこうよりも、歴史を重ねていろんな人の想いが込められてきた空間に行きたい、どうせお金を使うならそういうものに払いたいっていう、マニアックかつ何様的な本音が最近出つつあり。

ちなみにこれがただ「今まで自分にお金をかけてこなかったから、もう着るものから出掛ける場所までゴージャスにいくわよ!!」みたいなことであればそれはちょっと危ういと思うんです。それは、自分が足りないから満たす、っていうのの方向性が変わっただけなので。きっとそれだとまた虚しくなってしまうか「足りないをお金を払って満たす」の無限ループにはまってしまうと思うので、おすすめしません><

で、話が戻ってホテルランチ。
これはですね、「ディナーに◯◯円はいいけど、ランチに◯◯円(両者の◯には同じ金額が入ります)って、ちょっとダメじゃない!?」みたいな気持ちが出てきました。
何、ダメって。っていう感じなのですけども。でもこの「ダメ感」を、もう少し具体的にしてみたら「そんな身分じゃない」っていうところに行き着きました。まだまだ自分の中で、「働いてないし」「社会不適合者だし」「旦那さんの仕事だってどうなるかわからないし」みたいなところで、自分を(旦那さんまで巻き込んで)下に見たり置いたりして安心していたいんだな〜と、落ち込みました。

・「そんな身分じゃない」って思っても、身分とか無いし。望むことはきっと、誰にとっても自由!

同じことが、ブログひとつとってもあると思います。始めたばっかりで◯◯したい!とか、◯◯になる!とか、でも自分そんな身分じゃないし、みたいなやつです。でも、わたしはわたしに言いたい。

身分とかないし!
望むことは、誰でも自由だし!
ココロの中で望むこと、できるんじゃない?って思うことまで否定しなくていいし!!

と。

妄想してたらいいんです。妄想する自分を許可したらいいんです。いいじゃん、大統領だってすごい経営者だって学者だって、最初は超ダメダメだった過去が、あるかもしれないんだから。妄想を大事にしつつ、「今は身分じゃないって思えちゃうけど、でも、もしかしたら…♡」ってその妄想を小脇に抱えつつ、やれることやりたいことホントはできるんじゃ?ってこと、こっそり(人から否定されるのが怖ければこっそり)自分の中で実験してたらいいんです。今やれちゃうことなら、やってしまったらいーんです。

少し最初の記事で触れたことがありましたけど、銀座でホステスをやってみたときも、やる前はジーンズにスニーカーでほぼスッピンで途上国支援とかの会社にいて、お金持ちは良くない人という小さな世界の小さな常識の中にいて、「でもそれって本当に?もしかしたら…♡」って想いでチャレンジしてみて。(←実際は♡なんて余裕は露ほどもありませんでしたが)
そうして自分の目で確かめて始めて見えたことも、見えた自分もいたわけで。

だから良いのだ!何を望むのも、何にチャレンジしてみるのも、個人の自由!!
怖いけれど、進むのだ私ー!!!


…と、クリスマスの過ごし方についての話がこれだけの立派そうな主張になるところがさすが妄想族。ここまで書いて、最終的に旦那さんと話さないと決められないことに気づきました。しかし、これだけの想いで選んだクリスマスの過ごし方であればきっと、後悔のないものになることでしょう。
(その前にもっと早く考えるべきでは?というツッコミは否めません)

・まとめ

・自分を生き始めたら、お金を使いたい先が変化してくる

・自分にフタをしていた人ほど、その変化の幅が大きい

・まずはそれを認めるのが第一ステージ、そうして実際に使ってみるのが第二ステージ

・第二ステージでブレーキがかかったら、「誰でも、望むのは自由」ということを思い出してみる

・クリスマスの計画はお早めに


以上、毎日わたしの全力投球に、ブログを通じて見守ってくださる温かい皆さん、本当にありがとうございます。いよいよクリスマスは今週、どうぞ素敵な一日をお過ごしください!!

感謝を込めて^^