「すみません、ただのオンナに戻ります」。

「ただそのままのわたし=ただのオンナ」に戻って生きる喜びとその日々を綴っています◎

誰かの味方になろうとしなくても、自分が自分の味方でさえいれば、それが勝手に誰かのためになるというのが、わたしが伝えたい生き方なのだ◎【卒業おめでとうございます!】

昨日は久しぶりに高校時代の友人と会い、喋りすぎて変なところが疲れてる(笑)

 

今日はジョーさんがまた東京で打合せでいないので、

わたしは一日引きこもって確定申の準備!

自分のは終わって、あとはジョーさんのぶんだけ。。。

 

そして今朝はコミュニティの投稿とかもちょっとハードなのが続き(あんたのコメントが一番ハードだよっ!!って皆さんに突っ込まれそうですが。。。)

さすがにいろいろ疲れた〜〜〜〜〜!!

ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜←これ書く意味あるんか

まだお返事回れていないコミュニティメンバーさんごめんなさい。。。

順にやっていきますね!

 

 

しかしブログには書きたいことがいっぱい!

 

昨日の友達との再会で感じたことやら、

今日コミュニティでちょっと触れた100+100を200にしたいんだよ、ってこと。

そして今日はまた一人、コミュニティメンバーさんの門出があったり。。。

 

最後のから書こうかな。

 

そう、今日またお一人、

長い間コミュニティに参加してくださった方から卒業(退会)のご連絡がありました。

 

その方は、去年何回かブログでも紹介させてもらっていた、

覚えてるかたもいるかもしれませんが、

小さい頃に虐待を受けていて、というお話の方です。

(Sさんとします◎)

 

継続コースを受けてくれて、コミュニティにもずっと参加してくれていたSさんは、

去年、長く勤めていた職場を退職されて、

確か去年年末から?、自分で独立して事業を始めて。

 

なんのコネとかアテもないままにその仕事を始めたんだけど、

すごく良いご縁が続いたり、意外な人に仕事をふってもらったりがどんどん続いて、

っという間に仕事が軌道に乗ってしまったんですって!

 

「すごーい!

それはなんでそうなったと思うのですか〜?」とかわたしもいろいろ突っ込んでみたんですけど、

ご本人も「なんでですかねえ^^(おっとり)」みたいな。笑

 

でも何度も、

「もう(過去何があったとか関係なく)自分は大丈夫なんだ、って思えて」

っておっしゃってて、

やっぱりそこが大きいのかな、って思いました。

 

やっぱり、全部つながっているんですよね◎

 

それで、そんなSさんが、

卒業希望の連絡をくださったメールの中に、こんなことが書いてあった。

 

以前、まほさんは、虐待された人にとって、私は希望、のようなことをおっしゃってくれました。

今の私は、手前味噌ですが、本当にそうだとおもいます。

 

(中略)


真穂さんにお会いした時は

虐待された人の話をきこう、虐待連鎖が怖くて結婚できない女の人の味方になりたい、話をきく活動をしたい、などと思っていました。

今は、まったく思えなくて…。

 

みんな、すきで悩んでて、それは虐待に限らず、なんでもそう。

たまたま、虐待でわかりやすかったのと、程度がひどいから、たしかに恐怖と不安が強かったのかな、という程度です。

誰かの味方になっていきたい、と思っていたけれど、今はまったく興味がなくなってしまいました。

 

わたし、随分と冷酷な人間だったのだな〜、と思いました。

…一体、何を書いているのか?わからなくなってしまいましたが、

真穂さんにはとても感謝しております。

長い間…に感じますが、まだ椿山荘のアフタヌーンティから一年ですよね?

ありがとうございました。


 今朝、都内はみぞれでした。

どうぞお体に気をつけて、無理せず、ご多幸を心よりお祈り申し上げます。

 

この、紺色にした部分のところ。

ここが一番嬉しかったです。

 

たとえば自分の生きてきた過去の中に、

悩みや苦しみが大きかった“何か”あったから、

 

それがとてもつらかったから、

同じような立場の人の話を聞いたり、味方になる活動がしたい…等々。。。

 

これって、たとえばわたしのような仕事をしている人とかでよく聞く話ですが、

わたしはこれってちょっと、胡散臭い(!)気がしていてですね。

 

自分がつらかったから、同じような経験でつらい人を応援したい。

 

これって一見、とっても良いことのように聞こえるし、

それ自体を否定はしないけれど、

ただ、ちょっと違うんじゃないかな〜って思ってしまうのはなぜかというと、

 

その動機であれば、結局いつまでも、

「過去のわたしは無力な、被害者的存在だった」ってことになっちゃうから。

 

 

 

確かに、それこそ虐待のように、

幼くて抵抗しようがなかった(そのときは無力だった)、という事実がある人もいるかもしれない。

 

でも、今はきっとそうじゃないのに、

いつまでも、何かが起きた時に、

その過去と自分を関連付けて、

「あのときのせいでわたしはこうなった」などと

悩むことを選択しているのは他ならぬ自分自身。

 

そう、やっぱり、Sさんが書いてくれたように、

みんな、すきで(自分でそれを選んで)悩んでる。

 

 

それに気付いたら、もう、

「可哀想な人はいなくなる」んですよね。

自分も可哀想じゃなく、自分で選んでいたし、

他人も、誰も可哀想じゃなく、その人自身が選んでいる。

 

自分の人生すべて自分だ、ってことをほんとに受け入れていったら、

これがすっごくわかるようになるんだと思う。

 

Sさんは、だからきっと、見え方が変わって、

だからきっと、そういう過去の自分と同じ体験をした人を応援したいとか味方したいとか、

そういう気持ちがSさんの中から消えたんだと思うんです。

 

それを、Sさんは

 

わたし、随分と冷酷な人間だったのだな〜、と思いました。

 

 と書いてるけど、

でもそれって【冷酷】とは全然違うんですよね。

ただ、目線がフラットに”戻った”だけ。

 

で、じゃあ、

そんな風にみんながなっちゃったら、そうはいっても事実、今、困ってる人はどうするんですか!!(救われないじゃないですか!)

 

みたいに言う人いるけど、そんなの答えは簡単で、

それをやるのが好きな人がやればいい❤

 

 

 

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好きに咲けば良い❤

 

 

たとえばわたしは、こういう仕事をしているから誤解されがちかもだけど、

別にかつての自分のように悩んでいる人を

「なんとかしてあげたいから」と思ったこともなければ、

「味方になりたいから」とか思ったこともなく、

そもそも、

「救われるべき可哀想な存在」なんて思ったことがない。

 

 

心底、かつての自分が、

「好きで(自分で選んで)悩んでいた」と自覚しているからこそ、

誰に対しても、

「好きで(その人が自分で選んで)悩んでいる」としか捉えていないです。

それは、一見、どんなに酷な状況な人に置いてでも。

それをキッパリ伝える伝えないは、その人が受け取れそうか?で判断が異なるときはありますけどね。

でも、見え方はいつも一緒。

ここはもう、ゆらぎがないです。

 

じゃあなんでこんな仕事してるんだよ!って言われたら、

やっぱり、ただ好きだからだと思うんですよね。

 

なんか自分で悩みをどんどん大きくしてたり、

自分で自分を生きづらくしていたり、

なんかマイナスなものの見方ばっかりしていた人が、

 

そもそも自分で選んでるんだよ!って気付いて、

 

「へっ?!」ってなって 大体ここには大きなショックが伴うとは思いますがそれは通過点なので仕方ない^^;

 

自分で、自分が笑顔に緩めるほうを、自由に選べるんだってことに気付いて、

勇気を出して、その選び直しをしていって、

 

自分でもできるんだ!って気付いて自信をつけたり、

ゆるんでいったり、笑顔になっていったり、

 

 

そういう変貌ぶりを見られることが、

わたしは好きなんですよね。

 

同じ人間が、ウジウジ、下を向いたり、人を責めていたりしたのに、

だんだん、「あ!こういうこと??」って

希望が見えて、前を向いて自分の足で

自信もって歩いていけるようになって、

 

なんか気付いたら別人のようになっていくのって、

ほんとうーーーーに感動するし、おもしろーーーーい!!嬉しーーーーい!と

わたしは思うんですよね。

 

わたしはただ、それが好きなだけ。

 

その途中過程には

なんで伝わらないんじゃーーーー!!!

とか、

逃げるなーーーーーー!!

とか、

 

ほんとにもうやめる!!

バカーーーー!!!

 

とかって思ったり(苦笑)、

傷つくこともあるけど。

 

santasantasan.hatenablog.com

 

でも、その先に、伝わったとき、

それでその人が、すごく生き生き輝いていく姿を垣間見れる喜びは、

やっぱり何倍も大きいからかな^^

 

santasantasan.hatenablog.com

 

だから、今も、続けてるだけ。

そして、途中必ず苦しむ必要もないと思うし、それ、ほんと嫌なことに変わりはないし(笑)

だからもっとあっさりスムーズに伝わってほしいと心から願うから(笑)

一所懸命、伝え方とか磨こうって日々思っていますしね!(笑)

 

こういう仕事をしている人の中には、

大きく動員して、いっぺんに伝えることが好きな人もいるだろうし、

でもわたしは、60日間の集中講座しよう!って思ったみたいに、

一人ひとり密に接するスタイルが好きなだけ。

 

でもさすがに、受け入れられる要員が限られてしまうので、

マンツーマンをいつまでやっていられるかわかりませんが。。。

マンツーマンが良い人は、お早めに!

3月開始分の募集枠は残り②枠のみですよ〜〜!←宣伝

 

どっちに良い悪いはないし、得も損もないし、

それを好きな人がそれぞれのところで学べばいいですよね^^

 

おっと話がそれましたが、

なのでね、Sさんにはこう返信しました◎

 

この言葉(※紺色に引用したところの言葉のことね)が聞けて、本当にうれしかったです。(しつこいですが、やっぱり、さみしくもあるけど…^^;)
 
わたしも誰かの味方という優しさではなく、自分が好きだから、今もこの仕事しています。

 

だからもし、Sさんが、そういう過去があったことで、誰かの味方でいたい、という気持ちが出ていたのだとしたら、

そんな気持ちは無くなったほうが絶対に良いことで、
 
それで、ほんとに、Sさんの好きなことを、好きなように今のまま、やっていたら、

それが今度は勝手に意図せずして、誰かの味方になって、一番最高で、一番の親孝行、先祖孝行ですもんね^^
 
そんなこと、書かずとも、そういうことも全部まるっとわかっている今のSさんだと思いますが^^☆
 
なんだか、上手くわたしも言えず、長くなってしまいましたが、

こちらこそ本当にありがとうございました。

 

 

そう、Sさんは、語学が得意で、今、英会話関連の事業をやってるんですけど、

Sさんの好きなことはそれなんだから、

Sさんはそれをただ楽しく、自分のために、やってたらいいんです◎

 

それで、誰かの味方になればいいというか、

なろうと思わなくても、勝手に好きなことやってれば

勝手に意図せずして気付いたら誰かの味方になってるから!ほんとに!

 

過去ありきで、自分の在り方を選択(制限)してしまうのは本質じゃないと思うのです。

「誰かのためになることが好き!」って言うのなら、

「その好きは、ほんとうに好き??」と問いたい。

 

しつこいけどわたしも、この仕事が、

「誰かのためになるからやっている」わけじゃなくって、

自分のために、自分の好きな喜びの瞬間のためにやってるだけ^^

 

だからむしろ、

「誰のためにもならなくても、わたしが好きだからやりたいんですーー!」

ってことのほうが、

むしろ誰かのために勝手になるかもね◎

 

 

そしてそうやって、

「ただ自分で在って、ただ輝いてる」ようになったときこそ、

ほんとの意味で、

同じ体験をした人にとっての【希望】に、

勝手になるんだと思う!❤

 

何か話を聞いてあげるとか、そういうことじゃなくてね!

 

自然界っていうか世界って、そうやってできていると思います◎

 

そしてこうも書きました。

 

みんなが、Sさんみたいに、気付いて、

卒業します〜!と言ってきたら、

きっとやっぱりすごくさみしいだろうなと。。。

 

でも、そうやって、どんどんみんなが卒業していって、

また、そこに続きたいっていう新しい方が現れて、

またそこに真剣になって、またその人たちが卒業していって、、、って

そういう場にしていけたらいいなと今は思います。

(もちろん気づいた上で残って進めてってもらうのも全然良いと思うのですが)

 

長年おつきあいくださった方の卒業は、やっぱり、とてもさみしい。

 

でも、そのさみしさを感じたくないために、

いわゆる「仲良しの場」みたいにしようとするのは、

もっとわたしらしくないというか、

さみしさを感じないことを、それよりも優先することは、

やっぱりわたしはできないんですよね。

それがわたしの正直な、「ただのオンナのわたしの気持ち」なのです。

 

だから今、入れ替わり激しくなっていると思うし、

 

それはSさんみたいに、気持ち良く卒業してくれる人もいれば、

なんか真穂さん本気本気って、ちょっと引く。。。怖い。。。とか、

けっしてポジティブな印象を抱かず離れていく人もいるかもしれない。

 

でも、それならそれで、そうなったほうがいいと思うんです。

 その人にとってもわたしにとっても。

合う合わないってあると思うんです。

 

わたしがわたしに嘘ついて、誰かに合わせてて、それで人が集ってくれてたとしても、

それってお互いきっと、しあわせじゃないんですよね。

 

だから、最近はあえてそういう、「さようなら〜〜;;」っていう展開になりそうであっても、

そこを避けようとせずに、

むしろそうなる流れならば、それに沿って、加速させるつもりで、

もう、さみしさや傷つくことをおそれて防御に入る?のはやめようと思ったんです!

 

全部、心フルオープンで受け止める!

 

その結果、悲しい、さみしい、も、たしかにあるかもしれないけれど、

その結果、嬉しい、喜び、も、あると信じているから^^

 

そして自分を誤魔化して離れていってしまう人はちょっと例外だけれど、

コミュニティにいるから、いないから、で

「離れた」とは思っていません。

 

自分一人で進んでいくのが好きな人もいるし、

みんなからの刺激を受けながら、気付きをたっぷり得るほうが好きな人もいて、

その違いなだけ、と思っていて。

 

だから、わたし自身が、そして卒業生が、

この自分を生きていこう!とまっすぐ自分の人生を歩んでいる限りは、

きっとちゃんと、深いところでみんな、繋がってる◎

 

連絡の頻度とか、直接会うとか、コミュニティにいるとか、

そんなの関係なく、

同志のように勝手に思っています^^

 

 

Sさん、これからも一緒に、このわたしを生きていきましょう〜〜〜^^

 

そうしてまた、このブログを読んでくださってる方の中から

新しいご縁が生まれていくことも、楽しみにしています!

 

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